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友宮の守護者編
建御名方神
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「うぐぅっ!」
友宮里美から放たれた強烈な気に当てられ、結城は背を丸めて呻いた。何とか媛寿も庇おうとするが、奔流のように押し寄せる怨嗟は、結城が盾になった程度では防ぎきれない。媛寿もまた、無意識に周囲の気を感じ取り、結城の腕の中で身を縮めていた。
悪意の数十倍も重苦しい空気に押し潰されそうになりながら、結城は必死で声を出した。
「佐権院警視! どういうことですか!? あれが呼び出された神様なんですか!?」
「確かにあれは友宮咆玄が呼ぼうとした建御名方神だ。だが、本体ではない。あれは……」
佐権院も怨念を正面から受けたために、声を出すことさえ苦しい状態だった。しかし、それ以上に目の前の事態は深刻だった。その核心を、どうしても言わなければならなかった。
「あれは建御名方神が残した怨念だ」
「怨念?」
佐権院の示した答えを聞いても、結城の疑問は晴れなかった。神と怨念の繋がりが見出せなかったからだ。普通は全く逆の性質であり、むしろ繋がるはずがなかった。
「神様を呼ぼうとしたのに、何で怨念が出てきちゃうんですか!?」
「他の神ならそうはならなかっただろう。だが、建御名方ならばあり得るんだ。国造りの神、大国主命の御子神。かの神は高天原から国譲りを促された際、その要求を拒否して使者である建御雷命に戦いを挑み、惨敗を喫した。敗走した建御名方は諏訪湖に辿り着き、国譲りを承諾した後に諏訪大社の祭神となった。しかし、建御雷命に敗北した悔恨が、怨嗟となって残っていた」
「今の今まで怨んでたってことですか!?」
「いや、現在の建御名方にそのような暗い面はない。とうの昔に捨てているはずだ。ただ、捨て置かれていたか、どこかに封じていたか、この神降ろしの儀式でその怨念を呼んでしまったのだ」
少女の体を貸りた古の武神の怨念は、未だに聞くも恐ろしい叫び声を上げ、受けるだけでも鳥肌が立つ凶気を放っている。結城は媛寿やアテナといった神と普段から接しているが、それとはまるで違うおぞましさを覚えつつ、同等の強さも感じ、足が震えるほど戦慄していた。
「馬鹿な! こんな馬鹿げたことが! 神降ろしは確実に成功するはずだった! なぜだ! なぜだぁ!」
友宮咆玄の亡霊も、眼前で起こる予想外の結果に混乱の極みにあった。肉体がある状態だったならば、すでに発狂していただろう。
「なぜだあぁ!」
「まだ分からないのか、友宮咆玄! 大量の犬神を宿した状態で武神を呼べば、依り代の精神は耐えられない! 友宮里美の魂の容量は、もはや武神一柱を迎えられる程も残っていなかった! だが偶然にも、呼び出すはずだった建御名方の怨念の総量が、残った容量と合致した! 術式が本来なら呼べないはずだった建御名方を変更し、その怨念を選んでしまったんだ!」
「なぜだああぁ!」
佐権院の言葉など全く耳に入っていない友宮咆玄は、答えてくれる者のいない問いを叫び続けるばかりだった。
その最中、結城たちが入ってきた地下空間の入り口から、何かが回転しながら飛んできた。それは結城たちの前を通り抜け、少女の手の中に収まった。二重ゴーレムが持っていた、鋼のロングソードだった。
友宮里美が、右手に持ったロングソードの剣先を、左側に向けるように構えた。結城も佐権院も、それが横薙ぎを繰り出す構えであるとすぐに気付く。
磨き上げられた刀身に、怨嗟を帯びた空気が静かに纏わりついていった。
「まずいっ! 小林くん、来るぞ!」
佐権院の言葉が終わらないうちに、友宮里美の剣が空を薙ぎ払った。
友宮里美から放たれた強烈な気に当てられ、結城は背を丸めて呻いた。何とか媛寿も庇おうとするが、奔流のように押し寄せる怨嗟は、結城が盾になった程度では防ぎきれない。媛寿もまた、無意識に周囲の気を感じ取り、結城の腕の中で身を縮めていた。
悪意の数十倍も重苦しい空気に押し潰されそうになりながら、結城は必死で声を出した。
「佐権院警視! どういうことですか!? あれが呼び出された神様なんですか!?」
「確かにあれは友宮咆玄が呼ぼうとした建御名方神だ。だが、本体ではない。あれは……」
佐権院も怨念を正面から受けたために、声を出すことさえ苦しい状態だった。しかし、それ以上に目の前の事態は深刻だった。その核心を、どうしても言わなければならなかった。
「あれは建御名方神が残した怨念だ」
「怨念?」
佐権院の示した答えを聞いても、結城の疑問は晴れなかった。神と怨念の繋がりが見出せなかったからだ。普通は全く逆の性質であり、むしろ繋がるはずがなかった。
「神様を呼ぼうとしたのに、何で怨念が出てきちゃうんですか!?」
「他の神ならそうはならなかっただろう。だが、建御名方ならばあり得るんだ。国造りの神、大国主命の御子神。かの神は高天原から国譲りを促された際、その要求を拒否して使者である建御雷命に戦いを挑み、惨敗を喫した。敗走した建御名方は諏訪湖に辿り着き、国譲りを承諾した後に諏訪大社の祭神となった。しかし、建御雷命に敗北した悔恨が、怨嗟となって残っていた」
「今の今まで怨んでたってことですか!?」
「いや、現在の建御名方にそのような暗い面はない。とうの昔に捨てているはずだ。ただ、捨て置かれていたか、どこかに封じていたか、この神降ろしの儀式でその怨念を呼んでしまったのだ」
少女の体を貸りた古の武神の怨念は、未だに聞くも恐ろしい叫び声を上げ、受けるだけでも鳥肌が立つ凶気を放っている。結城は媛寿やアテナといった神と普段から接しているが、それとはまるで違うおぞましさを覚えつつ、同等の強さも感じ、足が震えるほど戦慄していた。
「馬鹿な! こんな馬鹿げたことが! 神降ろしは確実に成功するはずだった! なぜだ! なぜだぁ!」
友宮咆玄の亡霊も、眼前で起こる予想外の結果に混乱の極みにあった。肉体がある状態だったならば、すでに発狂していただろう。
「なぜだあぁ!」
「まだ分からないのか、友宮咆玄! 大量の犬神を宿した状態で武神を呼べば、依り代の精神は耐えられない! 友宮里美の魂の容量は、もはや武神一柱を迎えられる程も残っていなかった! だが偶然にも、呼び出すはずだった建御名方の怨念の総量が、残った容量と合致した! 術式が本来なら呼べないはずだった建御名方を変更し、その怨念を選んでしまったんだ!」
「なぜだああぁ!」
佐権院の言葉など全く耳に入っていない友宮咆玄は、答えてくれる者のいない問いを叫び続けるばかりだった。
その最中、結城たちが入ってきた地下空間の入り口から、何かが回転しながら飛んできた。それは結城たちの前を通り抜け、少女の手の中に収まった。二重ゴーレムが持っていた、鋼のロングソードだった。
友宮里美が、右手に持ったロングソードの剣先を、左側に向けるように構えた。結城も佐権院も、それが横薙ぎを繰り出す構えであるとすぐに気付く。
磨き上げられた刀身に、怨嗟を帯びた空気が静かに纏わりついていった。
「まずいっ! 小林くん、来るぞ!」
佐権院の言葉が終わらないうちに、友宮里美の剣が空を薙ぎ払った。
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