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友宮の守護者編
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巨大な振動と爆音、そして脇腹の鈍痛によって、結城は意識を取り戻した。
目を開けて最初に見えたのは、赤い絨毯が敷かれた廊下だった。見覚えがある。甲冑のゴーレムと対峙した廊下だ。ゴーレムに弾き飛ばされてダンスホールに入ったはずだったのに、なぜ廊下に戻っているのか。そう疑問に思いながら、結城は上半身を起こした。
「いっ! っつつ……」
少し体に力を入れるだけでも、脇腹の打撲傷がひどい激痛を生んだ。動けないわけではないが、これまでの経験から肋骨が数本折れているのが分かった。内臓を傷付けていないのがせめてもの幸いか。
結城が痛みに背を曲げた時、頭から何かが落ちて金属音を立てた。
「……何これ?」
床に落ちた物体は、細長い鉄の釜に似ていたが、釜にしては厚みがなく、それがヘルメットの一種だと分かるまでに数瞬かかった。見たことのない形だったので結城には分からなかったが、それは旧日本陸軍が使っていた鉄帽だった。媛寿は爆発に巻き込まないために、煙幕のなか結城を廊下に避難させた後、一応の安全のために鉄帽も被せていたのだ。
(それはそうと、何で僕はまた廊下にいるんだ?)
負傷と失神の影響で、結城は気を失う直前のことが思い出せないでいた。とりあえず周囲を見回すと、結城の他にもう二人、廊下に寝かされている者がいた。佐権院とトオミだった。結城と同じく、鉄帽を被せられている。二人も大きなダメージを負ったせいか、今は気を失っていた。
そこで結城の記憶の糸が引かれ始めた。佐権院とトオミが負傷した理由。二重ゴーレムの変異。落ちてきたシャンデリア。それを撥ね退けて襲い来る異形の甲冑。その前にいたのは―――。
「媛寿!」
二重ゴーレムに襲われそうになった媛寿を庇って負傷したことを、結城は思い出した。打撲と骨折の痛みも忘れ、矢も盾もたまらずにダンスホールに駆け出す。
「媛寿! どこ! えん……」
ダンスホールの扉を再び開けた結城は、そこにあった光景を見て言葉を失った。
元あった清廉な空間は跡形もなく崩れ去り、煤と黒煙が空間を埋め尽くしていた。窓際の壁も丸ごと削り取られ、中庭を見通す大きな風穴と化している。写真でしか見たことはないが、結城は紛争地帯の爆撃後の光景と重ねていた。
敵の姿は見当たらないが、その代わり媛寿の姿も見当たらない。この状況で無事でいてくれる保障は、ない。
「媛寿……そんな……」
破壊し尽くされたダンスホールであった場所を前に、結城はがくりと膝を付いた。仲間たちに後を任せ、自身が急先鋒として最奥に進んだのに、このような無残な結果に終わってしまった。その事実が、結城の心に鉄塊のように重く圧しかかった。
ただ、何か引っかかりが残っていた。絶望感と喪失感に飲まれそうになりながら、結城は何か一つ、重要なことを忘れているような気がしていた。
その答えは、壁に開いた大穴から吹き込んだ一陣の風が出してくれた。立ち込めていた黒煙が一気に流され、不明瞭だった空間が開かれた。それを見た結城は目を見開いた。
謎の爆発で粉砕されたダンスホールの床下には、巨大な縦穴が存在していた。ご丁寧に螺旋階段まで設えられている。結城が忘れていたのはこれだった。ダンスホールに入った時、虎丸はしきりに床に対して唸っていた。そこで気付いた。床の下に空間があり、そこで神降ろしの儀式が執り行われていると。
これほど広大な空間は予想していなかったが、それだけに結城の胸には希望が灯っていた。
(もしかして媛寿、この下に……)
結城は、まだ意識を取り戻していない佐権院をちらりと見た。二重ゴーレムの出現で撤退を考えていた佐権院だが、結城も事が事だけに退いた方がいいかもしれないと思っていた。仲間たちはまだ追いついてきていない。さらに自分も、指揮者である佐権院も大きく負傷した。相手の侵入者対策が想像以上だったために、これほど状況は逼迫した。
(佐権院警視は儀式が終わった後でも何とかできる対策を用意している。ここで退いてもまだ友宮のやろうとしていることは阻止できる。でも、それは……)
それは、神降ろしの儀式の依り代となっている友宮里美を見捨てるということ。そして依頼してきた犬神の虎丸の願いを反故にするということ。
結城の中で葛藤が巻き起こる。これ以上仲間たちを危険に晒してでも、友宮との戦いを継続するか。あるいは友宮里美の命を諦め、事態の収拾を図るか。どちらを取っても大きなデメリットはある。神や精霊であっても傷付くし、場合によっては消滅の危険もある。世界にとって脅威となる儀式を、依り代一人の命と引き換えに無効化する。結城の精神は、重すぎる二択によって潰される寸前だった。
だが、そんな結城の脳裏に媛寿の笑顔が過ぎった。ダンボール箱に入っていた座敷童子の少女と出会い、そこから様々な出来事が起こった。その一連の思い出が、結城の中を通り抜けていった。
結城は頭を強く振り、改めて地下へ続く螺旋階段を見た。
(どんな決断になったとしても、今はせめて媛寿を助けることだけ考えよう!)
