55 / 419
友宮の守護者編
開戦その1
しおりを挟む
姿なき精霊をマスクマンに任せた結城たちは、敷地内の森林を走り抜け、邸宅へ続く前庭を進んでいた。よく刈り込まれた芝生が広がっているが、今の結城たちにはその感触を楽しんでいる余裕はない。
友宮はいざ侵入者が現れた時のために戦闘者を配置していた。それは先程の姿なき精霊だけとは限らない。果たしてどんな者が待ち構えているのか、何体いるのか。事によっては儀式の阻止に支障が出るかもしれない。それどころか、作戦自体が水の泡になる可能性さえある。
「マスクマン、大丈夫かな……」
先行きの不安に、ついつい結城は心配事を口にしてしまった。
「……私はかつて、ある英雄に『姿を消せる兜』を貸し与えたことがありました」
結城の不安を見抜いたアテナは、敵地の移動中にも関わらず少し遠い目をして話し始めた。
「その兜はあくまで『姿を見えなくする』だけの力しか持っていませんでしたが、おそらくあの精霊は姿を消すだけでなく、もっと深い隠遁の能力を持っていると思われます。私でも少し手を焼かされますね」
「そ、そんな……」
アテナの評価は、その永い時間で培われた見聞と経験に裏打ちされているので、誰よりも正確で鋭い。それを知っているからこそ、結城はマスクマンの安否が余計に心配になってきてしまった。
「しかし、マスクマンもまた、この世界に大地を作り上げた者の一柱。純粋な精霊としての格ならば、姿を隠すだけの精霊になど負けません。彼を信じましょう、ユウキ」
「……はいっ!」
「ゆうき、げんきひゃくばいっ!」
アテナに力強く応えた結城の肩に、媛寿がちょこんと乗っかり、嬉しそうに小さな右拳を突き出した。
アテナの講釈を聞いて、結城の不安は完全に晴れた。突発的な敵との遭遇に忘れかけていたが、結城が今ともに走っているのは、自身の知る限り最強の仲間たちなのだ。出逢ったきっかけは何とも奇妙なものだったが、なんだかんだで一緒に過ごし、様々な修羅場さえ潜り抜けてきた。その仲間たちを信じないなど、ありえない。媛寿の言う通り、結城は元気が百倍になった気さえしてきた。
その矢先、周囲の空気がまたも異様な雰囲気に包まれた。
「―――っ! ユウキッ!」
「―――っ! 結城っ!」
状況の変化にいち早く気付いたのは、アテナとシロガネだった。凶悪な殺気が結城に向かって一直線に投げかけられた。爆竹が一本弾けたかのような破裂音。それを聞くよりも速く、アテナは結城と佐権院を背にアイギスを構え、シロガネは愛用の日本刀を腰に据えて居合い抜きを放った。
直後、アイギスに小さな金属音が二つ響いた。何が起こったのか、まだ把握できていない結城はアイギスの端から少し様子を見た。
芝生の上に小さな金属片が落ちている。おそらくシロガネに切断されたであろうその金属片を見て、結城は何となく原型を察することができた。
銃弾だ。
「第二陣はさらに手強くなりそうですね」
アイギス越しに敵を睨むアテナの口調は真剣そのものだった。
恐ろしいほどに静まり返った森林の真ん中で、マスクマンは右手にブーメラン、左手に石斧を持って佇んでいた。木の葉の揺れどころか、空気の流れさえない、まるで時間が止まってしまったかのような状況。普通の人間ならば、精神が追い込まれてしまうかもしれない場において、マスクマンは微動だにせずにただ留まるのみだった。
自らの気配を消し、呼吸さえも最小に絞り、置かれた環境に溶け込み同化する。狩人にとって自然を理解し、一体となって行動することは基礎中の基礎である。マスクマンは姿を消すことに長ける敵に対し、自らの気配も消すことで対抗しようと考えていた。
互いに五分の状態を作り出し、さらに己の気配を消し去ることで、敵の行動も攻撃も読み易くなる。相手がじれて動いたところにブーメランを放ち、石斧の近接攻撃で仕留める。
マスクマンの狩人としての思考と経験が、獲物に対して的確な戦略を組み上げていた。
読み通り、敵は動いた。木々の合間を縫って、一条の矢がマスクマン目掛けて飛来する。
空気を切り裂いてくる矢の気配を鋭敏に感じ取り、マスクマンは左手の石斧を最小限に動かし難なく防いだ。同時にブーメランを矢が放たれた原点に向けて投擲する。
姿は消せても存在まで消せるわけではない。ブーメランが激突して怯んだ瞬間を見逃さず、石斧による攻撃を加える。それで闘いは決着する―――はずだった。
マスクマンが異変に気付いたのは、狙っていた場所をブーメランが素通りした時だった。たとえ手から離れていても、マスクマンにはブーメランが獲物に当たったかどうかの手応えが感じられた。しかし、ブーメランはただ空を切り、主の元に戻ろうと弧を描いてくるだけだった。あくまでそれは一瞬の油断だったが、その一瞬を敵は見逃していなかった。
「!」
マスクマンは左肩の後ろに鋭い痛みを覚えた。痛みがした箇所に目をやると、細かな羽が幾つも付けられた小さな針が刺さっていた。
「NΞ4!(しまった!)」
その意味を察した時には、マスクマンの膝は地に着いていた。
友宮はいざ侵入者が現れた時のために戦闘者を配置していた。それは先程の姿なき精霊だけとは限らない。果たしてどんな者が待ち構えているのか、何体いるのか。事によっては儀式の阻止に支障が出るかもしれない。それどころか、作戦自体が水の泡になる可能性さえある。
