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友宮の守護者編

化身対決

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「やらせない。少なくとも、結城だけは」
 前庭に現れたライフルを携える男に対し、白銀のメイド、シロガネは右手の日本刀の切っ先をゆっくりと向けた。相手の処刑宣言に触発されたのか、いつもの無表情ながらもシロガネの目には闘志が爛々としていた。
「今のうちに私たちは屋敷に侵入しましょう」
 二人が殺気だけで牽制しあっている中、アテナはアイギスで庇っている結城たちにそっと告げた。ライフルの男の相手はシロガネが務めることを見越し、儀式阻止のために先を急ぐ算段だ。
「でもシロガネが―――」
「なにも戦闘が目的ではありません。儀式を停止させられれば、あとは脱出を優先させれば良いのです」
 マスクマンに続いてシロガネまでも置いて行かざるをえない状況に、抗議しようとした結城の先手を取ってアテナは制した。
「小林くん、アテナ様の言うとおりだ。どちらにしても時間は少ない。例の儀式を止めたならば、残りは我々警察が処理する。君たちはすぐにでも脱出してくれていい」
 アテナの提言を後押しするように、佐権院も結城の説得を試みる。
 いつも一緒にいる仲間をまた一人、残していかなければならないという選択は、結城の精神に殊更重い負担を強いた。だが、手をこまねいていては虎丸の依頼、友宮里美を救うという目的は果たせない。結城の心はわずかに揺らいだが、それでも今やらなければならないことを強く意識した。
「分かりました。行きましょう」
「その決意を心に留めて置いてください、ユウキ。アイギスの端から出ないように、玄関まで走るのです」
「媛寿、頭を低くして」
「うん!」
 友宮邸の入り口まで全速力で駆けるべく、結城は肩に乗る媛寿に姿勢を低くするよう言った。ただの銃弾でアイギスが貫けるとは到底思えないが、流れ弾が来ないとも限らない。ライフルを持った男もまた、ただの人間である保障はない以上、油断はできない。
 結城はアイギスの端から一度様子を確認した後、友宮邸の玄関扉まで一直線に駆け出した。もちろん、アイギスの守備範囲から出ないコースで走っていく。続いて佐権院も結城と同じコースで追いすがる。
 だが、盾で遮られているとはいえ、その裏側で何が起きているのか判らないほど、ライフルの男も甘くはなかった。結城たちが屋敷へと走る気配を感じ取り、右脇に収めていた拳銃を素早く抜き放つ。それも普通の人間のスピードではない。常人では反応しきれないような腕の運動速度、即座につけられる照準、一拍おく間もなく引き絞られるトリガー。使い手の技量をそのまま反映させるリボルバータイプの拳銃が、男の超人的な銃捌きに見事に応え、銃火を灯し、銃声を挙げる。
 撃ち放たれた銃弾は、盾越しで見えないはずの結城たちを的確に捉えていたが、たとえ異能の力が込められた弾丸であってもアイギスは通さない。一瞬で発射された4発の銃弾は、あえなくアイギスによって弾かれた。
「ふ~ん……」
 ライフルの男はその様子に事も無げな反応だったが、すかさず左手のリボルバーを構え直し、シリンダー内にある2発の残弾を撃発させた。またアイギスを貫くべく撃つのかと思いきや、完全に明後日の方向に銃弾は飛んだ。狙いは前庭に据えられた幾つかの彫像に取り付けられている金属製のネームプレート。撃ったとしても特に意味もない代物だった。
 しかし、その隠された意味にアテナとシロガネは気付いた。間一髪、銃弾はシロガネの日本刀によって両断された。が、さしものシロガネも2発を同時に斬ることは適わず、1発は自身の左腕で受けざるを得なかった。
 化身した肉体の腕から鮮血が滲み、真白いメイド服の袖を赤く染めていく。それでも結果だけ見ればまだ良い方だった。放たれた2発の銃弾を見逃していれば、その先にあったのは結城と佐権院の背中だったのだから。
 ライフルの男はアイギスの防御を破ることはできないと早々に判断し、盾のカバーできていない範囲から銃撃を見舞おうとした。彫像のネームプレートに跳弾させることによって弾道を変え、アイギスの守備範囲外から結城たちを仕留めようとしてきたのだ。
 気付くのが遅れていれば、確実に結城たちを取られていた。目の前にいる相手は絶対に油断してはならない敵。シロガネは腕から血を滴らせながらも、ライフルの男をこの場で必ず討ち取ることを決意した。
「アテナ様、そろそろ、行って。コイツは私が、絶対にやる」
「その者もなかなかの手練です。気をつけて挑みなさい、シロガネ」
 シロガネに促され、アテナも盾を構えつつ玄関口へと急いだ。
 前庭に残ったのは、ライフルを携えた黒スーツの男と、日本刀を右手に持つ白いメイドのみ。
「泣かせるね~。『この場は私が引き受ける』ってか。生憎だが、俺を足止めしたところで全員死ぬのは変わんねぇぜ?」
「足止めじゃない、殺る」
「どっちにしたって同じだ。屋敷の中には俺よりもっとヤバい奴らがいるからな。てめぇのお仲間とは死体で再会することになるぜ」
 ライフルの男にどこまでも希望を否定されながらも、シロガネは薄く笑みを浮かべて見せた。
「結城も、媛寿も、アテナ様も、一筋縄でいかない。特に媛寿とアテナ様がついててくれるから、結城のことは安心。あの二人、海賊や荒くれ船乗りが可愛く見えるくらい、凶暴。だから、心配することなんてない」
「……信頼してんのか貶してんのかどっちだ?」
「それよりお前も、私と同じ。物が魂を持って、化身した存在」
「なんだ、じゃあやっぱり分かってて残ったのか。俺の相手はアンタが一番適任だもんなぁ?」
 シロガネの指摘に、ライフルの男は破顔した。まさに同じ存在を見つけて狂喜したと言わんばかりに。
「私は長く使われたナイフが、化身した。でもお前、もっと危ない物が化身した」
「そうさ、俺は禁酒法時代に作られた銃が化身した。だから言っとくぜ。アンタじゃ俺に勝てねぇってな」
「私は、殺る」
 未だ血を流す傷などまるで意に返さぬように、シロガネは左腕にツヴァイヘンダーを構えた。
「まっ、退かねぇってんならそれもいいさ。この国じゃ『メイドの土産』って言葉があるらしいな? じゃあ土産に俺の名前を教えといてやるよ。俺の名は、トミーだ!」
 トミーと名乗った黒スーツの男は、ライフルのボルトをコッキングし、次弾を撃つべく装填した。
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