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友宮の守護者編
戦女神はかく語りき
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大食堂の天井や壁の崩落が治まった頃、その中心部に拳を突き出したまま固まる影があった。戦女神と鬼の末裔による拳の打ち合いの末、そこに立っているならば間違いなく勝者だ。隙間風が吹き込み、舞っていた塵芥を一掃する。風に吹かれて流れたのは、金色に輝く美しい長髪。立っていたのはアテナだった。
雷電の力を纏わせた拳撃は、鬼の全霊の拳撃に打ち勝っていたのだ。
「やれやれ……」
アテナが向けた拳の先、大食堂の壁に空いた大穴から、原木本はゆるりと姿を現した。
「あれだけ本気出したのに、見事に打ち負けるなんて。けど神様の拳って、受けても案外生きてるもんだね」
「それはまだ闘いを続けるという意味ですか?」
「へへっ……冗談でしょ」
原木本は態度こそ泰然としていたが、どう見ても闘いを継続できる状態にはなかった。右腕があらゆる方向に捩れ曲がっていたからだ。指から手首、手首から肘、肘から肩と、目で見て分かるだけでも十箇所はありえない方向へ折れ、文字通りの複雑骨折を負っていた。雷槍の力と、本気を出した戦女神の拳の前には、鬼の末裔であってもそれだけの代償を強いられた。腕そのものを失わなかったのは奇跡に等しい。
「参ったよ……ボクの……負……け……」
それだけ言うと、原木本は瓦礫の上に仰向けに倒れこんだ。拳の打ち合いによる負傷もさることながら、『羅刹天の霊符』による能力強化は想像以上に負担がかかっていた。吹き飛ばされた場所から戻ってくるまでが限界で、もはや指一本動かす力は残っていない。
「ホントに……アンタ強いや……でも……分かんないなぁ……なんで、あんな兄ちゃんに……アンタみたいな神様が……肩入れすんの?」
「ユウキのことですか?」
「あの……座敷童子を連れてた兄ちゃん……アンタが肩入れするような……才能なんてないよ……ボクでも……分かる」
「才能がない、ですか。それは私も知っています。出逢った時から」
「は……じゃあ、なんで……」
「才能のある人間ならば、いくらでもいます。しかし、だからと言って優れた戦士となれるわけではありません。まして、才能があれば英雄になれるなどということは、断じてありません」
「?」
「私は数多くの英雄を後押しし、見守ってきました。神話に紡がれる偉業を成した者もいれば、歴史に一切名を残さなかった者もいます。その英雄のどれもが、才能があっただけで英雄となってはいません」
「……」
「神ですら魅せる『心』を持つからこそ、唯人は英雄となるのです。たとえ、当人が気付いていないとしても」
「じゃあ……あの兄ちゃんが……アンタを動かすほどの……『心』を持ってる英雄……ってこと?」
「ユウキが英雄となれるかは、まだ決まっていません。あるいは何も成さずに終わることもあるかもしれません。ただ、私はユウキの『心』を見込んだのです。だからこそ、私はユウキの守護神として、ここに在るのです」
アテナの話を聞いていた原木本は、女神の言う英雄の基準に納得したような、飲み込みきれないような、複雑な表情をした。ただ、直接対決で自分を下した戦いの女神を名乗るこの者は、相当変てこな奴だということだけは理解した。
「よく……分かんないけど……そこまでアンタに期待されてる……あの兄ちゃんが……羨ましい……よ」
「そう思うなら、あなたも腕を磨いてもう一度挑んできなさい。いつでも受けて立ちます」
「!?」
アテナのその一言に、原木本は疲労も忘れて首を持ち上げた。
「良き好敵手とは得がたいものです。あなたにしても、チナツにしても、パラスと競い合いをしていた頃を思い出させてくれます。まだ『心』燃え尽きていないなら、いずれまた闘いましょう」
(千夏さんだったのか。鬼の知り合いって)
「……へ……へへ……えへへ」
小さな笑い声を漏らしながら、原木本は意識を失った。全力の打ち合いで敗北し、痛覚さえ通り越すダメージを負ったにもかかわらず、顔は満足そのものと言わんばかりに穏やかだった。
(少し時間を費やしてしまいました。ユウキたちの元に急がな……けれ……ば!?)