「マスクマン、大丈夫かな……」
先行きの不安に、ついつい結城は心配事を口にしてしまった。
「……私はかつて、ある英雄に『姿を消せる兜』を貸し与えたことがありました」
結城の不安を見抜いたアテナは、敵地の移動中にも関わらず少し遠い目をして話し始めた。
「その兜はあくまで『姿を見えなくする』だけの力しか持っていませんでしたが、おそらくあの精霊は姿を消すだけでなく、もっと深い隠遁の能力を持っていると思われます。私でも少し手を焼かされますね」
「そ、そんな……」
アテナの評価は、その永い時間で培われた見聞と経験に裏打ちされているので、誰よりも正確で鋭い。それを知っているからこそ、結城はマスクマンの安否が余計に心配になってきてしまった。
「しかし、マスクマンもまた、この世界に大地を作り上げた者の一柱。純粋な精霊としての格ならば、姿を隠すだけの精霊になど負けません。彼を信じましょう、ユウキ」
「……はいっ!」
「ゆうき、げんきひゃくばいっ!」
アテナに力強く応えた結城の肩に、媛寿がちょこんと乗っかり、嬉しそうに小さな右拳を突き出した。
アテナの講釈を聞いて、結城の不安は完全に晴れた。突発的な敵との遭遇に忘れかけていたが、結城が今ともに走っているのは、自身の知る限り最強の仲間たちなのだ。出逢ったきっかけは何とも奇妙なものだったが、なんだかんだで一緒に過ごし、様々な修羅場さえ潜り抜けてきた。その仲間たちを信じないなど、ありえない。媛寿の言う通り、結城は元気が百倍になった気さえしてきた。
その矢先、周囲の空気がまたも異様な雰囲気に包まれた。
「―――っ! ユウキッ!」
「―――っ! 結城っ!」
状況の変化にいち早く気付いたのは、アテナとシロガネだった。凶悪な殺気が結城に向かって一直線に投げかけられた。爆竹が一本弾けたかのような破裂音。それを聞くよりも速く、アテナは結城と佐権院を背にアイギスを構え、シロガネは愛用の日本刀を腰に据えて居合い抜きを放った。
直後、アイギスに小さな金属音が二つ響いた。何が起こったのか、まだ把握できていない結城はアイギスの端から少し様子を見た。
芝生の上に小さな金属片が落ちている。おそらくシロガネに切断されたであろうその金属片を見て、結城は何となく原型を察することができた。
銃弾だ。
「第二陣はさらに手強くなりそうですね」
アイギス越しに敵を睨むアテナの口調は真剣そのものだった。
恐ろしいほどに静まり返った森林の真ん中で、マスクマンは右手にブーメラン、左手に石斧を持って佇んでいた。木の葉の揺れどころか、空気の流れさえない、まるで時間が止まってしまったかのような状況。普通の人間ならば、精神が追い込まれてしまうかもしれない場において、マスクマンは微動だにせずにただ留まるのみだった。
自らの気配を消し、呼吸さえも最小に絞り、置かれた環境に溶け込み同化する。狩人にとって自然を理解し、一体となって行動することは基礎中の基礎である。マスクマンは姿を消すことに長ける敵に対し、自らの気配も消すことで対抗しようと考えていた。
互いに五分の状態を作り出し、さらに己の気配を消し去ることで、敵の行動も攻撃も読み易くなる。相手がじれて動いたところにブーメランを放ち、石斧の近接攻撃で仕留める。
マスクマンの狩人としての思考と経験が、獲物に対して的確な戦略を組み上げていた。
読み通り、敵は動いた。木々の合間を縫って、一条の矢がマスクマン目掛けて飛来する。
空気を切り裂いてくる矢の気配を鋭敏に感じ取り、マスクマンは左手の石斧を最小限に動かし難なく防いだ。同時にブーメランを矢が放たれた原点に向けて投擲する。
姿は消せても存在まで消せるわけではない。ブーメランが激突して怯んだ瞬間を見逃さず、石斧による攻撃を加える。それで闘いは決着する―――はずだった。
マスクマンが異変に気付いたのは、狙っていた場所をブーメランが素通りした時だった。たとえ手から離れていても、マスクマンにはブーメランが獲物に当たったかどうかの手応えが感じられた。しかし、ブーメランはただ空を切り、主の元に戻ろうと弧を描いてくるだけだった。あくまでそれは一瞬の油断だったが、その一瞬を敵は見逃していなかった。
「!」
マスクマンは左肩の後ろに鋭い痛みを覚えた。痛みがした箇所に目をやると、細かな羽が幾つも付けられた小さな針が刺さっていた。
「NΞ4!(しまった!)」
その意味を察した時には、マスクマンの膝は地に着いていた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説


ここは貴方の国ではありませんよ
水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。
厄介ごとが多いですね。
裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。
※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?

冤罪で追放した男の末路
菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる