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友宮の守護者編

九木洸一の災難その2

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刺松市をゆっくりと横断し、途中にあった喫茶店で軽い昼食も済ませた結城と媛寿が工事現場に到着したのは昼過ぎ頃だった。
 『鞠男水道設備』のワゴンが停まった場所では、アテナ、マスクマン、シロガネが昼の休憩を取っていた。
「OΠ4←(よぉ来たか、結城、媛寿)」
 紙パックのココナッツミルクを呷っていたマスクマンが、結城と媛寿が歩いて来る姿を認めて声をかけてくる。心なしかキラキラとしたオーラを纏っているような気がする。
「おはようマスクマン。ところでちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「NΛ8↑(オレはヤバいことは避ける性分だ)」
「やっぱり昨夜ああなること知ってた! だったら僕にも教えといてよ!」
「YΣ11↑GΨ9(お前に言ったら結局オレも巻き込まれるかもしれなかっただろ? 悪く思うな)」
「くぅ~」
 なぜか理不尽な気がしたが、結城はそれ以上マスクマンに何も言うことはしなかった。以前、女傑たちのドタバタに巻き込まれて仮面を割られそうになったマスクマンのことを考えると、危機回避を優先させたことは咎められない。何より、いつも女傑たちのドタバタの中心にいる結城としては、巻き込まれたくないという気持ちはよく分かったからだ。肉体と精神と貞操がいくらあっても足りない。
「もういいや。ちょっと納得できないところはあるけど。ところでアテナ様はどうしたの?」
 これ以上マスクマンと言い合ったところで仕方ないと考えた結城は、早々に話を切り上げ、目に付いたアテナのことを聞いた。パイプ椅子に腰掛け、少し難しい顔をしながら施工図を睨んでいる。
「ちょっと工事に、問題発生」
「うわっ! シロガネいつの間に!?」
 背後から耳元に囁きかけてきたシロガネに驚き、思わず結城は跳び上がった。
「さっきから、いた。結城、コレ」
 無表情が常に崩れないシロガネだが、付き合いが長ければ案外感情の動きは分かる。ガールズ文庫『チェリーな御主人様に華やかなメイドハーレムを』を差し出す今のシロガネは、明らかに鼻息が荒くなっているのが見て取れた。興奮している。
「コレと同じこと、したい。今夜」
「全力でご遠慮させてもらうよ」
「大丈夫。コレに出てきたオモチャ、全部持ってる」
「フツーは持ってないと思うし、何も大丈夫じゃないよ。特に僕が」
「遠慮しなくて、イイ」
 いよいよ呼吸が荒くなってきたシロガネが、じりじりと結城との距離を詰める。
(もしかして僕の周りってこーゆー人が多いのか!?」
 キュウや千夏の件も重なって、結城は貞操の危機を余計に大きく感じていた。
 燃える下心を滾らせらながらにじり寄ってくるシロガネだったが、背後から急に吹きつけた突風に煽られ、コンクリートの地面とキスする羽目になってしまった。
「こんな所にいたのかよ。刺松市の隅々まで探しちまったじゃねぇか」
 巻き上げられた砂埃が治まって結城の視界に入ってきたのは、自転車に跨った巫女少女、千夏だった。なぜか今朝より顔がツヤツヤしている。
「神が考え事をしている時に騒々しく押しかけてくるとは。やはりあなたには礼儀を教授する必要がありそうですね」
 そう言いながらアテナがパイプ椅子からゆっくりと立ち上がる。施工図を広げて思案していたところに砂埃を被せられたのが勘に障ったらしい。
「ア、アテナ様。不可抗力ですから落ち着いて。と、ところで千夏さん。どうしたんですか?」
「コイツ返しに来た」
 千夏は自転車後部の荷台から茶色い布のような物を掴み、結城に投げ渡した。それはヒラヒラと宙を漂いながら、結城の腕に着地した。
「ん? わああぁ! 九木刑事~!」
 千夏が投げて寄越した布のような物の正体は、しおしおに干乾びた九木の成れの果てだった。白目を剥いてトレンチコートと同じ重さにまでなってしまっているが、かろうじて生きている。
「しっかりして下さい、九木刑事~! こんなところで死んじゃダメですよ~!」
 必死に九木の肩を揺さぶる結城だったが、ペラペラの空気人形のようになってしまった九木からは返事がない。ほとんど屍のようだ。
「随分張り切ったようですね。これはユウキを行かせなくて正解でした」
「正直まだ足りてない。そいつ短小な上に早いし体力もなかったから、ホントつまみ程度にしかならなかったぜ」
(九木刑事、ヒドい目に遭ってさらにヒドいこと言われてる……)
「なぁ結城。やっぱお前キュウ様のトコに来いよ。んでもってキュウ様のついでであたしの相手しろ。キュウ様が気に入ってるってことはアレも相当スゴいんだろ? そしたらキュウ様満足して、あたしも満足して、一石二鳥じゃねぇか」
「ちょっ、僕がただ食べられてるだけじゃないですか! と、というより僕のはその……そんなにスゴいわけじゃ―――わっ!」
 千夏への返答に口ごもっていた結城は、いきなりアテナに襟元を掴まれ、彼女の背後に匿われた。
「ユウキは私が目をかけている戦士です。他の者のところに出すつもりも体を許すつもりもありません」
「ちっ! 何だよケチくせぇな! いいじゃねぇかよ。男なら一日に三十発や四十発ヤるくれぇ当たり前だっての」
(ぼ、僕も九木刑事みたいにスルメイカに!?)
 アテナと千夏の会話に縮み上がっていた結城はさらに縮こまる思いをしていた。戦いの女神の基準も分からないが、鬼の末裔が考える基準も分からない。
「まっ、いっか。そろそろ半休も終わるし、今日はこのへんにしといてやる。じゃあな!」
 意外にあっさりと話を切り上げた千夏は自転車を翻し、疾風のような速度でその場を去って行った。明らかに自転車で出せる速度ではないので、スピード違反にならないか心配だが。
「……あっ! アテナ様! 九木刑事が! 九木刑事が!」
 二人の会話に気圧されていた結城がはっとして九木のことを思い出した。信じられない程に薄くなっているが、とりあえず息はしている。
「カラフルタイマーを胸に戻せば元通りになるのではありませんか?」
「そんな兎龍寅マンじゃないんですから! は、早く何とか!」
「やれやれ。クキは世話が焼けますね」
 結城の悲痛な訴えを聞き、アテナはワゴン車のドアを開けて中から幾らかの物を取り出してきた。
 赤い液体が入った小瓶と縫い針が一本、そして自転車用の空気入れだった。
 アテナはまず小瓶のコルク栓を抜き、縫い針を瓶の中に入れて針先を赤い液体に少し浸した。液体が付着した針を取り出し、九木の額におもむろにブスリと刺す。
「わっ!」
 とどめを刺したのかと思い小さく悲鳴を上げた結城だったが、すぐにアテナに空気入れのホースを差し出された。
「ユウキ、これをクキの口に入れて空気を送り込みなさい」
「そ、そんなので本当に大丈夫なんですか?」
「女神の力を信じなさい」
 少々戸惑ったが結城もアテナとの付き合いは長いので、とりあえず自転車用の空気入れで九木に空気を送り込んだ。するとT字ハンドルを数回ピストンした後に破裂音が轟き、二次元的だった九木の体が立体感を取り戻した。
「あ、あれ? オレどうしてたんだっけ? なんか天国みたいな地獄を見ていたような……」
 元の体に戻った九木はむくりと体を起こし、寝惚けたように辺りを見回した。
「九木刑事! 黄泉返った~!」
「へ? なんで小林くんいるの? ていうかさっきまで鎧兜着たお姉ちゃん達がオレを手招きしてたんだけど……」
「あなたはヴァルハラにでも行くつもりだったのですか、クキ?」
「ぐわあああぁ! 死神~!」
「誰がハデス叔父様ですか!」
 ようやく死の縁から戻ってきた九木だったが、アテナの強烈なゲンコツを浴びて地面にめり込み、またも死出の旅路につくことになってしまった。
 とりあえず後で病院にでも送り届けようと思う結城だった。
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