小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

文字の大きさ
上 下
106 / 418
化生の群編

謎の使用人

しおりを挟む
 勝手知った庭を散策するような呑気さで歩み寄ってきた男に対して、雛祈ひなぎたちはまさに信じられないものを目の当たりにした時の顔になっていた。
 つい今し方、山に住む精霊の力で人が住むどころか行き来もできないと結論付けたところに、何の前触れもなく人が現れたのだ。驚かない方がおかしい。
 特に雛祈は自身が組み立てた仮定をあっさり崩されたので、驚きは他の二人の比ではない。
「もしかして迷ったとかですか? 良ければ麓まで送りますよ?」
 雛祈たちの受けた戦慄を他所に、男は三人に気楽な感じで話しかけてきた。
「っ! あ、あなたこそ、ここで何やってるの!?」
 話しかけられて我に帰った雛祈は、目の前にいる『ありえないはずの人間』に、まず尋ねた。
「えっ? ああ。昆虫採集ですよ」
「昆虫採集?」
 男の答えを聞いた雛祈は、あまりにもありきたりな目的に思わず繰り返してしまった。
 よく見れば、男は作業着に軍手、麦わら帽子を被り、右手には虫取り網を持ち、肩掛けした紐で小さなボックスを提げていた。いかにも昆虫を捕まえていますと言わんばかりの出で立ちだった。
「友達が今日あたりに行った方がすごくイイのが採れるって言ってくれたんで、いま一緒に―――あ、いや、一人で探していたんです」
「?」
 変に言いよどんだところは少し気になったが、ひとまず目の前の人物に危険性はないと判断し、雛祈は警戒を解いた。
「ところであなた、この山に古いお屋敷があるって聞いたんだけど、何か知ってる?」
「……あっ、ああ、そうか。皆さん『お客さん』だったんですね。それで山を登ってる途中だったんだ。でも登るなら反対側ですよ。こっちは急勾配すぎて僕も登るのがしんどい―――」
「ちょ、ちょっと待って! あなた、そのお屋敷に出入りしてるの?」
「出入りっていうか、僕そこに住んでますよ」
「……」
 雛祈は文字通り呆気にとられ、口を開いたまま硬直した。人を惑わす山の中で会うはずのない人間に出会い、その相手は例の古屋敷に住んでいると言ってのける。ここまで見事に予測を覆されると、これまで祀凰寺家しおうじけの後継者として鍛えられてきた雛祈の精神も、理解が追いつかずにショートしてしまいそうだった。
「オ、オホン! で、ではそのお屋敷に案内していただけますカシラ? 私たち、そこにちょっと用事がありまシテ……」
 雛祈は硬直してから0.5秒にも満たない時間で気を取り直した。それは祀凰寺家の人間として、崖っぷちではあったが面目プライドを保とうとした驚異の精神力による成果だった。とはいえ、まだ立ち直りきっていないのか、平静を装いきれていない。
(用事? 依頼じゃなくて? 本当に珍しいな)
「分かりました。こっちです」
 男は軽快に踵を返すと、出てきた藪を掻き分けて道なき道を進み始めた。その背を追って、雛祈たちも少し距離を取って山中を歩いていく。
桜一郎おういちろう、あなたから見て、あの男どう考える?」
「ん?」
 男の後に続いて歩く中、雛祈は男の耳に聞こえないほどの小声で桜一郎に話しかけた。
「立ち振る舞いや発している気を取ってみても、まったく驚異とは感じられない。正真正銘ただの一般人だ。さっきの話からすると、おそらく例の古屋敷の使用人……庭師か何か、か?」
「私もそう思う。警戒心がないどころか、あれはもうマヌケと呼ぶレベルよ。古屋敷に住んでるっていうモグリは、堂々と使用人まで雇って居直ってるなんて。まったく豪気なものね」
 もう少しで会うことになるであろう古屋敷の主に対して、雛祈はさも忌々しげに吐き捨てた。
「ただ……」
「? ただ、何?」
「あの男、かなり『鍛えられている』のではないか、とも思える」
「へっ?」
 そう評した桜一郎に、雛祈は間の抜けた声を漏らした。前を歩く、おそらく使用人と思われる男を見遣るが、雛祈には桜一郎の評価は分かりかねた。
「作業服を着ていて体格が分かりづらいが、細かな動きに武術を修練している者の特徴がある。おそらく……剣」
「んん!?」
 雛祈はもう一度、男の動きを注意深く観察した。雛祈もまた祀凰寺家の裏の仕事を一部任されるに際し、武術の鍛錬は幼い頃から積んでいる。その雛祈が見ても、山の傾斜をどちらかと言えば鈍くさい動きで登っていく男の様は、とても武術を嗜んでいる者のそれではなかった。しかし、年齢差では雛祈の数百倍を生きてきた桜一郎の評価である以上、安易に否定しきれるものでもない。
「わ、私も、そ、そんな気がしました。そ、その……ちょ、ちょっとだけ」
 話を聞いていた千冬ちふゆもまた、弱々しくも桜一郎の評価に賛同してきた。
「じゃあ何? あのトンチキ男、あんなだけど相当な使い手だって言うの?」
「いや、全く」
「はぁ!?」
 それまでとは打って変わった桜一郎の返答に、雛祈は小声で素っ頓狂な声を上げてしまった。
「何よそれ!? かなり鍛えられているのに強いわけじゃないっていうの!?」
「確かに『鍛えられてはいる』……と思う。ただ、あの男に武術の才覚がほとんど見受けられない。単純に戦ったなら十中八九……いや九分九厘お嬢が勝つ。自分や千冬なら目を瞑って小指で倒せる」
「~~~!!」
 雛祈は頭の中がこんがらがる思いだった。目の前を歩く男はどう見ても脅威となりえないはずなのに、得体が知れなさすぎて目の前に存在していることを疑いたくなる。宇宙人と遭遇した方がまだ素直に事実を受け入れられたかもしれない。せっかく異常事態に見舞われた困惑から回復しかかっていたのに、雛祈はさらに不可解な種を精神に蒔かれる羽目になり、それがまたも苛立ちを誘った。
(こうなったらモグリのど素人にこのイライラを全部ぶつけてやるわ! 覚悟してなさいよ~!)
 間近に迫る古屋敷の主との対面に、雛祈は怒りで肩を震わせていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

私は、忠告を致しましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。  ロマーヌ様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ?

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

処理中です...