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友宮の守護者編

友宮咆玄

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「オホンッ。では本題に入ろうと思うのだが」
 咳払いをした佐権院は本日『二度目』となるその台詞を口にした。一度目は言った直後に、媛寿が佐権院の予備眼鏡を見て『ドイル君のといっしょの!』と指摘したのを皮切りに、アテナも便乗して彼の眼鏡をまじまじと観察し始めたせいで機を逸した。媛寿もアテナも毎週欠かさず『メガネ探偵ドイル君』を視聴しているので、変なファン魂が付いてしまっていた。振袖の少女と金髪の美女がテーブルに身を乗り出して眼鏡を観察してきては、真面目な話も何もあったものではないので、ひとまず佐権院は彼女らが満足するまで辛抱することにした。
 結城はかなり申し訳ない気持ちになってしまったが、媛寿とアテナの性格がかなり奔放なことも知っているので止めようがない。おかげで佐権院に対してさらにいたたまれなくなった。マスクマンもまた二人のミーハーな行動に呆れていたが、シロガネはなぜか向かい合わせに座ったトオミと硬い握手を交わしていた。同志ができたので喜んでいるのかもしれない。
 かくして、依頼者たる佐権院は改めて話を切り出した。テーブルに一枚の写真が置かれ、結城はそこに写っている人物を見た。厳格そうな顔つきの初老の男が写っている。
「誰ですか、これ?」
「刺松市に来た時、街の外れに豪邸があるのを見たかね?」
「あっ、はい。確かにありますね」
 結城も刺松市に何度か足を運んだことがあった。主に買い物だったり、拾得物の受け取りで警察署に来るといった用件だが、電車のプラットホームに降り立った際、街の景色の端に豪邸が建っているのはよく目にしていた。街の郊外にあってなお目立つ邸宅なので、佐権院に言われてすぐに思い至った。
「これがあの豪邸の主、友宮咆玄だ。現在、数百年続く友宮家の当主の座におさまっている」
「この人が…へ~」
 強面の厳つい印象がいかにも名家の当主という雰囲気を醸しているので、結城はその肩書きを聞かされて少し納得した。普通は数百年続いている家柄という点に驚きそうなものであるが、彼の周りには数百年などカワイイものといった者たちが跋扈しているので、別段年数に注目することはない。
「それで、この人が何か?」
「私は捜査一課に所属しているのだが、時折二課からもちょっと頼まれ事を受けることがあってね。まぁ、九木くん同様、霊能力を当てにされてのことだ。いま二課はこの友宮咆玄が不正を働いているのではないかという疑惑があるので捜査しているのだが、私もそれに参加している。ただ……」
 一度言葉を切って、眼鏡をくいと持ち上げてから佐権院は続けた。
「まったく分からないんだ」
「分からない? どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。友宮が何をしているのか、表だろうと裏だろうと何も分からない。不正どころ正式に展開している事業の情報さえ掴めないんだよ」
 結城の頭は疑問符で一杯になった。名家の事情については全く知らないが、警察が調べて何も分からないということがあるのだろうか。ただ、佐権院の話しぶりは冗談のようには見えなかった。
「何も分からないって、そんなことあるんですか?」
「本来ならない。我々警察も諜報機関ほどとは言わないが、それなりに情報を受け取れる立場にあるからね。少し動くだけでもそれなりの収穫は取れる。ただ、友宮の件に関しては、どういうわけか情報がまるで入手できないんだ」
「で、そういう時オレや警視みたいなのにお鉢が回ってくるわけなんだが、これが本当に参ってんだよ」
「えっ? 九木刑事のダウジングとかでも…ですか?」
「そう。まったく反応が無かった。地図上でも敷地の周辺でも、あの豪邸には何も無いっていう結果が出ちまった。ダウジングでそんなのあり得ない。必ず何か反応があるはずなのに」
「私もあの邸宅を遠くから霊視してみたのだが、浮遊霊が一体も確認できなかった。あるはずのない事象だ。私はこれを霊的なジャミングあるいはステルスのようなもので隠蔽していると考えている。霊視やダウジングさえも掻い潜るほどの性能の、ね」
 冷静に語る佐権院だが、目が細められ、眉根をわずかに寄せた表情は苦々しげな気持ちを大いに代弁している。警察でも、ましてそこに所属する霊能力者でも内情が探れないとなれば、確かに尋常な話ではないと結城は思った。
「そこで、君の力を…いや、君たちの力を借りたいのだよ、小林くん」
「? 警察や霊能力者でも分からなかったことを僕たちが?」
「君たちのことは九木くんから聞いているよ。何度か警察の案件にも介入したことがあるそうだね?」
「うっ。お、怒らないんですか? ふつう刑事ドラマとかだったら一般人が事件に関わったら怒られますけど…」
 長寿刑事ドラマ『ベストパートナー』シリーズでも、捜査一課の刑事がよくその辺りを指摘しているところを結城も知っている。
「警察としての立場から言わせれば、あまり気分の良いものでないのは本音だ。だが、霊能力者としての立場から言えば、その力には一目置かざるを得ないのだよ。幸運の座敷童子、最強の戦女神、天地創造の精霊の生き残り、刃を司る付喪神、それらをまとめ上げている君。これほどの存在が一所に集まっているなど、私の知る限りでは数例しかない」
(……他にもいるってことなのかな?)
