小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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友宮の守護者編

妖刀村正

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 友宮ともみや邸の庭を埋め尽くすほどの無数の犬神に囲まれた結城ゆうきたちの前に、天坂千夏あまさかちなつは不敵に微笑みながら降り立った。仕事着である巫女装束に、いまは鉢金、手甲、脚甲を装着し、いかにも戦仕度いくさじたくをしてきたと言わんばかりの出で立ちだった。
 その手に持っているのは、樫の木の棒に鉄板を巻き、鋲を打って製作された打撃用武器、金砕棒かなさいぼう。ただし、千夏が使うのは樹齢三百年の樫の木から削りだした棒に、厚い鋼板を巻いて作られた代物であり、物理的、霊的ともに通常よりも遥かに高い攻撃力を有する通称『骨砕きほねくだき』。打撃部位は成人男性の平均胴囲を軽く超えており、本来人間が扱える重さではないものの、鬼の子孫である千夏にとっては野球の木製バットと大差ない。
 そんな強烈な戦闘能力を持った千夏が現れたことで、結城たちに襲い掛かろうとしていた犬神の群れに動揺が走っていた。
「なんで千夏さんがここに?」
「キュウ様からおつかい頼まれたんだよ。何かヤバそうなことになってるからって―――さぁっ!」
 千夏の死角から一匹の犬神が飛び掛ったが、それを見越していたかのように千夏は骨砕きを一閃する。鈍い音を立てて打撃された犬神は、薙ぎ払われる前に霧散した。
「そうそう。コレ、キュウ様がお前にってさ」
 そう言って千夏は腰に差していた一振りの日本刀を結城に投げ渡した。
「うっ!?」
 片手を伸ばして受け取った結城だったが、刀を掴んだ瞬間、異様な感覚に襲われて呻いた。
 刀自体は刃渡り50cmほどの、黒塗りの打刀拵うちがたなこしらえだった。見た目は特に何の変哲もない日本刀だったが、手に取った結城には、それが普通の刀でないことがはっきり分かった。
 霊能力を持たない結城でさえ、刀から発せられる強大な『力』が感じられた。さらには掌の神経から脊椎を伝い、脳幹に何かしらの意思が、いや、命令が通ってきた。
 『斬れ! 斬れ!』、と。
「ち、千夏さん……コレ……何ですか?」
 持たされた刀の異常性を、さすがの結城も千夏に問い質した。
妖刀村正ようとうむらまさ。しかもオリジナル」
「えっ!?」
「村正だと!?」
 茶目っ気たっぷりに答えた千夏に対し、最も大きく反応したのは、結城ではなく佐権院さげんいんだった。
「ま、待ちたまえ! 妖刀化した村正は最重要の管理回収対象として、ほとんどが国によって保管と封印がされているはずだ。妖刀としての伝説が大きすぎるために、レプリカを作るだけでも殺人未遂になる。それもオリジナルだと!?」
 佐権院が驚くのも無理はない。村正の妖刀伝説自体は作られたものだが、その伝説があまりにも広まりすぎたせいで、人々の村正に対する思念イメージが何振りかの村正に集まり、伝説通りの妖刀が誕生してしまっていた。人ならざる者に対して非常に獰猛な攻撃力を持つと同時に、手にした者を斬殺衝動に駆られた狂人に変えてしまう呪いも併せ持つ。
 霊能者たちが使用する伝説の武器のレプリカも、同じく人々の思念を注ぎ込んで造られるが、村正の性質はその真逆。悪霊や妖怪を退治したという思念とは対照的に、人を呪い、祟ってきたという思念が纏わり憑く。そのために、たとえ粗悪なレプリカでさえ、製造することは許されていなかった。
「……結城、コイツもしかして国の霊能者か何か?」
「へっ? ああ、佐権院警視のことですか? たぶんそうなるんじゃないかと……」
「そう」
 結城の返答を聞いた千夏はすたすたと佐権院の前まで歩いていった。
「あんたはちょっと都合が悪いな」
 佐権院の前に立った千夏はそう告げると、空いていた手で佐権院の額にデコピンを放った。
「うっ!」
 僅かに呻いたかと思うと、佐権院の体から一気に力が抜けた。抱えていた里美さとみもろとも、くず折れる佐権院を千夏が受け止める。
「さ、佐権院警視!?」
「心配するなよ。気絶させただけだから」
 佐権院の倒れ方が怪しかったので心配した結城だったが、駆け寄る前に千夏がフォローを入れてくれたので、肩を撫で下ろして安堵した。鬼の末裔としての千夏の膂力は結城もよく知っているので、もしかしたらデコピン一発で佐権院を殺ってしまったのではないかと血の気が引いたのだった。
