小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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友宮の守護者編

小林結城の女難

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「ふぅ~、いいお湯だった~」
 至福の入浴タイムを終え、結城は屋敷の廊下を髪を拭きながら歩いていた。以前、シロガネに脱衣所で髪を拭いてから出るように言われていたが、ゆったりと湯に浸かれた快楽ですっかり忘れている。
 まだ問題は山積しているが、アテナの作戦が上手くいけば友宮邸への侵入は可能になる。今はひたすらトンネル掘りに集中するのが重要であり、明日の作業に支障が出ないようにしっかり休んでおくのも重要だ。今夜はしっかり眠って疲れを取ろうと結城は心に決めていた。
 ただ、まだ何かを忘れている気がしないでもない。思い出さなければちょっと変なことになりそうな予感もあるが、あくまで湯に浸かった後の気のせいだろうと考えていた。結城は頭の中の引っ掛かりをひとまず棚上げし、自室のドアノブを回した。
「しっかり湯に浸かりましたか、ユウキ?」
「ぬぉっ!?」
 部屋の中では、なぜか金髪の戦女神が仁王立ちしていた。
「ア、アテナ様!? な、なんで!?」
「今回の作戦は通常のトレーニングとは違う筋肉を使うので疲労も種類も違ってきます。まだ作業は最低でも二日はかかりますから、疲れを残すわけにはいきません」
「そ、それで?」
「私が疲れを取るために施術してさしあげましょう。古代ギリシャ式マッサージで、明日には何事もなかったかのように回復しています」
 アテナは右拳をガッシリと掲げ、自信満々な笑みを浮かべている。何かと職能が多い女神だけに、その力を振るえるのが嬉しいのか、ちょっと鼻息も荒い。
 しかし、しかしである。マッサージはまだ分かるとして、結城にはどうしても看過できない問題があった。
「マ、マッサージは分かりましたけど。アテナ様、その格好は……」
「? 古代ギリシャの手技療法師は皆こういう格好で施術をしていましたが?」
 アテナはさも『何か問題でもあるのか?』と言いたげに首を傾げるが、結城にとっては見過ごせない、というより直視できない問題だった。
 真っ白い腰布を巻いている以外、アテナは何も身に付けていなかった。上半身は言うまでもなく、腰布で隠されている部分を除けば、ほぼ肌を露出している。長い金髪がわずかに前に垂れているが、ほとんど意味を成していない。おまけに例によって、そんな格好でありながら、アテナは一切隠そうとしていなかった。
「また恥ずかしがっているのですか。これは手技療法師の正装のようなものです。第一、全裸ではないのですからそんなに顔を背ける必要はありません」
「いや、普通に考えてその格好でも問題ある気がしますけど……」
 度々入浴に乱入され、一糸纏わぬ姿を何度も見てしまっているが、抜群のプロポーションを誇る戦女神の裸身を正視することなど、結城には難関にも程がある。腰布をしているのでまだマシかと思いきや、いつも自信たっぷりに張っている胸が丸見えなので、どうしても顔を背けてしまう。
 小林結城25歳。童貞である。
「それよりも施術を始めます。ユウキ、服を脱いでベッドに横になりなさい」
「…………はい!?」
 言われたことが衝撃的過ぎて、結城は反応するのに11秒もかかってしまった。
「い、いまなんと……」
「施術するので服を脱いでベッドに横になりなさいと言いました」
 聞き違いではなかった。結城は風呂に入ったはずなのに、緊張と困惑で汗がダラダラと流れてきた。
「マッサージをするのですから対象者には裸になってもらわなければいけません。それは古代でも現代でも同じですよ?」
 相変わらずアテナは何も気にせず、さくさくと話を進めようとする。
 ほとんど裸の美女がいる部屋で服を脱いでベッドに横になれと言われても、小林結城は『はい、そうですか』と納得できる男ではない。童貞である。
「入浴で血の巡りが良くなっている今が絶好の状態なのです。早くしなければ明日元気に起きられませんよ?」
 血の巡りが良くなっているせいか、すでに別のところが元気に起きそうになっているのは決して言えない結城。
(ど、どうしよう。どうしよう!)
 マッサージを受けたとしても逃げたとしても、何かとんでもないことになる気がする。何度もこんな目に遭ってきたため、結城の本能は変な部分が鋭くなっていた。
