小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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友宮の守護者編

魔を祓う獣神

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「ウッ……ウゥ……」
 虎丸とらまるの遠吠えを聞いた里美さとみは体勢を崩し、左手で胸を押さえて呻いた。剣に集められていた水分も、構えが解かれたことで宙に霧散する。
「……助かったけど、どうして?」
 虎丸の介入により、建御名方タケミナカタが乗り移った里美は明らかに不調をきたしていた。ただ遠吠えをしただけで、他には何もしていない。そのあまりに不可解な状況に、結城ゆうきは里美と虎丸を交互に見ることしかできなかった。
「犬の吠える声には退魔の力があるという。あれは建御名方の写し身であっても怨念の塊。正と邪を問うならば、確実に邪の存在だ。効果はあるのだろう。だが……」
 目の前の光景が意味するところを読み解くことができた佐権院さげんいんだったが、一つ腑に落ちない要素を感じ、言葉を濁した。
「? 佐権院警視?」
(元が犬であったとしても、怨念を素体としている犬神に退魔の力が使えるのか? しかし、現に建御名方の怨念は影響を受けている。ならば、あの虎丸という犬神は一体―――――!?)
 思索を巡らせていた佐権院は、そこである事実に気付いた。虎丸が立っている、先程まで里美が括りつけられていた石柱。そして、いま自分たちがいる地下空間。それらを改めて観察すると、もう一つの隠された事実が見えてきた。
(この場所は! 友宮咆玄ともみやほうげんの話を聞いた限りでは、神降ろしの儀式はよほどの急造だったはずだ。こんな空間を作っている余裕はない。それに、あの柱は……そうか!)
「……あの犬神が君のところに依頼に来た理由が少し分かった気がする」
「えっ? どういうことですか、佐権院警視?」
「あの犬神は……あの犬神だけは呪術的な方法で造られたものではない。あれはおそらく、大口真神オオグチノマガミ分霊ぶんれいだ」
「大口真神? 分霊?」
 またも聞きなれない名称が出てきてしまい、結城は思わず聞き返してしまう。
「大口真神は狼が神格化された存在。言うなれば正真正銘の犬の神だ。呪術的に造られた犬神が劣化コピーとするならば、大口真神は正統なオリジナルと言える」
「じゃあ、虎丸は本当の神様だったわけですか?」
「分霊、つまり大元の大口真神から分けられて、ここに祀られていたのだろう。これはあくまで想像でしかないが、友宮咆玄は神降ろしの儀式を行う際、分霊を祀った御神体、つまり、あの柱をアンテナの役割として使ったのだ。神を呼ぶために別の神を踏み台とし、より強く誘引しようとした。だが、分霊は気付いていたんだ。このままでは建御名方を呼べず、その怨念だけを呼んでしまうことを。そこで君に使いを寄越したんだ。この儀式を阻止させるために」
「虎丸が……狼の神様……」
「……虎丸……」
 佐権院から虎丸の依頼の真意を聞き、結城と、薄く目を開けた媛寿えんじゅは、揃って柱の上に立つ虎丸を見た。虎丸はなおも声を発し続け、里美の体内に巣食う魔を祓おうとしている。
「グァッ!」
 いよいよ耐えかねたのか、里美は地に膝を突いた。
 この期を逃すまいと、虎丸はさらに声量を上げて吠え猛る。
「オオオオォォン!」
 地下空間に退魔の雄叫びが響き渡る。
「ガアァッ!」
 建御名方の怨念が苦痛に悶え、ついには背を曲げて蹲るまでになった。その背から、色の付いた湯気のようなものが立ち上りつつあった。
「! 怨念が引き剥がされようとしている。力は弱っているようだが、やはり大口真神。魔除けの力は健在だ」
 絶体絶命の状況を覆す勢いを見せる虎丸に、佐権院は感嘆の声を漏らす。
 確かに万策尽きたところから、虎丸の加勢は逆転の望みを抱かせた。ただ、結城の耳に届くその叫びは、何か悲痛なものを訴えているように聞こえていた。そんな結城の表情を横目で察し、マスクマンだけがわずかに顔を伏せた。
「アアアァ!」
 不意に、蹲っていた里美が立ち上がった。苦悶の表情を浮かべながら、まだ手放していなかったロングソードを一閃する。先程の攻撃のように『溜め』を作ったわけではなかったが、空気の圧力を伴った斬撃が、虎丸の立つ石柱に向かって放たれた。
 虎丸が避ける間もなく、石柱の頂上は風の刃によって粉砕された。
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