小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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友宮の守護者編

開戦その1

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 姿なき精霊をマスクマンに任せた結城たちは、敷地内の森林を走り抜け、邸宅へ続く前庭を進んでいた。よく刈り込まれた芝生が広がっているが、今の結城たちにはその感触を楽しんでいる余裕はない。
 友宮はいざ侵入者が現れた時のために戦闘者を配置していた。それは先程の姿なき精霊だけとは限らない。果たしてどんな者が待ち構えているのか、何体いるのか。事によっては儀式の阻止に支障が出るかもしれない。それどころか、作戦自体が水の泡になる可能性さえある。
「マスクマン、大丈夫かな……」
 先行きの不安に、ついつい結城は心配事を口にしてしまった。
「……私はかつて、ある英雄に『姿を消せる兜』を貸し与えたことがありました」
 結城の不安を見抜いたアテナは、敵地の移動中にも関わらず少し遠い目をして話し始めた。
「その兜はあくまで『姿を見えなくする』だけの力しか持っていませんでしたが、おそらくあの精霊は姿を消すだけでなく、もっと深い隠遁の能力を持っていると思われます。私でも少し手を焼かされますね」
「そ、そんな……」
 アテナの評価は、その永い時間で培われた見聞と経験に裏打ちされているので、誰よりも正確で鋭い。それを知っているからこそ、結城はマスクマンの安否が余計に心配になってきてしまった。
「しかし、マスクマンもまた、この世界に大地を作り上げた者の一柱。純粋な精霊としての格ならば、姿を隠すだけの精霊になど負けません。彼を信じましょう、ユウキ」
「……はいっ!」
「ゆうき、げんきひゃくばいっ!」
 アテナに力強く応えた結城の肩に、媛寿がちょこんと乗っかり、嬉しそうに小さな右拳を突き出した。
 アテナの講釈を聞いて、結城の不安は完全に晴れた。突発的な敵との遭遇に忘れかけていたが、結城が今ともに走っているのは、自身の知る限り最強の仲間たちなのだ。出逢ったきっかけは何とも奇妙なものだったが、なんだかんだで一緒に過ごし、様々な修羅場さえ潜り抜けてきた。その仲間たちを信じないなど、ありえない。媛寿の言う通り、結城は元気が百倍になった気さえしてきた。
 その矢先、周囲の空気がまたも異様な雰囲気に包まれた。
「―――っ! ユウキッ!」
「―――っ! 結城っ!」
 状況の変化にいち早く気付いたのは、アテナとシロガネだった。凶悪な殺気が結城に向かって一直線に投げかけられた。爆竹が一本弾けたかのような破裂音。それを聞くよりも速く、アテナは結城と佐権院を背にアイギスを構え、シロガネは愛用の日本刀を腰に据えて居合い抜きを放った。
 直後、アイギスに小さな金属音が二つ響いた。何が起こったのか、まだ把握できていない結城はアイギスの端から少し様子を見た。
 芝生の上に小さな金属片が落ちている。おそらくシロガネに切断されたであろうその金属片を見て、結城は何となく原型を察することができた。
 銃弾だ。
「第二陣はさらに手強くなりそうですね」
 アイギス越しに敵を睨むアテナの口調は真剣そのものだった。

 恐ろしいほどに静まり返った森林の真ん中で、マスクマンは右手にブーメラン、左手に石斧を持って佇んでいた。木の葉の揺れどころか、空気の流れさえない、まるで時間が止まってしまったかのような状況。普通の人間ならば、精神が追い込まれてしまうかもしれない場において、マスクマンは微動だにせずにただ留まるのみだった。
 自らの気配を消し、呼吸さえも最小に絞り、置かれた環境に溶け込み同化する。狩人にとって自然を理解し、一体となって行動することは基礎中の基礎である。マスクマンは姿を消すことに長ける敵に対し、自らの気配も消すことで対抗しようと考えていた。
 互いに五分の状態を作り出し、さらに己の気配を消し去ることで、敵の行動も攻撃も読み易くなる。相手がじれて動いたところにブーメランを放ち、石斧の近接攻撃で仕留める。
 マスクマンの狩人としての思考と経験が、獲物に対して的確な戦略を組み上げていた。
 読み通り、敵は動いた。木々の合間を縫って、一条の矢がマスクマン目掛けて飛来する。
 空気を切り裂いてくる矢の気配を鋭敏に感じ取り、マスクマンは左手の石斧を最小限に動かし難なく防いだ。同時にブーメランを矢が放たれた原点に向けて投擲する。
 姿は消せても存在まで消せるわけではない。ブーメランが激突して怯んだ瞬間を見逃さず、石斧による攻撃を加える。それで闘いは決着する―――はずだった。
 マスクマンが異変に気付いたのは、狙っていた場所をブーメランが素通りした時だった。たとえ手から離れていても、マスクマンにはブーメランが獲物に当たったかどうかの手応えが感じられた。しかし、ブーメランはただ空を切り、主の元に戻ろうと弧を描いてくるだけだった。あくまでそれは一瞬の油断だったが、その一瞬を敵は見逃していなかった。
「!」
 マスクマンは左肩の後ろに鋭い痛みを覚えた。痛みがした箇所に目をやると、細かな羽が幾つも付けられた小さな針が刺さっていた。
「NΞ4!(しまった!)」
 その意味を察した時には、マスクマンの膝は地に着いていた。
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