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友宮の守護者編
座敷童子の戦い方その2
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甲冑の左脚の断面から、粘液が沸騰するようなボコボコという不気味な音が聞こえてきた。自らの力で引き千切ってしまった脚は、今もなおダンスホールの床に接着されたまま屹立している。なので泥ゴーレムの保有する泥の一部を回し、失った脚の代用を構成しようとしていた。断面から染み出した泥が、少しずつ脚の形に近付いていく。再構成が完了すれば、二重ゴーレムはすぐにでも媛寿への攻撃を再開するつもりでいた。
だが、媛寿とてそれを黙って待つつもりなどなかった。左袖から取り出した物を、勢いよく甲冑に投げつけた。それは面の隙間に挟まるようにして止まった。黒いゴムでできた玩具の手裏剣だった。無論、ほとんどダメージはない。甲冑も脚の再生を妨害する効果さえないと考え、面に刺さった手裏剣を取ろうとした。
取れない。甲冑が何度引っ張っても、玩具の手裏剣は面の隙間に挟まったままビクともしない。それもそのはず、手裏剣にもまた、瞬間接着剤『アローンA』が塗られていたのだ。
媛寿はさらに玩具の手裏剣を投擲する。もちろん全てに接着剤が塗られていた。一個一個が的確に面の隙間に入り、隙間が埋まってからは、兜の至る所に手裏剣を貼り付けていく。その様はまるで、水の中で大量の黒い小魚にたかられているようにも見える。
「オ……オォ……」
ついには兜が手裏剣で埋め尽くされてしまった。これではいかに二重ゴーレムでも何も見えない。ようやく脚の再生が終わった二重ゴーレムだったが、視界を完全に塞がれてしまった。
何も見えない状態で立ち上がった甲冑だったが、今度は腰回りに違和感があった。胴の関節部分の数箇所に、筒状の物が差し込まれたことを感じ取った。一体何が起こるのか分からなかったが、それは媛寿が『導火線』に火を点けて数秒後に明らかになった。
筒の先から火が迸り、甲冑の内部で轟音を立てて炸裂した。鎧の隙間という隙間から泥が外に弾け飛ぶ。媛寿が視界を奪った甲冑の関節に差し込んだのは、市販の打ち上げ花火だった。それも連発式である。零距離での打ち上げ花火の爆発は、鉄ゴーレムの内部に仕込まれた泥ゴーレムの泥を容赦なく吹き飛ばす。時間差で導火線に火を点けていたので、異なるタイミングであらゆる方向から花火が発射された。
「オオオォ!」
このまま内部爆発が続けば、泥が甲冑の外に噴出し続け、泥ゴーレムの構成そのものが保てなくなる。たまらず二重ゴーレムは手裏剣だらけの面を自ら引き剥がした。露になった赤く光る二つの眼球が、再び視界を取り戻す。
ハルバートを投げ捨て、胴回りに差し込まれた打ち上げ花火を全て引き抜いた。それらを握り潰すと、甲冑は周囲を見渡した。自分を翻弄した座敷童子を滅殺しようと、ダンスホールをくまなく探る。案外すぐに媛寿の姿は捉えられた。佐権院が動かしたグランドピアノの上に立っていた。
甲冑は腰に差していたロングソードを抜き、媛寿に斬りかかろうと一目散に突進する。媛寿が持っていたビーチボールを気にすることもなく。
媛寿はおもむろ持っていたビーチボールを押しやった。バスケットボールのパスの要領だった。突進してくる甲冑に、ボールは真っ直ぐに向かっていく。
そのボールを単なる障害物と判断し、甲冑は振りかぶった剣でボールを両断した。見事に真っ二つになるビーチボール。
途端、甲冑は大量の液体を引っ被った。それも黒く、粘着性があるため、甲冑は再び視界を奪われてしまった。ビーチボールに黒い塗料が入れられていたとは、二重ゴーレムも読めなかった。
甲冑が塗料で真っ黒になったところで、媛寿は玩具のライフルとロケット花火を取り出した。特に何の変哲もない。ただのロケット花火と、100均で売られていた玩具のライフルである。媛寿はロケット花火の導火線に火を点けると、それをライフルの銃口に入れ、狙いを定めた。
