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友宮の守護者編

帰り道にて……

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「う~ん……」
 ファミレスでの会談が終わり、刺松市から帰るため電車の駅に向かう道のりを、結城は顔をしかめて唸っていた。
「どうしましたユウキ。さっきから難しい顔をして」
「ゆうき、元気ない」
 両隣を歩くアテナや媛寿が、普段と違う様子の結城に声をかけてくる。
「B£44→AH(訳:やっぱり依頼が気に食わないのか?)」
「いや、依頼があるのはありがたい事なんだけど……何だか嵌められた気がする……というより完全に嵌められたから、何だかなぁって」
 依頼を断るかどうかは別だったが、断れない状況にされてしまったのは、結城としても釈然としないものがある。
(あの佐権院って人、相当なやり手だなぁ。気を付けとこ)
 九木の上司である佐権院蓮吏の計略にまんまとしてやられた結城は、心の中の『注意する人リスト』に佐権院の名前を書き加えた。ちなみにこのリストについて知っているのは媛寿だけであり、彼女は結城に憑いている時にたまにのぞいていたりする。
「ユウキ、過ぎたことをいつまでも気にしていては、先に待ち構えているものに押し流されてしまいますよ。終わったことに捕らわれるのではなく、次に成すべきことを見つめるのが大事なのです」
「ゆうき、元気元気」
 アテナと媛寿に励まされ、結城の表情は少し和らいだ。
 二人の言うとおり、もう決まってしまったことは仕方ないので、気を取り直して行こうと結城は思った。それなりの報酬が期待できそうであるが、結城はそれよりも成功報酬として約束されているデザニーランドのチケットを皆にプレゼントしたいとも考えていた。日頃から色々と協力してくれる四人に対して、結城は感謝が絶えない。チケットを手に入れて、賑やかな場所で楽しんでもらうというのも良いかもしれない、と。
(媛寿とアテナ様は『スペースウォーズ』のイベントで大盛り上がりしそうだな。マスクマンは園内のミニゲームを満喫するってとこかな。シロガネは……ちょっとよく分からないけど)
 結城に変な視線を向けられ、シロガネは小首を傾げた。
(とにかく頑張ってみる価値は充分にある。ここは皆へのお礼のためにも、依頼を完遂しよう!)
 結城は気付かれないように右拳を握り、今回の依頼への決意を新たにした。
「……ところで媛寿、何でその犬小屋ピカピカになってんの?」
「う~ん、わかんない」
 媛寿が古屋敷から出る際に持ってきた犬小屋は、なぜかボロボロだった外観が新品同様の綺麗な状態に変わっていた。ささくれ立っていた表面はヤスリで磨いたように滑らかになり、木材そのままの色だったのが、ペンキで鮮やかに塗装され、まるで『短パンマン』の短パン工場のような色合いに仕上がっている。ファミレスで食事をするので、外に置いていた間に、犬小屋は劇的なビフォーアフターを果たしていた。
 座敷童子は憑いた家を栄えさせるという。犬小屋とはいえ、一度憑いた『家』であるならば栄えさせてしまうということなのだろうか。
 風呂敷でピカピカの犬小屋を背負う媛寿を見ながら、結城は改めて彼女の不思議さを感じていた。
 そこへパンッと花火が破裂したような音が響いた。驚いて顔を上げた結城が通りの先を見ると、四谷住魂銀行の前に人だかりができている。それもただの人だかりではなく、プロテクターを身に付けてライオットシールドを構えた警察の機動隊員たちだ。
 銀行の前で機動隊員。そして先ほどの破裂音。これらの情報から導き出されるのは一つ。
 銀行強盗だ。
 案の定、二人の男がハンドガンを人質に向けて機動隊員たちを牽制していた。隊員たちは銀行の前を囲むだけで、犯人たちに手出しができない。人質の女性二人は恐怖に顔を引きつらせ、犯人の手から逃れられないでいる。じりじりと脇に停めてある逃走車両に近付いていく二人の犯人。このままでは逃げられてしまう。
「ユウキ、出番ですよ」