(頭蓋骨少しやっちゃったかなぁ。まぁ、いっか。生きてるみたいだし)
「あたしやキュウ様のこと、あまり人間に知られると面倒だから―――なぁ!」
 佐権院と里美を芝生の上にゆっくり寝かせると、千夏はまたも跳びかかってきた犬神の一匹を打撃した。
「事情はよく分かんないけどさ、結城。あんたは村正ソレ使って、この犬っころどもを何とかするんだ―――よっ!」
 結城に言葉を投げかけつつも、千夏は骨砕きで庭の地面を叩き割る。今度は五、六匹の犬神が塵となった。
「何とか……って」
 結城は手の中にある刀に目をやった。妖刀村正のことは結城でも知っていた。徳川家康の親類縁者に不幸をもたらし、時の権力によって所持を禁止された刀。日本で最も有名な妖刀伝説の主役であるそれを、結城はじっと見つめた。
 刀を手渡された時から、結城に謎の高揚感が湧き上がっていた。霊能力が無いにも拘らず、脳裏には『斬れ!』という声が響いている。佐権院たちと違い、ただの人間の自身にさえ、これほど明確に影響を与えてくる妖しの刀を、結城は振るうことを躊躇していた。
(なんか……抜いたら危ない気がする……)
 おそらく聞こえてくるのは刀の意思なのだろうが、完全に乗っ取られはしていないものの、解き放てば何が起こるか分からず、結城は村正と媛寿を抱えたまま固まっていた。
 そんな結城の迷いに構うことなく、犬神が跳躍する。細腕であるのに恐ろしい怪力を振るう千夏よりも、目に見えて弱っている結城たちを襲う方がいいと考えたのだろう。
「はっ!」
 視界の端で犬神の姿を捉えた結城は、油断していた自分を後悔した。強力すぎる武器を持たされて腰が引けていたが、今は迷っている時ではなかった。このままでは犬神の爪牙が、自分か、それとも媛寿えんじゅに届いてしまう。
 しかし、結城が次の行動を思考するよりも速く、結城の体は迎撃のために動いた。まず抱えていた媛寿を真上に放り投げ、鞘に収まった刀を腰溜めに構えた。鍔を左手の親指と人差し指で軽く押し、黒いハバキが露になる。鞘を水平に倒しつつ、右手で柄を握り、犬神との間合いが刀身の回転半径の中に入ったところで、一気に刀を抜き放った。
 光の筋が通り抜けた時には、犬神は断末魔を上げる間もなく消滅していた。振り抜かれた腕の先には、美しくも妖しい刃紋を表裏に揃えた刀身が輝いていた。その腕を素早く振り替えし、鞘の鯉口に峰を沿わせ、結城は居合いの一連の動作を完了させた。
 次いで宙に放っていた媛寿が落ちてくるのを受け止めた結城は、
「……って、今の何!?」
 自らが披露した閃光の居合い術に驚愕した。
「へぇ~、結城やるじゃん」
 アテナたちに襲いかかる犬神たちを片っ端から薙ぎ倒していた千夏が、結城の居合いを見て感想を漏らした。
「いや千夏さん! あんなの一度もやったことないんですけど!?」
 アテナ監修のもと行われている剣の鍛錬は、基本的には素振りと型稽古、ごく稀にアテナとの対戦型式の稽古が主だった。居合いの修練など一度もやったことはない。
「村正がお前に使ってほしいって言ってんだよ。っていうか、さっさと抜いて手伝え! この犬神ども数が多過ぎんだよ!」
 結城は改めて村正を見た。確かに強力な武器だが、その分危険性も極めて高い。異常なほどの切れ味に、戦士としての才覚が乏しい結城に高水準の居合いを行使させる異能。そして持っているだけで膨れ上がってくる斬殺衝動。
 自分が本格的にその刀を使ってしまった場合、一体どうなってしまうのか。その恐怖心が結城に村正の使用を躊躇わせていた。
「結城! あたし一人じゃ全員守りきれないんだ! 早くしろ!」
 現在、千夏はアテナたちの周辺に群がってくる犬神を一人で蹴散らしているが、いかんせん犬神の数が圧倒的に多いため、このままでは守りが突破されるのは目に見えていた。
 結城は今度は村正ではなく、腕の中にいる媛寿に目を移した。建御名方タケミナカタとのせめぎ合いが応えているのか、目を瞑り、小さな呼吸を繰り返している。
 このまま迷っていれば、仲間たちが犬神の餌食になってしまう。せっかく助けた友宮里美もまた不幸にしてしまう。
 結城は振り返り、アテナの元まで急いで走った。
「アテナ様、媛寿をお願いします」
 マスクマンとシロガネを背に庇い、アイギスで防御体勢を取っていたアテナに媛寿を託し、結城は唸り声を上げて迫る犬神たちに向き直った。
「ユウキ……」
「今度は僕が、皆のために戦います!」
 心に決めた強い意志と覚悟を以って、結城は妖刀村正を抜刀した。
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