導火線が燃え尽き、ライフルにセットされていたロケット花火は弾丸そのもののように飛び出した。その向かう先は、甲冑が自ら引き剥がした面の穴。
ライフルによって直進性を増したロケット花火は、1秒と経たずに曝されていた泥ゴーレムの顔面にめり込み、乾いた音を立てて弾けた。細かな火花を伴って。
次の瞬間には、甲冑は炎に包まれた。飛び散った火花が樹脂性塗料に引火し、甲冑を火だるまにしてしまったのだ。
まとわりつく炎を消そうと、二重ゴーレムは腕を振り、床を転げ回る。が、粘着性のある塗料によって燃える炎は、なかなか消える気配がない。まるで下手なブレイクダンスを踊っているような格好になってしまっている。
「ガアアァ!」
このまま焼かれ続ければ、いずれ泥ゴーレムが機能障害を起こしてしまう。そう判断した二重ゴーレムは、炎が消えていないにも関わらず、最後の標的である媛寿を抹消することにした。
当の媛寿は展望バルコニーへ続く階段を上がりながら、また甲冑に向かってアッカンベーをしている。燃え盛る甲冑はロングソードを手に、もはや怨敵となった媛寿に追いすがる。
すぐに階段まで辿り着き、数段飛ばしで駆け上がるが、それこそが媛寿の罠だった。階段の最上部にいた媛寿は、そこから大量のビー玉をばら撒いた。雪崩れるように階段を転がり落ちるビー玉で、甲冑は見事に足を取られてしまった。
つるりと滑ってバランスを崩し、階段に全身を打ちつけながらビー玉とともに転げ落ちる。散々に金属音を響かせた後、甲冑は再びダンスホールの床に戻された。
それを見計らい、媛寿は階段の最上部から跳躍した。媛寿が本当に狙っていたのはこの機会だった。ゴーレムが弱りきり、少しの間動きを止める、そのタイミングを。今の媛寿が可能な最大の攻撃を与えるために。
古屋敷の裏手に見つけた、旧日本軍の秘密軍事工場。結城が一人で出かけた際、暇な時はそこを遊び場にしていた。その奥に安置されていた、取って置きの花火を使う時が来た。媛寿は左袖からそれを引き抜いた。媛寿の背丈や胴回りよりもずっと大きい、黒い魚のようなシルエット。戦闘機に搭載する航空爆弾だった。
「ぶっ飛べー!」
媛寿は取り出した爆弾を、直下の床にへばりつく甲冑に向かって投げ落とした。
爆弾の先端が甲冑の兜に衝突し、鈍い金属音が鳴る。それによって信管が刺激され、詰められていた炸薬が一気に破裂した。
だが、媛寿とてそれを黙って待つつもりなどなかった。左袖から取り出した物を、勢いよく甲冑に投げつけた。それは面の隙間に挟まるようにして止まった。黒いゴムでできた玩具の手裏剣だった。無論、ほとんどダメージはない。甲冑も脚の再生を妨害する効果さえないと考え、面に刺さった手裏剣を取ろうとした。
取れない。甲冑が何度引っ張っても、玩具の手裏剣は面の隙間に挟まったままビクともしない。それもそのはず、手裏剣にもまた、瞬間接着剤『アローンA』が塗られていたのだ。
媛寿はさらに玩具の手裏剣を投擲する。もちろん全てに接着剤が塗られていた。一個一個が的確に面の隙間に入り、隙間が埋まってからは、兜の至る所に手裏剣を貼り付けていく。その様はまるで、水の中で大量の黒い小魚にたかられているようにも見える。
「オ……オォ……」
ついには兜が手裏剣で埋め尽くされてしまった。これではいかに二重ゴーレムでも何も見えない。ようやく脚の再生が終わった二重ゴーレムだったが、視界を完全に塞がれてしまった。
何も見えない状態で立ち上がった甲冑だったが、今度は腰回りに違和感があった。胴の関節部分の数箇所に、筒状の物が差し込まれたことを感じ取った。一体何が起こるのか分からなかったが、それは媛寿が『導火線』に火を点けて数秒後に明らかになった。
筒の先から火が迸り、甲冑の内部で轟音を立てて炸裂した。鎧の隙間という隙間から泥が外に弾け飛ぶ。媛寿が視界を奪った甲冑の関節に差し込んだのは、市販の打ち上げ花火だった。それも連発式である。零距離での打ち上げ花火の爆発は、鉄ゴーレムの内部に仕込まれた泥ゴーレムの泥を容赦なく吹き飛ばす。時間差で導火線に火を点けていたので、異なるタイミングであらゆる方向から花火が発射された。