「えっ!? 僕!?」
 隊員たちの後方で様子を窺っていた結城だったが、いきなりアテナに肩を叩かれて指名を受けてしまった。要は強盗犯二人を何とかして来い、ということだ。
「こ、ここは警察の方々に任せておいたほうがいいんじゃ……」
「このまま悪人どもをおめおめと逃してよいとお思いですか? そんな暴悪、たとえゼウス父様が許しても、このアテナが許しません。さぁ、私の見込んだ戦士よ。その力を示すのです」
「で、でも……銃持ってますよ?」
「この前はアサルトライフルを持った相手にも引けを取らない見事な戦いぶりを見せたではありませんか」
「あ、あれは皆のチームプレイでやってのけたからで……それに今は丸腰じゃないですか」
「問題ありません。私の見込んだ戦士なら、鉛弾の雨の中を芋の葉を傘代わりにして潜り抜けるなど、造作もありません」
「それって戦士とか以前に人間にできることじゃないような……」
「とにかく見て見ぬ振りもできません。早く片付けてきて下さい。でなければせっかくお土産にいただいたアイスチーズケーキ(ホールサイズ)が溶けてしまいます」
(そっちの問題か)
 依頼を引き受けてくれた前払いとして、佐権院からファミレスのお持ち帰り用デザートのアイスチーズケーキを持たされていた。今それは結城の右手のビニール袋に収められているが、ドライアイスを詰めてもらっているとはいえ、時間が経てば溶けて型崩れしてしまう。刺松市から谷崎町までの電車による移動と、そこから古屋敷までの距離を考えると、あまり猶予は残されていない。
「そ、それならアテナ様が行けば一発なんじゃ……デコピンがライフル弾と同じ威力なんだし」
「神はそう簡単に人間の世界の出来事に干渉してはいけないのです。容易にそれを許してしまえば、あらゆることを解決しなければならなくなります。何もかもを神がやってしまうのでは、人間のためになりません。時に突き放すことも必要なのです。そしてあなたは私が見込んだ戦士です。私のチーズケーキと世の平和のために、今こそ英雄的行動に出る時です。さぁ!」
「そうだとしても流石に……って、途中から少し私情を挟みましたね、アテナ様」
「大丈夫です。当たって砕けなさい。砕けたら私のパルテノン神殿(自宅)に住まわせてあげます」
「砕けた場合の話するのやめてくれませんか!?」
 結城とアテナが行く行かないで揉めていたまさにその時、運命を決める銃弾が一発、銃口から放たれた。おそらく近付こうとした機動隊員への牽制に撃ったであろう弾丸は、隊員たちの間を見事にすり抜け、後方にたむろしていた五人組へと直進した。
 その向かう先は―――――結城が持っていたビニール袋の手提げ用の部分だった。
 弾道がかすめた手提げ部分はあっさりと千切れ、持ち手を失ったビニール袋とその中身は重力に従って道路に着地した。ベシャッというイヤな音とともに。
 幸い銃弾による怪我人は出なかったが、結城はそれ以上に悲惨なことが起こる予感をひしひしと感じていた。袋が落ちた時の音から察するに、中身の状態は考えるに及ばない。
 さらに袋の中にはアイスチーズケーキだけではなく、媛寿がおまけで付けてもらったアイスショートケーキも入っていた。こちらもどうなっているか考えたくない。そして今の媛寿とアテナの顔も見れない。見たら今夜は恐くて眠れなくなりそうだ。
 顔を逸らすとマスクマンとシロガネも結城から距離を取っていた。この後に起こることに巻き込まれたくないのだろう。
 結城はこの原因を作った人間に心の底から同情した。
 たった一発の銃弾によって、強盗犯たちの運命は決してしまった。

「近付くんじゃねぇぞゴラァ!」
「人質の頭ブチぬくぞオラァ!」
 目出し帽を被った典型的な強盗二人組は、それぞれの人質に銃を向けながら脇に停めているミニバンに移動する。さすがに足のすくんだ人質を片手で羽交い絞めにしているため、少しずつ摺り足で動くしかないわけだが、人質がいる以上、警察は手が出せない。油断さえしなければ逃げられる。
