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友宮の守護者編
鬼神の姫
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かつて、伊勢国と近江国の境にある鈴鹿山には、二柱の鬼神が住んでいた。
一柱は鬼神魔王の異名を持つ大嶽丸。天候さえ操る神に等しい妖力と、神剣『顕明連』によって不死身の力を得た悪鬼。日本に存在する妖怪変化の中で、最強と謳われる三体のうちの一角。
もう一柱は鈴鹿姫。容姿端麗にして卓越した武芸の腕前も併せ持つ、才色兼備の鬼神。その正体は天女であるとも、第四天魔王の娘とも語られるが、詳しいことは分かっていない。
ただ、鈴鹿姫の運命はある武将との出会いを機に大きく変わる。
大嶽丸と鈴鹿姫はある時、鈴鹿山における勢力を統合するべく、同盟を結ぶことを画策していた。気乗りはしなかったが、同盟自体は魅力的であったため、鈴鹿姫は大嶽丸に会うために山道を歩いていた。その道中で、鈴鹿姫は一人の男と邂逅する。それこそが時の征夷大将軍、坂上田村麻呂だった。
二人は互いに敵であると認識し、その場で嵐のような闘いを繰り広げた。田村麻呂の実力は、鈴鹿姫を大いに驚かせた。その武勇は、鬼神であり、何人もの益荒男を屠ってきた鈴鹿姫と互角の腕前だった。
双方決着がつかず休戦となったが、それはただの理由付けだった。田村麻呂も鈴鹿姫も、最初に顔を合わせた時から一目惚れをしてしまっていた。
田村麻呂が大嶽丸の討伐に来たことを知った鈴鹿姫は、その助力を申し出た。鈴鹿姫は大嶽丸と盟約を交わす振りをして取り入り、ついに神剣『顕明連』を奪取することに成功した。
不死性を失ったとはいえ鬼神魔王とまで言われた大嶽丸の力は強壮なるものだったが、田村麻呂と鈴鹿姫はからくも打ち倒し、これが縁で夫婦となった。
しかし、鬼神としての力の代償だったのか、鈴鹿姫は二十五の齢で命が尽きてしまった。これを悲しんだ田村麻呂は幽世へと赴き、鈴鹿姫を現世に還すよう訴える。田村麻呂の願いは聞き入れられ、改めてこの世に戻ってきた鈴鹿姫は人間となっていた。二人は末永く幸せに暮らし、後に夫婦神として祀られることになる。
だが、神へ昇華した鈴鹿姫とは別に、現世に残った鈴鹿姫がいた。幽世から帰還した際、鈴鹿姫は二つの魂を有していた。一つは人間に転生したことで生まれた人間の魂。もう一つは生前から持っていた鬼神としての魂だった。田村麻呂とともに神となったのは、鈴鹿姫の人間の魂の方だった。鬼神の魂はそのまま現世に残り、鈴鹿姫の伝説を知る人間たちの思念を受けて新たな肉体を獲得した。
鬼神として新生した鈴鹿姫だったが、田村麻呂と出会う前のかつての悪性は持っていなかった。むしろ、鈴鹿姫の胸中にあったのは、田村麻呂が望んだ『人々が平穏に暮らせる世』を守っていくことと、田村麻呂との間にもうけた小りんの血筋を見守っていくことだった。
それからの鈴鹿姫は人ならざる者が起こす災いを、時に自ら退け、時に執政に介入することで鎮圧し続けた。
数百年に及んだ鈴鹿姫の戦いだったが、日本の近代化が進んだある時、一つの転機が訪れた。
太平洋戦争の勃発。日本は自らが招いた火によって国を焼かれる羽目になった。戦国期を堺に、人ならざる者は人の争いに関わらないよう、法が敷かれていた。鈴鹿姫は自らが守ってきた国が、その愚断によって焼かれていく様を見ているしかできなかった。
終戦後、鈴鹿姫は国連のある組織との交渉と折衝に明け暮れ、それが落ち着いた頃にはもう何の気力も残っていなかった。『人々が平穏に暮らせる世』は人の手によって崩され、挙句繰り返された空襲によって小りんの血筋も見失ってしまったからだ。
そこから数十年の鈴鹿姫は、隠者の如く身を潜めて暮らしていた。政府の関係機関は危険分子となりかねない鈴鹿姫の動向を監視していたが、討伐できる戦力もないので、ただ見ているだけの状態が続いた。
すでに半世紀以上が過ぎた頃、鈴鹿姫のもとに古い知己の血筋の者が現れた。平安時代に設立した組織の一翼、佐権院家の末裔だった。
まかり越した理由は、知人に探し物の得意な者がいるので、小りんの末裔の居所を見つけられるかもしれない、とのことだった。
その申し出に鈴鹿姫は飛びついた。戦時中と戦後の混乱で見失った子孫を見つけられるなら、それは願ってもないことだった。
ダウジングに優れる霊能者の協力によって、鈴鹿姫は子孫との再会が叶った。残念ながら生き残っていた家系はたった一つだったが、大嶽丸から田村麻呂とともに奪った神剣『顕明連』と、鈴鹿姫の力を継承していたことは、大いに喜ばしかった。