 自分が稀有な立場にいることは自覚しているが、結城は似たような者たちがまだ世にいることをにおわせる佐権院の言動が少し気になった。
「小林くんとそのお歴々には、友宮家の内情を探ってもらいたい。情報の収集を阻害しているものを除去するという形でも構わない。とかく、警察が友宮を探れる状況を作って欲しいのだ。もちろん無償でとは言わない。報酬は私がポケットマネーから充分に支払おう」
 力強い視線で依頼内容を提示してくる佐権院。ただ、結城は今回の依頼に懸念があった。警察から頼まれているとはいえ、他人の家を探るというのはあまり気持ちの良いものではない。素行調査のような依頼が今までなかったわけではないが、進めている間は心にモヤモヤとしたものがあったので、良い仕事だったとは言えない。思い返せば、あれは罪悪感だったと自覚している。もっとも、媛寿やアテナは『ドイル君になったみたいだ』と言ってはしゃいでいた。シロガネも『お手伝いさんは見た』のようだとワクワクしていたが、マスクマンは結城とともに終始げんなりしていた。
「多少強引なアクションを起こしても構わない。そこは警察がカバーしよう。それとコレは私個人としての厚意だ」
 佐権院がパチッと指を鳴らすと、それまで話に加わっていなかったトオミが立ち上がり、ジャケットの内ポケットから何かを取り出した。封筒のようだが事務用の茶封筒ではなく、コンパクトで真白く、開きも横向きだ。どうやらチケット入れらしい。
「TOKYOデザニーランドSEAサイドのチケット、1泊2日ご招待」
 これに奮い立ったのは、それまで話をボンヤリと聞いていた媛寿とアテナだった。
 結城は内心、
(ヤバい、釣られた)
と、思ってしまった。
 それというのも先日、筋洋ロードショーで世界的に大人気の宇宙軍記映画、『スペースウォーズ・エピソード7 ボウズの覚醒』が放送されていたことに起因する。アクションものが大好きな二人は、この映画にすっかりハマってしまっていた。観終わったあとは、『打倒ポッカイロ・テン! ダン・ゾウの敵討ちだ!』と夜にも関わらず勝ち鬨のような声を上げていた。そして今、TOKYOデザニーランドでは最新作『エピソード8 最後のオショウ』の公開直前キャンペーンとして、スペースウォーズのイベントが盛り沢山となっていた。媛寿もアテナも行きたがっていたが、現在もろもろ余裕がないので残念がっていた。
 そこへ今回の依頼と、その報酬である。食いつかないわけがない。
 結城はジト目で九木を見た。二人の嗜好が佐権院にバレているなら、バラしたのはこの人物しかいない。案の定、九木は結城の視線に気付き、素知らぬ振りを決め込んでいる。
「成功報酬として人数分のチケットを約束する。もちろん園内のホテルに宿泊できる。いかがかな?」
「やる! えんじゅ、やる! がんばる!」
 俄然やる気になっている媛寿は結城の膝の上に立ち、諸手を挙げて鼻息を荒くしている。
「あなたとは良い関係を築けそうですね、サゲンイン」
「こちらこそ」
 アテナも最高に麗しい微笑みを称えて右手を差し出す。佐権院も右手を出し、二人は硬い握手をした。まるで薩長同盟成立みたいな光景だと結城は思った。
 さらに目の端でチラリとシロガネの方を見ると、何やらトオミから耳打ちをされている。どういうことを言われているのか聞き取れないが、シロガネはピクリと反応したあと、トオミと頷き合い、あちらも硬い握手をしている。化身同士の取引も成立したらしい。
 マスクマンはといえば、姿勢を正した状態で先程から微動だにしていない。無我の境地、という名の諦めモードに入っているようだ。そういうところが少し羨ましいと、結城は思ってしまう。
「さて、小林くん。引き受けてくれるだろうか?」
 確信を持った目を向けてくる佐権院。そしてキラキラした眼差しで見てくる媛寿。目配せで訴えかけてくるアテナ。これではもう退路などない。
「分かりました。引き受けましょう」
「契約成立だ。よろしく頼む」
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