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友宮の守護者編

加勢

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 友宮ともみや邸の中庭では、まだ充分に動けない仲間たちを背に、結城ゆうき千夏ちなつが奮戦していた。
 友宮が二百年の歳月で増やし続けた犬神は、一般人には凶悪な威力を発揮するが、千夏にとっては小動物以下の敵でしかない。かつて大江山を拠点とした鬼の集団の首魁を祖先に持つ千夏からすれば欠伸あくびが出そうなものだが、いかんせん数が多い。おまけに結城の仲間たちも守りながらでは、弱い怨念相手といえども微妙に戦い辛いものがあった。
(頭数だけはしっかり揃えやがって! 鬱陶しい限りだ! それに……)
 愛用の金砕棒かなさいぼう『骨砕き』を振るいながらも、千夏は敷地外の一部を常に警戒していた。
(ヤバい奴がすぐ近くにいる。強い鬼を何体もブッ殺してる。さっさと片付けて早く逃げた方がいいな)
 千夏は横目で結城の様子を窺った。
「たああぁ!」
 犬神を一刀両断した結城は、一拍の間も置かずに次の犬神に斬りかかる。妖刀村正の持つ力によって、結城の戦闘能力は通常よりも数段跳ね上がっていた。
 妖刀は幾つかのタイプに分けられる。一つ目は刀に込められた力に魅入られ、意思を乗っ取られてしまう精神寄生型。二つ目は刀自体が持つ異能によって、使い手に限界以上の能力を発揮させる宿主しゅくしゅ強化型。三つは刀に宿る呪いや怨念が、所有者や近くにいる者に不幸をもたらす災厄拡散型。
 妖刀は基本的にこれらのタイプのうち一つ、もしくは二つのタイプを有している。本来の村正は災厄拡散型ではあったが、時代が下るにつれて様々な伝承が入り乱れ、後期になると異なるタイプを複数持つ物が現れるようになった。
 キュウが結城に持たせた村正は後期のオリジナルモデルであり、精神寄生型と宿主強化型を併せ持っていた。強化型としての特徴が濃いため、気を強く持っていれば、精神を支配されることなく達人級の剣技を振るうことができる。実際に結城の剣の技量は、身体能力も含めて卓越した域にまで達していた。
 ただし、それは結城の身体能力や技量自体が上がったわけではなく、村正が神経と脳髄に強力な情報を流し、無理やり達人級の技を再現させているだけである。長時間使い続ければ、限界以上に引き出された力に肉体が耐えられなくなり、崩壊する可能性も出てくる。
(結城もそんなに長くちそうにない。こっちも早く何とかするしかない。けど……)
 また数匹まとめて犬神を圧し潰した千夏が、今度はアテナたちに襲撃しようとする犬神を薙ぎ払うために横っ飛びで移動する。結城も千夏も先程からこの繰り返しだった。
 やはり一個体の強さは低くても、数で圧倒されれば脅威となる。すでに二人が倒した犬神は三桁に上っているはずだが、未だ大量の犬神が牙を剥いて唸っていた。
(もう何匹斬ったか分からない。それでもこんなに残ってるなんて)
 村正を八相に構えながら周囲を見渡す結城だったが、その数はまだ百を上回っているように見える。
(この刀、確かにスゴいけど……僕の体は大丈夫かな)
 村正を持つことで卓越した剣技を振るうことはできたが、同時に身体にかかる負担に結城は危機感を感じていた。戦女神のキスによって痛覚が緩和されているが、現状の結城の筋肉はオーバーワークの筋トレを行った時と同様の破壊が全身に起こっていた。
(それに……かなり気を強く持ってないと……この刀に……負けそうになる……)
 精神寄生型の特徴が弱いといっても、村正は隙あらば結城の意識を乗っ取ろうと、戦闘中に何度も魔手を伸ばしてきていた。
(寄越せっ! その体っ! 寄越せえぇっ!)