「オオオォ!」
このまま内部爆発が続けば、泥が甲冑の外に噴出し続け、泥ゴーレムの構成そのものが保てなくなる。たまらず二重ゴーレムは手裏剣だらけの面を自ら引き剥がした。露になった赤く光る二つの眼球が、再び視界を取り戻す。
ハルバートを投げ捨て、胴回りに差し込まれた打ち上げ花火を全て引き抜いた。それらを握り潰すと、甲冑は周囲を見渡した。自分を翻弄した座敷童子を滅殺しようと、ダンスホールをくまなく探る。案外すぐに媛寿の姿は捉えられた。佐権院が動かしたグランドピアノの上に立っていた。
甲冑は腰に差していたロングソードを抜き、媛寿に斬りかかろうと一目散に突進する。媛寿が持っていたビーチボールを気にすることもなく。
媛寿はおもむろ持っていたビーチボールを押しやった。バスケットボールのパスの要領だった。突進してくる甲冑に、ボールは真っ直ぐに向かっていく。
そのボールを単なる障害物と判断し、甲冑は振りかぶった剣でボールを両断した。見事に真っ二つになるビーチボール。
途端、甲冑は大量の液体を引っ被った。それも黒く、粘着性があるため、甲冑は再び視界を奪われてしまった。ビーチボールに黒い塗料が入れられていたとは、二重ゴーレムも読めなかった。
甲冑が塗料で真っ黒になったところで、媛寿は玩具のライフルとロケット花火を取り出した。特に何の変哲もない。ただのロケット花火と、100均で売られていた玩具のライフルである。媛寿はロケット花火の導火線に火を点けると、それをライフルの銃口に入れ、狙いを定めた。
導火線が燃え尽き、ライフルにセットされていたロケット花火は弾丸そのもののように飛び出した。その向かう先は、甲冑が自ら引き剥がした面の穴。
ライフルによって直進性を増したロケット花火は、1秒と経たずに曝されていた泥ゴーレムの顔面にめり込み、乾いた音を立てて弾けた。細かな火花を伴って。
次の瞬間には、甲冑は炎に包まれた。飛び散った火花が樹脂性塗料に引火し、甲冑を火だるまにしてしまったのだ。
まとわりつく炎を消そうと、二重ゴーレムは腕を振り、床を転げ回る。が、粘着性のある塗料によって燃える炎は、なかなか消える気配がない。まるで下手なブレイクダンスを踊っているような格好になってしまっている。
「ガアアァ!」
このまま焼かれ続ければ、いずれ泥ゴーレムが機能障害を起こしてしまう。そう判断した二重ゴーレムは、炎が消えていないにも関わらず、最後の標的である媛寿を抹消することにした。
当の媛寿は展望バルコニーへ続く階段を上がりながら、また甲冑に向かってアッカンベーをしている。燃え盛る甲冑はロングソードを手に、もはや怨敵となった媛寿に追いすがる。
すぐに階段まで辿り着き、数段飛ばしで駆け上がるが、それこそが媛寿の罠だった。階段の最上部にいた媛寿は、そこから大量のビー玉をばら撒いた。雪崩れるように階段を転がり落ちるビー玉で、甲冑は見事に足を取られてしまった。
つるりと滑ってバランスを崩し、階段に全身を打ちつけながらビー玉とともに転げ落ちる。散々に金属音を響かせた後、甲冑は再びダンスホールの床に戻された。
それを見計らい、媛寿は階段の最上部から跳躍した。媛寿が本当に狙っていたのはこの機会だった。ゴーレムが弱りきり、少しの間動きを止める、そのタイミングを。今の媛寿が可能な最大の攻撃を与えるために。
古屋敷の裏手に見つけた、旧日本軍の秘密軍事工場。結城が一人で出かけた際、暇な時はそこを遊び場にしていた。その奥に安置されていた、取って置きの花火を使う時が来た。媛寿は左袖からそれを引き抜いた。媛寿の背丈や胴回りよりもずっと大きい、黒い魚のようなシルエット。戦闘機に搭載する航空爆弾だった。
「ぶっ飛べー!」
媛寿は取り出した爆弾を、直下の床にへばりつく甲冑に向かって投げ落とした。
爆弾の先端が甲冑の兜に衝突し、鈍い金属音が鳴る。それによって信管が刺激され、詰められていた炸薬が一気に破裂した。
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