 逃走が遅れて警官隊に囲まれてしまったが、強盗犯たちは冷静だった。ある程度の大金も手に入ったし、あとは人質を連れて逃走車に乗り、逃げ果せればいいだけ。それで今回の仕事は成功する。
 ただ、彼らは気付いていなかった。片方の強盗犯の目の前に、振袖姿の少女が仁王立ちしていたことを。
 端から見たら異様な光景だが、その少女は強盗犯どころか警官隊にも見えてはいない。この場で少女の姿を知覚できる者は限られていた。そして知覚できる者だけが分かっている。少女が恐ろしい形相で強盗犯を睨んでいることを。
 少女は膝を曲げ、限界まで腰を落とすと、すぐさまロケットのように思い切り飛び上がった。
 強盗犯の股間へと。
「―――――!?」
 少女の姿が見える者には、少女が渾身のヘッドバットを股間に見舞った光景が見えたが、強盗犯には何も見えていないので、唐突に不穏な衝撃を受けたようにしか感じられなかった。それも世界が終わる音を伴って。
「おおぅおおぉー!!」
 わけも分からず凶悪な痛みと絶望感に苛まれた犯人は、苦し紛れに引き金を引いてしまった。
「あぎゃっ!」
 発射された弾丸は先にミニバンに向かっていた犯人の腕と脚に一発ずつ命中し、拘束が緩んだ隙に人質はその場を離れた。
「なっ、何しやがるっ―――――!?」
 相方からいきなりの発砲を受けて抗議しようとしたが、その相方の様子を目にしてもう一人の犯人は言葉を失った。顔から涙と鼻水と涎を流し、両手を空に向かって広げ、まるで天使の降臨にでも遭ったような有様だった。明らかに人事不省に陥っている。
「くそっ!」
 相方のことを諦めた犯人は、撃たれた脚を引きずりながらもミニバンに乗り込んだ。エンジンはすぐに逃走できるように切らないでおいたので、アクセルを踏めば即座に発進できる―――――はずだった。
「あ、あれ!?」
 犯人は思わず呆けた声を出した。アクセルペダルを目一杯踏んでいるにも関わらず、車は一向に進まない。タイヤは確かに前進しようと回転しているのだが、地面と摩擦してけたたましい音を上げるだけで1mmも動いていない。
 これも見えている者はほとんどいなかったが、ミニバンの前には金髪の美女が立っていた。それも右手を車体に当てている。片腕のみで自動車を正面から止めてしまっているのだ。こちらもまた、恐ろしく冷たい目で犯人を見据えている。
 犯人も警官隊も何が起こっているのか分からず目をしばたたかせるだけだったが、美女はそんなことなどお構いなしに左拳を握りこんだ。そのまま思い切り腕を後ろに引き、渾身のアッパーカットが極まった。突き上げられたのはもちろんミニバンである。
 車体の中心を軸に回転しながら電柱よりも高い位置に達し、逆さまの状態で地面へと帰還した。可哀相なほどにペシャンコになっている。中から『助けてくれぇ~』と情けない声が聞こえているあたり、犯人の命は辛くも助かったようだ。
 一連の様子を見ていた結城は、もう春も終わる頃であるのに、血の気が引いて真冬のような肌寒さを感じていた。たった一発の過ちから絶対に喧嘩を売ってはいけない相手の逆鱗に触れた犯人たちの末路は、見ているだけでも鳥肌が立ってしまった。
 ようやく犯人確保に動き出した警官隊の間をすり抜けながら、事件を裏から解決した最恐の二人が結城の元へ戻ってきた。
「ユウキ、買いなおしに戻りますよ?」
「……はい」
 アイスケーキよりも冷たい声でそう言われ、結城は素直に返事をする以外の選択肢を持ちえなかった。ファミレスに戻るため、来た道を改めて歩き出す。
 媛寿も置いていた犬小屋を背負いなおし、結城のあとに付いて歩くが、まだ気が晴れていないのか、警官に囲まれる犯人たちの方を向き、『水虫になれ~、一生水虫になれ~』と呟いている。
 地味に嫌な呪いだと結城は思った。
 この後、ケーキを買いなおして帰宅したことで、結城とマスクマンとシロガネには何も危害が及ぶことはなかった。
 ただ翌朝の朝刊に『刺松市の銀行強盗、謎の逮捕劇』の記事が掲載され、しばらく近隣で語り草となってしまったが。
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