小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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友宮の守護者編

スズと九木

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 太刀を抜いたスズは、友宮ともみや邸の壁から少し下がって空を見上げた。
 九木くきや結界師たちは何が起ころうとしているのか分からず、一応の防御体勢を取っていたが、すぐに事態は動き出した。
 友宮の敷地から、大きく放物線を描き、いくつもの光の筋が飛び出してきたのだ。普通の人間の目にはただの陽炎のようにしか映らなかったかもしれないが、九木たちにはその正体がはっきり見えていた。
「い、犬神!?」
 光の筋はすぐに禍々しい獣の形になり、雨のように地上に降り注いできた。九木たちでは知る由もなかったが、友宮里美ともみやさとみの体内から溢れた大量の犬神の一部が、敷地内に留まらずに外へと飛び出したのだった。もう建御名方神タケミナカタノカミの影響で張られていた結界は存在しない。犬神は文字通り飢えた獣の形相で、次の憑依先を求めていた。
 降り注ぐ犬神の群れが地上に到達しようとしていた数秒前、スズは太刀を右脇に構えた。静かに吸気し、右半身に力を込める。気力と身体が充分に同期した瞬間、右手の太刀が虚空に閃いた。
大通連だいとおれん!」
 太刀の銘が叫ばれ、空を裂いた斬撃は、まるで実体以上の刃渡りを持っていたかのように、中空の犬神を一掃せしめた。冥府の獄卒でさえ一振りで斬り捨てた神剣『大通連』。犬神を斬ることなど、あしを斬るよりも容易かった。
「す、すげぇ……」
 急襲してきた犬神の群れをたった一振りで殲滅したスズに、九木は感嘆の声を漏らした。改めてスズがこの手の世界で最強の一角であると実感させられる。
 佐権院さげんいんから人探しを依頼され、その際引き合わされた小柄な少女が、まさか伝説の鈴鹿姫すずかひめだとは信じられなかった。九木が会った当初の鈴鹿姫は、気力も雰囲気も落ち込み、保護された家出少女だと言われても疑わなかっただろう。しかし、ダウジングを使ってみるとありえないほどの巨大な力を感じ取り、信じないわけには行かなかった。
 人探し自体は日本地図を使うことで案外簡単に済んでしまった。鈴鹿姫は大変な喜びようで、子孫を見つけてくれたお礼として、九木が生涯を終えるまでの間、式神になることを申し出てきた。
 九木としてはあまり気乗りしなかった。伝説の鈴鹿姫を式神にするというのも気が引けたし、何より鈴鹿姫の容姿が少々若すぎた。美人といえば美人なのだが、それはあくまで中高生の範囲での話である。九木のストライクゾーンは最低でも十八歳以上だった。
 結局、佐権院に半ば押し切られる形で式神の契約が締結された。今となっては、最初から佐権院の狙いはコレだったのではないかと、九木はかの上司を勘繰っていた。
 とはいえ、やはり伝説に残るだけの強さは本物だった。本格的に危険な任務に就く際は、戦闘能力に乏しい九木を補って余りある力を発揮してくれる。
 難点を挙げるとするならば、そちらの意味でもサービスをしようと誘惑を仕掛けてくることだろうか。守備範囲外の少女に色仕掛けをされても、九木にとっては微妙なものでしかない。
「犬神……『蟲毒こどく』の亜流として流布された呪術。やっぱりもっと強く禁止しておけばよかった」
 大通連の血振りをしたスズは、苦々しく独りごちた。
「スズ様、犬神どもはここから出てくるばかりじゃ―――」
洸一こういち、心配ない」
 九木の進言を遮ったスズは、左手に持っていたもう一振りの太刀を目の前にかざし、薄く目を瞑って何事かを呟いた。数秒程度の間をおいて、スズはおもむろに太刀を宙に放り投げた。
 手から離れた太刀は空中でぴたりと止まり、ひとりでに鞘が抜かれ、刀身を露にした。
 そして切っ先が狙いを定めたようにある方向を向き、そのまま飛び去っていった。
「敷地の半分は私が、もう半分は『小通連しょうとおれん』が迎撃する。一匹たりとも逃がさない」
 軍帽を目深に被り直したスズが、再び犬神の群れを薙ぎ払うため、太刀を脇構えに戻す。その目には普段の気だるげな雰囲気は欠片もなく、一片の油断も許さない狩人の目に変わっていた。
「迎撃はいいですけど、中はどうするんですか!? この分じゃ警視も小林くんも無事じゃ―――」
「! そっちも心配ないかもしれない」
(いま敷地内に何かが入っていった。この気配は……鬼? 鬼神には届いてないけど、かなり高位の……)
 内部の様子は気になるところだが、ひとまず介入してきた強者に任せることにして、スズは討ち漏らしのないよう、群れの第二陣を斬り払った。
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