原木本に背を向けて廊下に出ようとしたアテナの視界が、不意に天地真逆にひっくり返った。いや、正確にはアテナ自身が足をもつれさせて倒れたのだ。
ダメージそのものが薄いとはいえ、鬼の末裔との壮絶な拳闘、限定的な雷槍の解放、そして全力の拳撃は、原木本と同様、アテナに予想を超えた負荷と疲労をもたらしていた。立ち上がろうにも、脚どころか指一本にさえ力が入らない。
(こ、これは……いけません)
重くなっていく意識の中で、アテナは珍しく焦りを感じていた。原木本との戦闘が思っていたよりも長引いた。それはまだいい。しかし、ここで自分が倒れることは、友宮の神降ろしを阻止する作戦に重大な支障をきたす。それだけはあってはならない。
(ここで……私が……倒れる……わけには……)
どれだけ意識を保とうとしても、ケラウノスの反動はアテナの感覚を鈍化させ、視界の明度を落としていく。
(ユ……ウキ……無事で……)
崩壊した大食堂の床の上で、戦女神の意識は完全に途絶えた。
雷電の力を纏わせた拳撃は、鬼の全霊の拳撃に打ち勝っていたのだ。
「やれやれ……」
アテナが向けた拳の先、大食堂の壁に空いた大穴から、原木本はゆるりと姿を現した。
「あれだけ本気出したのに、見事に打ち負けるなんて。けど神様の拳って、受けても案外生きてるもんだね」
「それはまだ闘いを続けるという意味ですか?」
「へへっ……冗談でしょ」
原木本は態度こそ泰然としていたが、どう見ても闘いを継続できる状態にはなかった。右腕があらゆる方向に捩れ曲がっていたからだ。指から手首、手首から肘、肘から肩と、目で見て分かるだけでも十箇所はありえない方向へ折れ、文字通りの複雑骨折を負っていた。雷槍の力と、本気を出した戦女神の拳の前には、鬼の末裔であってもそれだけの代償を強いられた。腕そのものを失わなかったのは奇跡に等しい。
「参ったよ……ボクの……負……け……」
それだけ言うと、原木本は瓦礫の上に仰向けに倒れこんだ。拳の打ち合いによる負傷もさることながら、『羅刹天の霊符』による能力強化は想像以上に負担がかかっていた。吹き飛ばされた場所から戻ってくるまでが限界で、もはや指一本動かす力は残っていない。
「ホントに……アンタ強いや……でも……分かんないなぁ……なんで、あんな兄ちゃんに……アンタみたいな神様が……肩入れすんの?」
「ユウキのことですか?」
「あの……座敷童子を連れてた兄ちゃん……アンタが肩入れするような……才能なんてないよ……ボクでも……分かる」
「才能がない、ですか。それは私も知っています。出逢った時から」
「は……じゃあ、なんで……」
「才能のある人間ならば、いくらでもいます。しかし、だからと言って優れた戦士となれるわけではありません。まして、才能があれば英雄になれるなどということは、断じてありません」
「?」
「私は数多くの英雄を後押しし、見守ってきました。神話に紡がれる偉業を成した者もいれば、歴史に一切名を残さなかった者もいます。その英雄のどれもが、才能があっただけで英雄となってはいません」
「……」
「神ですら魅せる『心』を持つからこそ、唯人は英雄となるのです。たとえ、当人が気付いていないとしても」
「じゃあ……あの兄ちゃんが……アンタを動かすほどの……『心』を持ってる英雄……ってこと?」
「ユウキが英雄となれるかは、まだ決まっていません。あるいは何も成さずに終わることもあるかもしれません。ただ、私はユウキの『心』を見込んだのです。だからこそ、私はユウキの守護神として、ここに在るのです」
アテナの話を聞いていた原木本は、女神の言う英雄の基準に納得したような、飲み込みきれないような、複雑な表情をした。ただ、直接対決で自分を下した戦いの女神を名乗るこの者は、相当変てこな奴だということだけは理解した。
「よく……分かんないけど……そこまでアンタに期待されてる……あの兄ちゃんが……羨ましい……よ」
「そう思うなら、あなたも腕を磨いてもう一度挑んできなさい。いつでも受けて立ちます」
「!?」
アテナのその一言に、原木本は疲労も忘れて首を持ち上げた。
「良き好敵手とは得がたいものです。あなたにしても、チナツにしても、パラスと競い合いをしていた頃を思い出させてくれます。まだ『心』燃え尽きていないなら、いずれまた闘いましょう」
(千夏さんだったのか。鬼の知り合いって)
「……へ……へへ……えへへ」
小さな笑い声を漏らしながら、原木本は意識を失った。全力の打ち合いで敗北し、痛覚さえ通り越すダメージを負ったにもかかわらず、顔は満足そのものと言わんばかりに穏やかだった。
(少し時間を費やしてしまいました。ユウキたちの元に急がな……けれ……ば!?)
原木本に背を向けて廊下に出ようとしたアテナの視界が、不意に天地真逆にひっくり返った。いや、正確にはアテナ自身が足をもつれさせて倒れたのだ。
ダメージそのものが薄いとはいえ、鬼の末裔との壮絶な拳闘、限定的な雷槍の解放、そして全力の拳撃は、原木本と同様、アテナに予想を超えた負荷と疲労をもたらしていた。立ち上がろうにも、脚どころか指一本にさえ力が入らない。
(こ、これは……いけません)
重くなっていく意識の中で、アテナは珍しく焦りを感じていた。原木本との戦闘が思っていたよりも長引いた。それはまだいい。しかし、ここで自分が倒れることは、友宮の神降ろしを阻止する作戦に重大な支障をきたす。それだけはあってはならない。
(ここで……私が……倒れる……わけには……)
どれだけ意識を保とうとしても、ケラウノスの反動はアテナの感覚を鈍化させ、視界の明度を落としていく。
(ユ……ウキ……無事で……)
崩壊した大食堂の床の上で、戦女神の意識は完全に途絶えた。
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