「ぐっ!」
 またも村正の精神支配が襲ってきたために、結城は呻いて身をよろけさせた。
 その際にわずかに目を瞑ってしまったのがいけなかった。それを確実な隙と見た犬神が一匹、結城の横をすり抜けてアテナたちの元へ駆けていった。
「しまっ―――」
 まだまともに戦えるまで回復していないアテナたちに、犬神の爪牙が届く一歩手前だった。一抱えほどもある瓦礫が飛来し、犬神をあっさりと圧し潰した。
「何だか分からないけど、良くないことになってるみたいだね?」
 重々しい足取りで芝生を踏みしめながら、瓦礫を放った人物は結城たちの前に現れた。ボロボロの執事服を着た青年、原木本桂三郎ばらきもとけいざぶろうだった。その左手には、先端に巨大な瓦礫が纏わり付いた鉄筋が握られていた。
「っ!」
「あっ! ちょっと待って!」
 村正を構え直した結城を見て、原木本は慌てて静止した。
「ボクはもうキミらと戦うつもりないよ。そこの女神サマにコテンパンに負けちゃったし、何かそれどころじゃないっぽいし―――ね!」
 結城に言葉を投げかけながらも、原木本は飛び掛ってきた犬神を一匹、手に持った瓦礫付きの鉄筋で殴り払った。さながら歪な大戦斧だいせんぷである。
「とりあえずコイツら何とかしなきゃいけないんでしょ? ボクも協力するよ。ただ、その前に聞いておきたいことがあるんだけど」
 振り返って結城を見た原木本の目は、それまでとは打って変わり、悲しげな雰囲気を持っていた。
咆玄ほうげんさん、どうなった?」
 その問いかけを聞いて、結城はわずかばかり答えを躊躇した。友宮咆玄がどうなったのか。神降ろしの儀式が失敗し、錯乱した中で遺骸も幽体も塵芥ちりあくたと化した。それをはっきり伝えるかどうかを迷った。友宮咆玄は、手段は間違えたかもしれないが、決して悪人という人物ではなかった。おそらく原木本たちにとっても、友宮咆玄は何かしら義理のある人物だったのだろう。それが悲惨な最期を迎えたと明確に伝えるのは、結城には重いものがあった。
 しかし、アテナにやられたであろう痛々しく破壊された右腕を押してまで、この場に加勢に来てくれた者に対して、嘘偽りを述べることも結城にはできなかった。
 静かに首を横に振ることで、その回答とした。
「……そっか。ありがと。じゃあボクもフリーになっちゃったことだし、このワンコロどもを片付けるの手伝うよ。キミらを死なせるの、けっこう惜しいからね」
 原木本は左肩に瓦礫の戦斧を担ぎ直し、犬神の群れに体を向けた。
 決して騙まし討ちをするような性格には見えないが、ついさっきまで敵として立ち塞がった相手だ。その原木本のことを、結城はまだを完全に信用することができなかった。あるいは油断した隙にアテナたちに襲い掛かるのでは、とさえ勘繰ってしまう。
「あっ! 原木本のトコの三男坊!」
 不意に、結城たちの近くに跳び退ってきた千夏が、原木本を指差しながら大声を上げた。
「うわっ! 千夏姉ちゃん! 何でここに!?」
「何でじゃない! 半世紀も連絡よこさないでドコで何やってたんだ―――よ!」
 犬神を追いかけて潰しながら、千夏は原木本のところに駆け寄ってきた。
桜一郎おういちろうの奴がお前が音信不通になったって言ってたぞ! 千春ちはる姉さんだって心配してたんだからな!」
「ちょ、ちょっとお世話になった人に恩返しをしてただけで……」
「……まぁいい。今はこの犬ッコロども片付けるの手伝え! お仕置きはそれまで待ってやる!」
「わ、分かったよ~」
 そのやり取りを見ていた結城には、すでに原木本に対する猜疑心は欠片も残っていなかった。どうやら千夏の知り合いで、しかも千夏の方が立場が上のようなので、とりあえず心配事はなくなり、結城は犬神の群れに向かって構え直した。
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