小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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友宮の守護者編

進めトロイのモグラたち

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アテナが指し示した起点から、結城たちはひたすら地下を掘り進んでいた。ツルハシでコンクリート壁を崩し、破片をスコップで麻袋に入れ、端へと避ける。その作業が数十m続くと、今度は土の壁が現れた。これもツルハシとスコップで崩し、麻袋に入れて端へと避ける。
 ただでさえ暗かった下水道から掘り進むと、いよいよ何の明かりもなくなってしまったので、ヘルメットに付いたヘッドライトと投光機が命綱になってくる。
(これ、明かりが消えたらコワいだろうな~)
 結城は土壁を掘り進みながら、漠然と地下トンネルへの感想を心の中で述べていた。
(けど、これは……確かにキツい)
 友宮邸までのトンネルを掘る作業は、三人が土壁を崩す係、二人が崩した土などを袋に詰める係に別れ、一定時間でローテーションするようにしている。ただ、どの作業を取っても体中のあらゆる筋肉を上手く使わなければ、あっという間に体力が尽きてしまう。筋力を効率よく、最大限に発揮しなければならない掘削作業は、アテナの言うように日頃とは違うトレーニングになり得た。
(こうしていると工事現場で働いていた時を思い出すな)
 結城もまた、以前工事現場に務めていた時期があった。体力不足と怪我のせいで一週間と経たずに辞めてしまったが、今ではアテナのトレーニングのおかげか、あの頃より随分と体力が付いたことを実感する。
(前の僕ならとっくに体力切れしてたな。他のみんなは?)
 手を動かしつつ、共に作業するメンバーの様子を窺う。
 アテナは時々手を止めてコンパスと施工図を確認しつつ、黙々と作業に取り組んでいる。特に疲れているような素振りはないあたり、やはり戦いの女神は体力も並ではないようだ。
 結城はふと古屋敷を改装した時のことを思い出した。当初の古屋敷は長年放置されたことが祟って、雨風を凌ぐのが関の山というほど寂れていた。むしろ廃墟に近かった。そこをアテナは『私は建築の神も兼ねている』と言って、ボロボロだった屋敷の補修工事から新設工事まで完璧にやってのけた。
(このトンネル工事もかなり本格的だし、そういうところも関係して作戦を立てたのかな?)
 そう考えながらアテナを見ていたが、あまり見過ぎていると汗でボディラインに張り付いたタンクトップまで目に入ってしまうので、結城は早々に別方向に目を向けた。
 目線の先では媛寿が並々ならぬ勢いでツルハシを振るっていた。着物姿なのはいつもと変わらないが、普段身に付けている薄桃色の振袖ではなく、薄手の濃紺色の着物を纏っている。浴衣や襦袢に近いものだが、結城は和装に詳しくないのであまりよく分からない。袖を襷で捲くり、裾の端を後ろ腰の帯に入れて脚を動かしやすくし、捻り鉢巻を付けたヘルメットを被って土壁を一心不乱に崩している。どう見てもツルハシのサイズは身の丈に合っていないが、そんな違和感も吹き飛ぶほどに軽々と振るい、硬い岩盤を破砕していた。
 意外と媛寿は力持ちである。時々廊下で大量の古道具やオモチャが入った箱を持って歩いている姿を見かけるが、大人でも腰を痛めそうな重量を、媛寿は涼しい顔で運んでいた。
 いつも元気に遊んでいる分、体力も高いのかもしれない。しかし、トンネルを掘っている様子は元気というよりは、何か怨念じみたものに突き動かされているようにも感じられた。耳を澄ませば作業音に混じって『ラクガキしてやる~、イヌのフンおいてやる~、雨漏り百個つくってやる~』などと聞こえてくる。座敷童子としてのプライドを傷付けられたことは、かなり根が深そうだ。
