小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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友宮の守護者編

怨霊退散

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 アテナが考案した友宮の神降ろしを阻止する作戦。その要となっていたのは、アスクレーピオスの作った秘薬だった。
 アスクレーピオスはアポロンとコロニスの息子にして、医術においてギリシャ神話で名を馳せた人物である。不幸にも医術の腕が素晴らしすぎたために、冥王ハデスの怒りを買い、命を失うこととなったが、生前の多大な功績が認められ、蛇使い座として神々に迎え入れられた。
 アスクレーピオスの医術は、ついに死者さえも蘇らせるほどに卓越していた。これがハデスの怒った理由ではあったが、そのきっかけとなったのはアテナが彼に授けたある物にあった。
 メデューサの右体側の血管に流れる血液。その蘇生作用のある血液をベースに、アスクレーピオスは死者を冥府から呼び戻す薬を開発した。
 あまりハデスに目を付けられるわけにはいかなかったので、神の列席に並んだ時にはもうその薬は残っていないことにしたが、まだ一部は所有しており、その一つはアテナに預けられていた。
 ギリシャを発つ際、アテナはこの秘薬も荷物の中に詰めていた。アテナもハデスと事を構えたくはないので、ほとんど使うことなどなかったが(ミイラ化した九木を救うために渋々使ったことはあったが)、今回の作戦で初めて本格的に使用することになった。
 神降ろしの儀式を阻止するために。いや、安全に終結させるために。
 作戦の概要は、儀式そのものを止めようとするものではなく、別の方向に持っていくというものだった。
 神を呼び出し、人の身に宿す神降ろし。それを本来のものより数段高いレベルで行おうとしていた友宮の儀式は、下手に停止させようとすれば、強力な術式のフィードバックで依り代の命が危険に晒される可能性があった。
 ならば逆に発想して、あえて儀式を完遂させてしまう方法を取ればよかった。
 本来呼び出すはずの強大な神ではなく、ほとんど無害の神を代わりに呼び、状況説明と説得をした上で神域にお帰りいただくという流れを作る。
 ただし、そのためには一時的にでも術式に不具合バグを生じさせ、儀式の進行を不安定な状態にする必要があった。
 神降ろしにおいて、依り代となる人間は自我や精神が非常に希薄な状態、いわゆる無心トランス状態になければならない。そうなることで神を宿す魂の領域が確保されるのである。その無心状態が一瞬でも崩れれば、儀式の進行において確実な不具合となる。
 アスクレーピオスの秘薬は、どのような重傷も瞬く間に癒し、死者の魂ですら冥府から呼び戻す。故に生者にとっては強力な気付け薬の役割も果たす。たとえどんなに深い無心状態にある人間であっても、秘薬が体内に入った刹那には、魂の奥底から覚醒させる。
 アスクレーピオスの秘薬で依り代となっている友宮里美ともみやさとみの意識を一時的に引き戻し、儀式が不安定になった隙を突いて別の神を呼ぶように術式を書き換える。これが神降ろしを不発に終わらせるためのプロセスだった。
 建御名方神タケミナカタノカミが降臨し、儀式が完了してしまったのでは無意味となった作戦ではあったが、大口真神オオグチノマガミの退魔の力が作用し、定着が不安定になった今なら実行可能だった。
 建御名方の怨念が引き剥がされかかっている状態ならば、儀式の途中に立ち戻ったも同然。アテナが秘薬を体内に打ち込み、依り代の意識を急速覚醒させる。残るは別の神を依り代に憑依させ、ところてん式で怨念を弾き飛ばせばいい。
 その代わりとなる神を佐権院さげんいんが呼ぶはずだったが、一刻の猶予もないこの状況において、媛寿えんじゅが『代わり』を買って出た。媛寿もまた、家神という神の一柱であるので、神降ろしの条件に当てはまる。結城ゆうきのように名前に住居を表す字が入っていなければ、人に憑くことはまずないが、そこは依り代の体質を頼りにした賭けだった。ほんの一時的にでも依り代の体内に入ることができれば、媛寿が怨念を駆逐して即時脱出。結城たちの勝利となる。
 残る問題は媛寿を依り代である里美に取り憑かせる方法だった。儀式そのものが完了してしまっている以上、術式が残っている里美自身に直接接触して送り込むしかない。
 そのために結城は全力で駆けた。マスクマンとシロガネが隙を作ってくれたとはいえ、一歩間違えば反撃に遭ってしまう。アテナに鍛えられているとはいえ、ただの人間である結城では、建御名方の攻撃を受ければひとたまりもない。
 だが、結城はそれに構うことなく走った。他のことを考える余裕がなかったこともあるが、これをやり遂げれば全てが解決するという確信めいたものが、結城の脚を進ませた。
 この場にいる全員を助けることができる。虎丸とらまるからの依頼を果たすことができる。神が遺した怨念が引き起こす災厄を止めることができる。その全てが今、この行動に帰結している。それがいつ倒れてもおかしくない結城の体を推し進めていた。
(ゆうき! ずつき! ずつき!)
(へっ!? 大丈夫なの、それ?)
(だいじょーぶ!)
(う~ん……分かった!)
 結城としては少女の額に頭突きを見舞うというのは抵抗があったが、ここまで来てはコンマ数秒の迷いも許されない。媛寿の提案通り、頭突きを打つことを決定する。若干、媛寿の恨みが籠もっている気がしないでもないが。
「くーらーえー!」
(くーらーえー!)
 結城と媛寿が声を合わさり、里美の額に強烈な頭突きが打ち込まれた。
「グギッ!」
 頭突きを打ち込まれた里美の体が光を放ち始めた。体内に残留していた術式が再び起動したのだ。
 頭突きによる接触点を通じて、媛寿は里美の肉体への侵入を図ろうとしていた。同時に建御名方の怨念を押し出そうとする。
 しかし、怨念とはいえ武神対家神では、やはり武神の方が強力であることに変わりない。里美に入り込もうとする媛寿に対し、未だ大きな抵抗を見せていた。
(くぅ……うぅ~)
 神降ろしの術式、この世ならざる者を誘引する里美の体質、大口真神による退魔力、アスクレーピオスの霊薬による気付け。これだけの条件を整えても、建御名方の怨念は強大な力を見せつける。その圧力に媛寿もいよいよ押し返されそうになっていた。
(もう……だめ、かも……)
「オオオォーン!」
 媛寿が怨念の圧力に押し負けようとしていた時、聞き覚えのある獣の咆哮がこだました。それを聞いた里美の目が、一瞬だけ人間の光を取り戻す。
 いまようやく、友宮里美の魂が覚醒を果たした。
 そして、これが最大の好機ともなる。依り代の意識が蘇った今、怨念の支配力は極端に低下し、確実な不具合を生じさせた。
(そこから―――――でーてーけー!!)
 今度は逆に、媛寿が建御名方の怨念を押し返す。
「ガアアアァッ!」
 里美の背面から、どす黒い靄のようなものが飛び出した。
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