悲願を叶えてくれた大恩に報いたいとして、鈴鹿姫は佐権院家の者が紹介してくれた『ダウジングが得意な霊能者』に今生限りの式神となることを誓った。
一柱は鬼神魔王の異名を持つ大嶽丸。天候さえ操る神に等しい妖力と、神剣『顕明連』によって不死身の力を得た悪鬼。日本に存在する妖怪変化の中で、最強と謳われる三体のうちの一角。
もう一柱は鈴鹿姫。容姿端麗にして卓越した武芸の腕前も併せ持つ、才色兼備の鬼神。その正体は天女であるとも、第四天魔王の娘とも語られるが、詳しいことは分かっていない。
ただ、鈴鹿姫の運命はある武将との出会いを機に大きく変わる。
大嶽丸と鈴鹿姫はある時、鈴鹿山における勢力を統合するべく、同盟を結ぶことを画策していた。気乗りはしなかったが、同盟自体は魅力的であったため、鈴鹿姫は大嶽丸に会うために山道を歩いていた。その道中で、鈴鹿姫は一人の男と邂逅する。それこそが時の征夷大将軍、坂上田村麻呂だった。
二人は互いに敵であると認識し、その場で嵐のような闘いを繰り広げた。田村麻呂の実力は、鈴鹿姫を大いに驚かせた。その武勇は、鬼神であり、何人もの益荒男を屠ってきた鈴鹿姫と互角の腕前だった。
双方決着がつかず休戦となったが、それはただの理由付けだった。田村麻呂も鈴鹿姫も、最初に顔を合わせた時から一目惚れをしてしまっていた。
田村麻呂が大嶽丸の討伐に来たことを知った鈴鹿姫は、その助力を申し出た。鈴鹿姫は大嶽丸と盟約を交わす振りをして取り入り、ついに神剣『顕明連』を奪取することに成功した。
不死性を失ったとはいえ鬼神魔王とまで言われた大嶽丸の力は強壮なるものだったが、田村麻呂と鈴鹿姫はからくも打ち倒し、これが縁で夫婦となった。
しかし、鬼神としての力の代償だったのか、鈴鹿姫は二十五の齢で命が尽きてしまった。これを悲しんだ田村麻呂は幽世へと赴き、鈴鹿姫を現世に還すよう訴える。田村麻呂の願いは聞き入れられ、改めてこの世に戻ってきた鈴鹿姫は人間となっていた。二人は末永く幸せに暮らし、後に夫婦神として祀られることになる。
だが、神へ昇華した鈴鹿姫とは別に、現世に残った鈴鹿姫がいた。幽世から帰還した際、鈴鹿姫は二つの魂を有していた。一つは人間に転生したことで生まれた人間の魂。もう一つは生前から持っていた鬼神としての魂だった。田村麻呂とともに神となったのは、鈴鹿姫の人間の魂の方だった。鬼神の魂はそのまま現世に残り、鈴鹿姫の伝説を知る人間たちの思念を受けて新たな肉体を獲得した。
鬼神として新生した鈴鹿姫だったが、田村麻呂と出会う前のかつての悪性は持っていなかった。むしろ、鈴鹿姫の胸中にあったのは、田村麻呂が望んだ『人々が平穏に暮らせる世』を守っていくことと、田村麻呂との間にもうけた小りんの血筋を見守っていくことだった。
それからの鈴鹿姫は人ならざる者が起こす災いを、時に自ら退け、時に執政に介入することで鎮圧し続けた。
数百年に及んだ鈴鹿姫の戦いだったが、日本の近代化が進んだある時、一つの転機が訪れた。
太平洋戦争の勃発。日本は自らが招いた火によって国を焼かれる羽目になった。戦国期を堺に、人ならざる者は人の争いに関わらないよう、法が敷かれていた。鈴鹿姫は自らが守ってきた国が、その愚断によって焼かれていく様を見ているしかできなかった。
終戦後、鈴鹿姫は国連のある組織との交渉と折衝に明け暮れ、それが落ち着いた頃にはもう何の気力も残っていなかった。『人々が平穏に暮らせる世』は人の手によって崩され、挙句繰り返された空襲によって小りんの血筋も見失ってしまったからだ。
そこから数十年の鈴鹿姫は、隠者の如く身を潜めて暮らしていた。政府の関係機関は危険分子となりかねない鈴鹿姫の動向を監視していたが、討伐できる戦力もないので、ただ見ているだけの状態が続いた。
すでに半世紀以上が過ぎた頃、鈴鹿姫のもとに古い知己の血筋の者が現れた。平安時代に設立した組織の一翼、佐権院家の末裔だった。
まかり越した理由は、知人に探し物の得意な者がいるので、小りんの末裔の居所を見つけられるかもしれない、とのことだった。
その申し出に鈴鹿姫は飛びついた。戦時中と戦後の混乱で見失った子孫を見つけられるなら、それは願ってもないことだった。
ダウジングに優れる霊能者の協力によって、鈴鹿姫は子孫との再会が叶った。残念ながら生き残っていた家系はたった一つだったが、大嶽丸から田村麻呂とともに奪った神剣『顕明連』と、鈴鹿姫の力を継承していたことは、大いに喜ばしかった。
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