(九木刑事も『座敷童子に睨まれるってコワ過ぎる。友宮は滅亡するんじゃね』って言ってたけど、滅亡で済むかなぁ)
 結城自身に不運が降りかかったことはないが、媛寿を怒らせた者がどういう末路を辿ったかは、付き合いが長いのでよく知っている。ひとまず今はそっとしておくことにした。触らぬ家神に祟りなし。
 マスクマンもアテナが用意した作業着に着替え、土を掘ったり、袋に詰めたりと、黙々と仕事をこなしている。
 高身長だが割りと細身なので、それだけ見ればどこにでもいる普通の作業員だ。巨大な木彫りの仮面さえ除けば。
 おまけにマスクマンの頭部自体は仮面そのものなので、渡されたヘルメットは仮面の頭頂部に載せているだけの形になってしまっている。
(アレ、被ってる意味あるのかな)
 アテナが安全第一を掲げ全員に着用を促したので、形はともかく被るしかないが、それにしてもヘルメットを頭に載せた仮面の作業員というのはシュールな姿だった。エキゾチックな仮面のせいか、マスクマンにはなぜかシュールさが常に付きまとう。
 彼もまた、特に体力的な問題もなく体を動かし続けている。以前、天地創造に携わった精霊の一つだと聞いたことがあったが、土の扱いに馴れているようなので、その意味ではアテナとは違った方向でこの作戦に適した存在なのかもしれない。
 表情が読めないので、この作戦についてどういう意見があるのかは全く分からないが。
 そして意外なことに、シロガネが一番よく仕事をしている。相変わらずのメイド服で洞窟を掘り進む姿はかなり場違いだが、土や塵が飛び散り舞ってもほとんど汚れていない。元が物の化身だけに、道具の扱いは誰よりも優れている。ツルハシもスコップも、シロガネにかかれば手足のように見事に繰られ、本来の倍は性能を引き出されている。いろいろ性格に問題はあるが、やはり頼りになる一人だと結城は心強さを感じていた。
 ただ、気になるのはシロガネの目が、いつも18禁級のちょっかいを出してくる時の輝きを宿しているところだった。こういう場合のシロガネは通常の倍以上のやる気を見せるが、あとで何かをやらかす気でいると結城は知っている。佐権院の右腕のトオミと何か内緒話をしていたが、それ以来なぜかやる気に満ち溢れているような気がする。
(いったい何を聞いたんだろ。いや、知ったら後が怖くなるから知らんぷりしとこ)
 シロガネが何かやらかす問題は先送りにして、とりあえず結城は目線を正面に戻した。
 200mを掘り進むことになると聞かされた時には顎が外れかかったが、思ったよりさくさくと作業は進んでいる。この分なら割と早く作戦は完了しそうだ。
 あとは二つの問題をクリアするだけ。一つはアテナの読み通り、友宮の結界内部にうまく入り込めるかどうか。邸宅の直上まで掘ったはいいが、やっぱり入れなかったではトンネルの掘り損になってしまう。そうなれば潜入手段も手詰まりになる。依頼は失敗し、報酬は無くなる。TOKYOデザニーランドSEAのチケット(1泊2日ご招待)も無くなる。媛寿とアテナは大荒れすることだろう。案外、それが一番恐ろしい。
 二つ目はそれほど深刻ではない。少なくとも家神と戦女神のご乱心よりはずっとマシではある。ただ、この作戦が成功するにしても失敗するにしても、残ってしまう問題だった。
(このトンネル、どうやって埋めるんだろう)
 アテナの設計したトンネル工事は造りも作業工程も見事なものだった。しかし作戦遂行の暁には、全長200mの謎のトンネルが完成することになる。それをどう始末したものか、結城には見当がつかなかった。
(いや、アテナ様のことだ。抜け目なく事後処理も考えてるんだろう。うん、ここはアテナ様を信じよう。いつも信頼しろって言われてるし)
 先行きに不安がないわけではないが、アテナにも指摘されたので、結城は自身の内の戦いを征する術を身につけ始めていた。
 まずは目標に集中する。結城は改めてツルハシを強く握り締めた。
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