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化生の群編
祀凰寺雛祈
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祀凰寺雛祈は自宅のソファに深く腰掛け、さも不機嫌そうな表情を浮かべていた。
祀凰寺家は古くは平安時代から続くとされる名家で、現在は主に学校法人の経営、各省庁の裏のアドバイザー等も手がけ、国からの信頼も厚い。
そんな祀凰寺家の次期当主として、雛祈もまた折り紙付きのエリートとして名を馳せていた。十七歳で大学課程を修了し、弱冠十八歳にして祀凰寺家が理事を務める小中高一貫の私立将栄学園の理事長のポストに就いている。それはただの才能だけでなく、ただがむしゃらに努力するだけでなく、その二つを両立し、効率よく掛け合わせることで成し得た完璧な成果だった。
日々の多忙な業務に頭を悩ますことも少なくない雛祈だが、この時の苛立ちは表向きの業務についてではなく、あくまで個人的な感情が先立っていた。
「桜一郎! いる?」
いよいよ苛立ちがピークに入ろうとした時、雛祈はドアの外に控えているであろう人物をやや乱暴に呼びつけた。
「お嬢、何か?」
ドアを開けたのは、上質な黒スーツを着込んだ長身の青年だった。雛祈とは頭一つほどの身長差がありながら、細身であるため重厚な印象を受けないが、鋭い眼の奥にある昏さがオールバックの髪と相まって、異様な迫力を放っていた。無論、雛祈は桜一郎の雰囲気にはとうに慣れている。
「お茶を持ってきて」
「日本茶、紅茶、中国茶、ハーブティー、どれがいい?」
「ハーブティー、ジャーマンカモミール」
「分かった」
恭しく一礼すると、桜一郎は丁寧にドアを閉めて行った。
十分後、雛祈は桜一郎の持ってきたハーブティーを飲み干し、幾分か気持ちは落ち着いていた。ただし、イライラが治まったわけではない。いまだ眉は釣りあがり、こめかみには青筋が浮かびそうなほどだった。
「それでお嬢、今日は何をそんなに苛立っている?」
空になったティーカップを片付けながら、桜一郎はそれとなく話を切り出した。
「桜一郎、あなた谷崎町の噂は知ってる?」
「『山奥にある古屋敷に行けば怪しい事件を解決してくれる』というやつか? ただの噂か都市伝説だろう?」
「噂じゃなかったのよ」
雛祈は憮然と腕を組み、ソファに勢いよく背を預けた。
「さっき学生時代の友人が訪ねてきたけど、その古屋敷に行って問題を解決してもらったらしいわ」
「それで?」
「その娘は大した事件じゃなかったって言ってたけど、話を聞いた限り、かなり高位の霊能者でなければ解決できないような案件だった」
「谷崎町はここから駅四つか五つくらい先だ。近くもなければ遠くもない。そんなところに高位の霊能者が定住してれば、お嬢に耳に入らないわけない、な」
「そうよ! ということはモグリの素人が祓い屋の真似してるってことよ!」
またも苛立ちがぶり返したのか、雛祈は足で床を踏み鳴らした。
「モグリが私の近くで勝手な真似してたなんて! ただの噂と思って見逃してたけど、どうやら一度思い知らせる必要があるみたいね!」
力強く立ち上がった雛祈は、谷崎町があるであろう方向を憎々しげに睨んだ。切れ長の両目には敵愾心が爛々と燃え盛っている。
「どうするつもりだ、お嬢?」
「桜一郎、車をまわしなさい!」
向き直った雛祈が、桜一郎に人差し指を突きつけて言い放った。
「谷崎町に乗り込んで、その素人が二度とモグリな真似できないように説教してやるわ! 祀凰寺家の者として!」
「……分かった、お嬢。お茶の片付けが済んだらすぐに行く。玄関で待っててくれ」
一瞬止めようか止めまいか思案したが、こういう時の雛祈に下手に意見しても火に油であることを、桜一郎はよく知っている。伊達に雛祈が生まれた頃から傍に仕えてはいない。
「よろしく、桜一郎。それと千冬も連れて行くわ。今どこ?」
「そろそろ掃除を終えて来る頃だ」
桜一郎がそう言い終わったタイミングで、ちょうどドアをノックする音が聞こえてきた。
「し、失礼します、お、お嬢様。お、お掃除終わりました」
ドアの隙間から様子を窺うように半身を覗かせたのは、小柄な体躯をさらに縮こまらせたメイドだった。態度も口調も常におどおどしている上に、眼鏡と三つ編みに編んだ長髪が、余計に気弱さを強調していた。ある意味、桜一郎とは完全に対照的とも言える少女だった。
「ちょうどよかったわ、千冬。今から出かけるわよ。あなたも準備なさい」
「ふぇっ!? で、でも今日はこの後、さ、佐権院家の方とご、ご会食する予定だったかと……」
「別に断ったってどうってことないわ。どうせまた小言を言ってくるだけでしょ。それより私の着替えを用意して車に積み込んでおいて。それとあなたの大袖絡と桜一郎の大鉞もね」
「ふぇっ!? ど、どこかとケンカしちゃうんですか!?」
「場合によっては思い知らせてやるわ。早く準備なさい」
「え、え~と、え~と」
あまりに急なことで右往左往する千冬は桜一郎に目で助けを求めるが、『諦めろ』という旨の目を返され、がっくりとうな垂れた。
「わ、分かりました~。さ、佐権院家にお電話してから準備します~」
「断りの連絡を入れたらさっさと電話は切りなさい。余計な小言で時間を潰されたくないわ」
「は、はい~」
まるで気が進まないが急がなければいけないという奇異な心情で、千冬はとぼとぼと部屋を後にした。
