上 下
73 / 405
友宮の守護者編

変異

しおりを挟む
 広大なダンスホールに飛び込んだ結城は、置かれた状況に鳥肌が立った。そこは窓と展望バルコニーへと続く階段を除けば、扉らしいものが何も見当たらない。犬神の虎丸に先導されて着いた場所だったが、それ以上進む道がないのであれば、行き止まりということになる。
(一体どこで儀式をやってるんだ!? いや、それよりも!)
 状況は思いのほか深刻だった。来た道を二重デュアルゴーレムに塞がれてしまっては、袋小路に追い込まれたねずみも同然。結城に確実に危機が近づいていた。
「ウウゥ~」
(!?)
 背筋が凍えそうになっていた結城の耳に、妙な唸り声が聞こえてきた。声の主はいつの間にかダンスホールに入っていた虎丸だった。結城とそれほど離れていないところで、鋭い眼で床を睨みながら、しきりに牙を剥いて唸っている。まるで敵を目の前にしているように。
「! そうか! ここが―――」
(ゆうき、あぶない!)
 同化している媛寿の声で正面に向き直った結城の眼前に、ハルバートを振りかぶった甲冑が迫っていた。それも先程までの戦闘とは違い、数段スピードが増しているようにも思える。
 慌てて結城は体を捻り、何とかハルバートの一撃をかわした。後ろ向きにステップを踏んで、限界まで甲冑との距離を取る。
 だが、甲冑はすぐさまハルバートを脇に構え直すと、結城が退いた方向に一足跳びで襲いかかった。今度は振り下ろしではなく、横薙ぎの攻撃だ。それも、やはり廊下での戦いの比ではない程に速い。
「くっ!」
 予想を超える甲冑の切り返しに、結城の判断も追いつかない。少し前までなら、まだ動きを先読みして回避することはできた。しかし、今の甲冑はスピードもパワーも結城の能力を完全に超えていた。二体分のゴーレムの力を有する二重ゴーレム。これが、その真の力なのだと、結城はひしひしと感じていた。
「うおっ!?」
 回避もままならなかった結城の左足のかかとが、不意につるりと滑ってバランスを崩した。重心が傾いたために、結城はダンスホールの磨き上げられた床に背中から転んでしまった。無意識に受身を取ったのは、日々アテナに施されている鍛錬の賜物といえる。
 そうして天井を見上げた結城の視界を、斧槍の刃が轟と通り過ぎた。
「うおっ! こわっ!」
 間一髪。もしも転んでいなければ、結城の上半身は下半身と永遠に別れていたところだ。
(ゆうき、だいじょうぶ!?)
「え、媛寿!?」
 頭に直接響いてきた媛寿の声で、結城は全てを察した。座敷童子の能力は、憑いた家に幸運をもたらすこと。転じて運気を操る力といえる。媛寿自身、意識して運気を操作しているつもりはなく、気分によって運気は増減すると語っていた。が、座敷童子を宿すことができる数少ない人間である結城は、直接その影響を受けることとなる。致命的な状況さえ、強運によって結果を変えることが可能だった。足を滑らせるという形で、結城の命は繋ぎとめられたのだ。
「た、助かったよ、媛寿」
(ゆうき! よけてよけて!)
 横薙ぎをやり過ごしたのも束の間、次はハルバートの槍部を床に突き立てようと、甲冑は得物を垂直に振り下ろしてきた。
「わっ!」
 床をローラーのように素早く転がって難を逃れる結城。だが、転がった先を突き刺そうと、甲冑も追って槍部で床を突いてくる。このまま壁際まで追い込まれれば、立ち上がる前に串刺しにされてしまう。
 次の一手を考える暇もなく床を転がる続ける結城だったが、甲冑は急に追撃を中断した。結城とは反対方向に向き直った時には、ダンスホールの隅に安置されていたグランドピアノが猛然と直進してきていた。足に付けられたキャスターによって、グランドピアノはホールの床を滑るように進んでくる。その気配を察知し、二重ゴーレムは結城への攻撃を止めたのだ。
 片手でいともあっさりピアノを受け止める甲冑。だが、ピアノをけしかけた者の狙いはここからだった。急遽、襲来した物体に目を向けた一瞬の隙をつき、刺突の予備動作に入った影が躍り出た。レプリカ九字兼定を構えた佐権院だ。二重ゴーレムが結城に気を取られている間にダンスホールに侵入し、ピアノのキャスターの固定を外し、真後ろから囮としてけしかけていた。
 いかに感覚能力も拡張された二重ゴーレムでも、囮に意識を向けた際の一瞬の隙は生じる。その読みは的中し、佐権院の打突した切っ先は、チェストプレートに深々と突き刺さった。
 眼鏡の化身であるトオミの能力を加算した霊視能力。そして佐権院自身の剣術の腕により、刀身は二重ゴーレムの核、二つの『emeth』の文字を同時に貫くという離れ業をやってのけた。
「オオオォ!」
 刺された胸を押さえながら、甲冑は重低音の叫びを上げた。苦しみもがくように装甲を震わせ、床に金属音を響かせて膝をつく。
「やった!」
 佐権院の見事な一閃が極まり、不死身の二重ゴーレムもこれで終わると結城は思った――――――次の瞬間までは。
 唐突に甲冑の背面装甲が弾け、黄土色の一対の触手が出現した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...