 このまま沈黙していれば、アテナは強硬手段に出るだろう。かと言って逃亡すれば強制的にマッサージされてしまう。どう考えても積みである。神話の戦女神を相手取って、勝てるはずもない。
 結城は肉食獣に追い詰められた小動物の心境に陥ってしまった―――時だった。
「ゆうきー!」
 部屋のドアが元気一杯な騒がしさとともに開かれた。声からして来訪者は分かっている。
「媛寿!」
 眠りから覚めた媛寿が部屋に飛び込んできた。結城は媛寿を何かしらの理由にすれば、アテナから逃げられるかもしれないと思い、心の中で闖入してきた座敷童子に感謝した。振り向くまでは。
(ん?)
 結城の視界に媛寿が頭上に掲げている直方体のボックスが目に入った。橙色の道着を来たキャラクターと龍が描かれたその物体には見覚えがある。Tamazonで購入し、今日コンビニ受け取りで持って帰ってきた『劇場版ドラゴンボーイ全収録ブルーレイBOX』だ。
 元々、友宮邸潜入に失敗し、落ち込んでいる媛寿を元気付けようと思って注文した物だったが、方向性は問題でもある程度元気になってきていたし、発見されれば夜通し一緒に見ようとせがまれそうだったので、渡そうか悩んでいた代物だ。
「ゆうき! コレ! ドラゴンボーイ!!」
 予想外のプレゼントに驚きと興奮を抑えられず、媛寿はブルーレイBOXを掲げたまま結城の目の前でピョンピョンと飛び跳ねる。元気になったのは何よりだが、この状態ではドラゴンボーイ劇場版オールナイト鑑賞会は避けられない。
 結城はアテナのマッサージか、媛寿との徹夜かを迫られた。
 そこへもう一つ、第三勢力が襲来した。
「結城」
 媛寿が開け放していたドアの前に、いつもの無表情がより硬質化したシロガネが静かに立っていた。なにやら赤いペンキで『オモチャ箱』と殴り書きされた木箱を持っている。はっきり言って悪い予感しかしない。
「シロガネ、その箱なに……」
「私の、オモチャ」
 シロガネはやや乱暴に木箱を床に置いた。箱には蓋が付いていないので、その位置から中身がはっきり分かるのだが、結城の脳内補正で中の品々にはモザイクが氾濫していた。
(18禁のオモチャだった~!)
 見事に的中した嫌な予感に、結城は心の中で叫び声を上げる。
「シ、シロガネ。自分のお小遣いで何を買ってもいいけど、これはちょっと……」
「ぶっこむ」
「へ?」
 結城の意見など何も介さず、シロガネは箱の中から適当な『おもちゃ』を両手一杯にピックアップした。
「これ全部、結城にぶっこむ」
(ぼ、僕に使うの!?)
「ま、待ってよシロガネ。僕、そういう趣味はないんだけど……」
「そろそろ、限界」
 かなり卑猥な形状をしたオモチャを両手に構えて、じりじりとにじり寄ってくるシロガネの眼は、興奮を通り越してもはや殺気まで帯びていた。
(ヤバイ。眼が本気だ)
 結城は確信した。や、やられる。
 三者三様に困る状況に追い込まれた結城だったが、そこでふと思い至ったことがあった。なぜマスクマンがトンネル掘りの作業のために残ると言い出したのか。これまでそんなことは一度もなかったので不自然に感じていた。マスクマンは五人の中で直感が最も鋭い。それは時に、ある種の予知能力にも匹敵する。
(ま、まさか)
 マスクマンがこの日、この夜に、この三人による三つ巴の乱痴気騒ぎを予見していたのなら。
(は、謀ったな、マスクマン!)
 巻き込まれないために現場に残ったマスクマンの一人勝ちに、結城は心の奥から叫び声を上げた。
「さぁユウキ。早く脱いでマッサージを受けなさい」
「ゆうき! ゆうき! いっしょにドラゴンボーイ見る!」
「結城、ヤる」
 誰に捕まったとしてもえらい結果に繋がるのは目に見えている。が、どう逃げていいものか、当の結城は屠殺場に入った動物同然の心境だった。
「お、おおぅあああ!」
 涼やかな虫の音だけが響いていた谷崎町の山内に、結城の声が響き渡った。

 一方その頃、マスクマンはトンネル内で麻袋を積んで作った椅子に腰掛け、パックのココナッツミルクを味わっていた。
「W☆4→YΠ9↓PP(訳:悪く思うな、結城。お前自身は悪くないが、お前の縁がいけなかったんだよ)」
 某公国軍の某大佐に似た台詞を言いながら、穏やかな電池式ランプの光を堪能しつつ、もう一口ココナッツミルクを煽る。
「D☆777(訳:うん、美味い)」
 平和な夜(マスクマンだけが)は過ぎていった。
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