「さぁ、覚悟してなさいよ」
視線の先にいるであろう敵に向かって、雛祈は静かに宣告した。
祀凰寺家は古くは平安時代から続くとされる名家で、現在は主に学校法人の経営、各省庁の裏のアドバイザー等も手がけ、国からの信頼も厚い。
そんな祀凰寺家の次期当主として、雛祈もまた折り紙付きのエリートとして名を馳せていた。十七歳で大学課程を修了し、弱冠十八歳にして祀凰寺家が理事を務める小中高一貫の私立将栄学園の理事長のポストに就いている。それはただの才能だけでなく、ただがむしゃらに努力するだけでなく、その二つを両立し、効率よく掛け合わせることで成し得た完璧な成果だった。
日々の多忙な業務に頭を悩ますことも少なくない雛祈だが、この時の苛立ちは表向きの業務についてではなく、あくまで個人的な感情が先立っていた。
「桜一郎! いる?」
いよいよ苛立ちがピークに入ろうとした時、雛祈はドアの外に控えているであろう人物をやや乱暴に呼びつけた。
「お嬢、何か?」
ドアを開けたのは、上質な黒スーツを着込んだ長身の青年だった。雛祈とは頭一つほどの身長差がありながら、細身であるため重厚な印象を受けないが、鋭い眼の奥にある昏さがオールバックの髪と相まって、異様な迫力を放っていた。無論、雛祈は桜一郎の雰囲気にはとうに慣れている。
「お茶を持ってきて」
「日本茶、紅茶、中国茶、ハーブティー、どれがいい?」
「ハーブティー、ジャーマンカモミール」
「分かった」
恭しく一礼すると、桜一郎は丁寧にドアを閉めて行った。
十分後、雛祈は桜一郎の持ってきたハーブティーを飲み干し、幾分か気持ちは落ち着いていた。ただし、イライラが治まったわけではない。いまだ眉は釣りあがり、こめかみには青筋が浮かびそうなほどだった。
「それでお嬢、今日は何をそんなに苛立っている?」
空になったティーカップを片付けながら、桜一郎はそれとなく話を切り出した。
「桜一郎、あなた谷崎町の噂は知ってる?」
「『山奥にある古屋敷に行けば怪しい事件を解決してくれる』というやつか? ただの噂か都市伝説だろう?」
「噂じゃなかったのよ」
雛祈は憮然と腕を組み、ソファに勢いよく背を預けた。
「さっき学生時代の友人が訪ねてきたけど、その古屋敷に行って問題を解決してもらったらしいわ」
「それで?」
「その娘は大した事件じゃなかったって言ってたけど、話を聞いた限り、かなり高位の霊能者でなければ解決できないような案件だった」
「谷崎町はここから駅四つか五つくらい先だ。近くもなければ遠くもない。そんなところに高位の霊能者が定住してれば、お嬢に耳に入らないわけない、な」
「そうよ! ということはモグリの素人が祓い屋の真似してるってことよ!」
またも苛立ちがぶり返したのか、雛祈は足で床を踏み鳴らした。
「モグリが私の近くで勝手な真似してたなんて! ただの噂と思って見逃してたけど、どうやら一度思い知らせる必要があるみたいね!」
力強く立ち上がった雛祈は、谷崎町があるであろう方向を憎々しげに睨んだ。切れ長の両目には敵愾心が爛々と燃え盛っている。
「どうするつもりだ、お嬢?」
「桜一郎、車をまわしなさい!」
向き直った雛祈が、桜一郎に人差し指を突きつけて言い放った。
「谷崎町に乗り込んで、その素人が二度とモグリな真似できないように説教してやるわ! 祀凰寺家の者として!」
「……分かった、お嬢。お茶の片付けが済んだらすぐに行く。玄関で待っててくれ」
一瞬止めようか止めまいか思案したが、こういう時の雛祈に下手に意見しても火に油であることを、桜一郎はよく知っている。伊達に雛祈が生まれた頃から傍に仕えてはいない。
「よろしく、桜一郎。それと千冬も連れて行くわ。今どこ?」
「そろそろ掃除を終えて来る頃だ」
桜一郎がそう言い終わったタイミングで、ちょうどドアをノックする音が聞こえてきた。
「し、失礼します、お、お嬢様。お、お掃除終わりました」
ドアの隙間から様子を窺うように半身を覗かせたのは、小柄な体躯をさらに縮こまらせたメイドだった。態度も口調も常におどおどしている上に、眼鏡と三つ編みに編んだ長髪が、余計に気弱さを強調していた。ある意味、桜一郎とは完全に対照的とも言える少女だった。
「ちょうどよかったわ、千冬。今から出かけるわよ。あなたも準備なさい」
「ふぇっ!? で、でも今日はこの後、さ、佐権院家の方とご、ご会食する予定だったかと……」
「別に断ったってどうってことないわ。どうせまた小言を言ってくるだけでしょ。それより私の着替えを用意して車に積み込んでおいて。それとあなたの大袖絡と桜一郎の大鉞もね」
「ふぇっ!? ど、どこかとケンカしちゃうんですか!?」
「場合によっては思い知らせてやるわ。早く準備なさい」
「え、え~と、え~と」
あまりに急なことで右往左往する千冬は桜一郎に目で助けを求めるが、『諦めろ』という旨の目を返され、がっくりとうな垂れた。
「わ、分かりました~。さ、佐権院家にお電話してから準備します~」
「断りの連絡を入れたらさっさと電話は切りなさい。余計な小言で時間を潰されたくないわ」
「は、はい~」
まるで気が進まないが急がなければいけないという奇異な心情で、千冬はとぼとぼと部屋を後にした。
「さぁ、覚悟してなさいよ」
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