小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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友宮の守護者編

総力戦

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 右腕の骨をほぼ粉砕されているとはいえ、原木本ばらきもともまた鬼の子孫。その戦闘能力は凄まじいものがあった。即席の戦斧を振るえば、庭の地面もろとも犬神をまとめて削り潰していた。
 アテナたちを三方から守ることで非常に有利な陣形を取ることができたが、鬼の血によって常人を超える頑丈さを持つ千夏ちなつたちと違い、結城ゆうきはいよいよ限界が近付いていた。妖刀村正の力で驚異的な剣技を扱える分、結城の肉体は無理な稼動に耐え続けなければならない。アテナの鍛錬を受けているとはいえ、武術の才に恵まれていない結城が村正を振るい続けては、遠からず肉体が保たなくなるのは自明の理だった。
(体が……ミシミシ軋んでるのに……この刀を持ってたら……いくらでも戦えそうな気分になってくる……これが妖刀の力……でも、このままじゃ……)
 村正が与える高揚感の裏にある、肉体の物理的限界を、結城は明確に感じ取っていた。
 残る犬神はとうとう百を下回ったが、数が減った分巧みな連携を取ってくるために、最後の一手で苦戦を強いられていた。
「くっ! このっ!」
 跳躍してきた一匹を斬った後ろから、重なるように飛び掛かってきたもう一匹に刀身を噛まれ、結城は振り解こうと腕を左右に振った。それに気を取られている間に、また違う一匹が死角から攻めてくる。
「! 結城、避けろ!」
 千夏の怒号で振り返るも、もはや迎撃も回避もままならない距離まで接近されていた。
 凶悪な牙が結城の肩口を抉り取ろうとする―――が、犬神の体は飛来した物体に貫かれ、結城に届く前に霧散した。
 勢いのまま庭の地面に突き刺さった飛来物は、石のやじりと鳥の羽をあしらった矢だった。
 矢が放たれた方向を見ると、頭部と両手が異様にデフォルメされた天狗のような怪人が弓を番えていた。
(誰?)
 結城は初対面だったが、それはマスクマンが交戦し下した『姿を消す力を持つ精霊』だった。
「TΞ1→(あいつ)」
 対精霊用の毒を受けたことで、もう姿を消す能力は発揮できないようだが、犬神を攻撃した様子から、マスクマンはその精霊も原木本と同じ理由で馳せ参じたことを覚った。
 結城たちに加勢する者が増えてきたことで、犬神の群れに動揺が拡がってきた。相対するように数も減らされてしまっている。追い込まれた群れは、波状攻撃で一気に仕留めようと襲い掛かってきた。
 そこで中庭に面した屋敷の窓の一つが砕け散った。連続した小さな破裂音が響き渡り、空中に跳び上がった犬神十数匹が、文字通りの蜂の巣になった後に消滅していった。
「へへ、どおでぇ~。銀で作った弾は効くだろぉ~」
 窓枠に持たれかかって葉巻を燻らせながら、トミーは左手で帽子の位置を戻した。その右手には、古いフィルムケースに似た弾倉を銃身に提げた独特のシルエットを持つマシンガン。シカゴタイプライター、あるいはトミーガンの異名を取るトンプソン・サブマシンガンが握られていた。
「……」
 シロガネもトミーの存在に気付いてその方向を見たが、特に何も言うことはなかった。
「おい、そこのサムライソード持ったボウズ! さっさとその駄犬振り解いて続きやれ! 俺たちも長くは保たねぇっての!」
 トミーの言葉ではっと我に返った結城は、村正に噛み付いたままの犬神のことを思い出した。まだ唸り声を上げながら刀身にがっしりと齧りつき、結城の妨害を図っている。
「このっ! このっ!」
 刀身自体に噛み付いているのでは、斬ることは適わない。地面に叩きつけても、犬神には実体がないので意味がない。
「ゆうきから! はーなーれーろー!」
 犬神を引き剥がすのに手こずっていた結城の頭上に、小さな影が躍り出た。いつの間にかアテナの元から抜け出した媛寿えんじゅが、『ひゃくまんきろ』と書かれた長柄の掛矢ハンマーを振りかぶって墜落してくる。
 結城は掛矢が振り下ろされる軌道を読んで動きを止めた。打撃部分が犬神の胴を直撃し、地面に叩き付けた。
「ゆうき、だいひょ~ぶ~……」
「わっ、媛寿!」
 村正に纏わり付いた犬神を叩き伏せたはいいが、媛寿もまだ回復しきっていなかったので、ふらっと倒れこみそうになってしまった。慌てて結城がその小さな背中を受け止める。
「ありがと、媛寿。助かったよ」
「ゆうき~」
 結城は媛寿に礼を述べるが、そこを逃さず犬神は結城の背に爪を立てようと襲い来る。
「油断してはいけません、ユウキ!」
 その犬神を神盾アイギスで殴り払い、塵へと還すアテナ。
「アテナ様……」
「ここまでよく戦いました。守られてばかりでは戦女神の名折れ。ここからは私もあなたとともに戦いましょう!」
 未だ完全に疲労が癒えたわけではなさそうだが、槍と盾を構えた戦いの女神に、結城は大きな心強さを感じた。
 振り返れば、マスクマンは石斧を、シロガネはツヴァイヘンダーを構えて立ち上がっていた。それを見た結城は、不思議と闘志が沸き立ってきた。今の結城の心は、村正の支配さえ恐れることはなかった。
「よーし!」
 媛寿を定位置の肩車に置き、結城は霞の構えを取った。友宮家二百年の宿業をここで断つために。
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