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友宮の守護者編

変異

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 広大なダンスホールに飛び込んだ結城は、置かれた状況に鳥肌が立った。そこは窓と展望バルコニーへと続く階段を除けば、扉らしいものが何も見当たらない。犬神の虎丸に先導されて着いた場所だったが、それ以上進む道がないのであれば、行き止まりということになる。
(一体どこで儀式をやってるんだ!? いや、それよりも!)
 状況は思いのほか深刻だった。来た道を二重デュアルゴーレムに塞がれてしまっては、袋小路に追い込まれたねずみも同然。結城に確実に危機が近づいていた。
「ウウゥ~」
(!?)
 背筋が凍えそうになっていた結城の耳に、妙な唸り声が聞こえてきた。声の主はいつの間にかダンスホールに入っていた虎丸だった。結城とそれほど離れていないところで、鋭い眼で床を睨みながら、しきりに牙を剥いて唸っている。まるで敵を目の前にしているように。
「! そうか! ここが―――」
(ゆうき、あぶない!)
 同化している媛寿の声で正面に向き直った結城の眼前に、ハルバートを振りかぶった甲冑が迫っていた。それも先程までの戦闘とは違い、数段スピードが増しているようにも思える。
 慌てて結城は体を捻り、何とかハルバートの一撃をかわした。後ろ向きにステップを踏んで、限界まで甲冑との距離を取る。
 だが、甲冑はすぐさまハルバートを脇に構え直すと、結城が退いた方向に一足跳びで襲いかかった。今度は振り下ろしではなく、横薙ぎの攻撃だ。それも、やはり廊下での戦いの比ではない程に速い。
「くっ!」
 予想を超える甲冑の切り返しに、結城の判断も追いつかない。少し前までなら、まだ動きを先読みして回避することはできた。しかし、今の甲冑はスピードもパワーも結城の能力を完全に超えていた。二体分のゴーレムの力を有する二重ゴーレム。これが、その真の力なのだと、結城はひしひしと感じていた。
「うおっ!?」
 回避もままならなかった結城の左足のかかとが、不意につるりと滑ってバランスを崩した。重心が傾いたために、結城はダンスホールの磨き上げられた床に背中から転んでしまった。無意識に受身を取ったのは、日々アテナに施されている鍛錬の賜物といえる。
 そうして天井を見上げた結城の視界を、斧槍の刃が轟と通り過ぎた。
「うおっ! こわっ!」
 間一髪。もしも転んでいなければ、結城の上半身は下半身と永遠に別れていたところだ。
(ゆうき、だいじょうぶ!?)
「え、媛寿!?」
 頭に直接響いてきた媛寿の声で、結城は全てを察した。座敷童子の能力は、憑いた家に幸運をもたらすこと。転じて運気を操る力といえる。媛寿自身、意識して運気を操作しているつもりはなく、気分によって運気は増減すると語っていた。が、座敷童子を宿すことができる数少ない人間である結城は、直接その影響を受けることとなる。致命的な状況さえ、強運によって結果を変えることが可能だった。足を滑らせるという形で、結城の命は繋ぎとめられたのだ。
「た、助かったよ、媛寿」
(ゆうき! よけてよけて!)
 横薙ぎをやり過ごしたのも束の間、次はハルバートの槍部を床に突き立てようと、甲冑は得物を垂直に振り下ろしてきた。
「わっ!」
 床をローラーのように素早く転がって難を逃れる結城。だが、転がった先を突き刺そうと、甲冑も追って槍部で床を突いてくる。このまま壁際まで追い込まれれば、立ち上がる前に串刺しにされてしまう。
 次の一手を考える暇もなく床を転がる続ける結城だったが、甲冑は急に追撃を中断した。結城とは反対方向に向き直った時には、ダンスホールの隅に安置されていたグランドピアノが猛然と直進してきていた。足に付けられたキャスターによって、グランドピアノはホールの床を滑るように進んでくる。その気配を察知し、二重ゴーレムは結城への攻撃を止めたのだ。
 片手でいともあっさりピアノを受け止める甲冑。だが、ピアノをけしかけた者の狙いはここからだった。急遽、襲来した物体に目を向けた一瞬の隙をつき、刺突の予備動作に入った影が躍り出た。レプリカ九字兼定を構えた佐権院だ。二重ゴーレムが結城に気を取られている間にダンスホールに侵入し、ピアノのキャスターの固定を外し、真後ろから囮としてけしかけていた。
 いかに感覚能力も拡張された二重ゴーレムでも、囮に意識を向けた際の一瞬の隙は生じる。その読みは的中し、佐権院の打突した切っ先は、チェストプレートに深々と突き刺さった。
 眼鏡の化身であるトオミの能力を加算した霊視能力。そして佐権院自身の剣術の腕により、刀身は二重ゴーレムの核、二つの『emeth』の文字を同時に貫くという離れ業をやってのけた。
「オオオォ!」
 刺された胸を押さえながら、甲冑は重低音の叫びを上げた。苦しみもがくように装甲を震わせ、床に金属音を響かせて膝をつく。
「やった!」
 佐権院の見事な一閃が極まり、不死身の二重ゴーレムもこれで終わると結城は思った――――――次の瞬間までは。
 唐突に甲冑の背面装甲が弾け、黄土色の一対の触手が出現した。
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