ここから退くにも進むにも、媛寿を見捨てていくという選択肢だけはない。おそらく媛寿は地下に落ちてしまっている。ならば、まずは媛寿を助けなければ何も進まない。
結城は痛む脇腹を抑えつつ、螺旋階段へ足を踏み出した。
目を開けて最初に見えたのは、赤い絨毯が敷かれた廊下だった。見覚えがある。甲冑のゴーレムと対峙した廊下だ。ゴーレムに弾き飛ばされてダンスホールに入ったはずだったのに、なぜ廊下に戻っているのか。そう疑問に思いながら、結城は上半身を起こした。
「いっ! っつつ……」
少し体に力を入れるだけでも、脇腹の打撲傷がひどい激痛を生んだ。動けないわけではないが、これまでの経験から肋骨が数本折れているのが分かった。内臓を傷付けていないのがせめてもの幸いか。
結城が痛みに背を曲げた時、頭から何かが落ちて金属音を立てた。
「……何これ?」
床に落ちた物体は、細長い鉄の釜に似ていたが、釜にしては厚みがなく、それがヘルメットの一種だと分かるまでに数瞬かかった。見たことのない形だったので結城には分からなかったが、それは旧日本陸軍が使っていた鉄帽だった。媛寿は爆発に巻き込まないために、煙幕のなか結城を廊下に避難させた後、一応の安全のために鉄帽も被せていたのだ。
(それはそうと、何で僕はまた廊下にいるんだ?)
負傷と失神の影響で、結城は気を失う直前のことが思い出せないでいた。とりあえず周囲を見回すと、結城の他にもう二人、廊下に寝かされている者がいた。佐権院とトオミだった。結城と同じく、鉄帽を被せられている。二人も大きなダメージを負ったせいか、今は気を失っていた。
そこで結城の記憶の糸が引かれ始めた。佐権院とトオミが負傷した理由。二重ゴーレムの変異。落ちてきたシャンデリア。それを撥ね退けて襲い来る異形の甲冑。その前にいたのは―――。
「媛寿!」
二重ゴーレムに襲われそうになった媛寿を庇って負傷したことを、結城は思い出した。打撲と骨折の痛みも忘れ、矢も盾もたまらずにダンスホールに駆け出す。
「媛寿! どこ! えん……」
ダンスホールの扉を再び開けた結城は、そこにあった光景を見て言葉を失った。
元あった清廉な空間は跡形もなく崩れ去り、煤と黒煙が空間を埋め尽くしていた。窓際の壁も丸ごと削り取られ、中庭を見通す大きな風穴と化している。写真でしか見たことはないが、結城は紛争地帯の爆撃後の光景と重ねていた。
敵の姿は見当たらないが、その代わり媛寿の姿も見当たらない。この状況で無事でいてくれる保障は、ない。
「媛寿……そんな……」
破壊し尽くされたダンスホールであった場所を前に、結城はがくりと膝を付いた。仲間たちに後を任せ、自身が急先鋒として最奥に進んだのに、このような無残な結果に終わってしまった。その事実が、結城の心に鉄塊のように重く圧しかかった。
ただ、何か引っかかりが残っていた。絶望感と喪失感に飲まれそうになりながら、結城は何か一つ、重要なことを忘れているような気がしていた。
その答えは、壁に開いた大穴から吹き込んだ一陣の風が出してくれた。立ち込めていた黒煙が一気に流され、不明瞭だった空間が開かれた。それを見た結城は目を見開いた。
謎の爆発で粉砕されたダンスホールの床下には、巨大な縦穴が存在していた。ご丁寧に螺旋階段まで設えられている。結城が忘れていたのはこれだった。ダンスホールに入った時、虎丸はしきりに床に対して唸っていた。そこで気付いた。床の下に空間があり、そこで神降ろしの儀式が執り行われていると。
これほど広大な空間は予想していなかったが、それだけに結城の胸には希望が灯っていた。
(もしかして媛寿、この下に……)
結城は、まだ意識を取り戻していない佐権院をちらりと見た。二重ゴーレムの出現で撤退を考えていた佐権院だが、結城も事が事だけに退いた方がいいかもしれないと思っていた。仲間たちはまだ追いついてきていない。さらに自分も、指揮者である佐権院も大きく負傷した。相手の侵入者対策が想像以上だったために、これほど状況は逼迫した。
(佐権院警視は儀式が終わった後でも何とかできる対策を用意している。ここで退いてもまだ友宮のやろうとしていることは阻止できる。でも、それは……)
それは、神降ろしの儀式の依り代となっている友宮里美を見捨てるということ。そして依頼してきた犬神の虎丸の願いを反故にするということ。
結城の中で葛藤が巻き起こる。これ以上仲間たちを危険に晒してでも、友宮との戦いを継続するか。あるいは友宮里美の命を諦め、事態の収拾を図るか。どちらを取っても大きなデメリットはある。神や精霊であっても傷付くし、場合によっては消滅の危険もある。世界にとって脅威となる儀式を、依り代一人の命と引き換えに無効化する。結城の精神は、重すぎる二択によって潰される寸前だった。
だが、そんな結城の脳裏に媛寿の笑顔が過ぎった。ダンボール箱に入っていた座敷童子の少女と出会い、そこから様々な出来事が起こった。その一連の思い出が、結城の中を通り抜けていった。
結城は頭を強く振り、改めて地下へ続く螺旋階段を見た。
(どんな決断になったとしても、今はせめて媛寿を助けることだけ考えよう!)
ここから退くにも進むにも、媛寿を見捨てていくという選択肢だけはない。おそらく媛寿は地下に落ちてしまっている。ならば、まずは媛寿を助けなければ何も進まない。
結城は痛む脇腹を抑えつつ、螺旋階段へ足を踏み出した。
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