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六月に書いた短編
キスはしないけど
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昼。
帰る際にコンビニでゼリーとスポーツ飲料を、ケーキ屋に寄って手作り極上プリンを買って、急ぎ足でマンションへと戻る。エレベーターが来る時間も惜しくて、階段で登ろうかと最初は考えた。けれど、待ったほうが早いと自分を落ち着かせてエレベーターに乗り込む。
「……リヒト」
平熱が低いリヒトは、今日の熱もつらいに違いない。だから風邪を引かないよう気を張ってたのに。
暑くなってきて服を着せなかったから?
部屋の空調がリヒトに合ってなかった?
もしかして乾燥してて喉からやられたのかもしれない。
「……くそ」
エレベーターが着くのがやけに遅い。
早く早くと気持ちだけが焦って、このまま着かないんじゃ、とも考えてしまう。
チン、と音が鳴って、俺は扉が開ききる前にエレベーターから出た。
鍵を取り出して家へと入る。靴を揃える余裕もなく寝室へ駆け込めば、朝と変わりない姿で眠るリヒトの姿があった。
「よかった……」
胸を撫で下ろしてから、サイドテーブルに荷物を置いた。リヒトの頬に軽く触れると「ユーリ……?」とうっすら目が開き、焦点が俺に合った。
「ただいま。ゼリー買ってきたよ。食べれる? 先に何か飲む?」
「ん、う……」
リヒトの背中を支えて、身体を起こしてやれば、随分と汗をかいていた。とりあえずまずは水分を飲ませて、それから汗を拭いて、服を取り替えて、とやることを考える。
「喉、乾いた……」
「ん。これ」
スポーツ飲料をリヒトの手に持たせたけれど、やっぱりまだ力が入らないのか、それは封を開けないままベッドに転がってしまった。
「ごめ……」
「大丈夫。ちょっと手離すね」
ヘッドボードに枕を立てかけて、そこに背中を預けるように体勢を整えてやる。それから転がったペットボトルを手に取り、蓋を開けて少しだけ口に含んだ。ベッドに身を乗り出し、リヒトの頭の後ろに手を回すようにして支えると、そのまま口を塞いだ。
「ん……っ」
こく、とリヒトの喉が動いたのを確認してから口を離し、もうひと口、同じようにして飲ませてやる。
「んん、は……っ、だめ、うつる、から」
ふた口飲んで頭が冴えてきたのか、リヒトが遠慮がちに俺を押し返してきた。それを宥めるように制してから、今度は自分の分をひと口だけ飲んだ。
「別にいいよ。リヒトからもらえるものなら大歓迎だし?」
「ばか」
「馬鹿は風邪引かないって言うし、馬鹿で問題ないよ」
まだリヒトの顔は赤いし、触れた身体は熱いままだ。早いとこ汗を拭いて、服を着替えさせないと。サイドテーブルにペットボトルを置いて、タオルやら着替えやらを用意するために立ち上がりかけ――
緩く中指を引っ張られる感覚に、俺は「ん?」とまたベッドに腰を降ろした。
「どうしたの?」
真っ赤なリヒトの頬は、風邪なのか照れなのかすら判別がつかない。でも目を伏せるってことは、照れてるほうだろうな。
「もっと、欲しい、けど、でも移るから、駄目かな……」
「んー」
右手を伸ばして、リヒトの唇をやわやわと触る。いつもより赤いそれが美味しそうで、齧りついてしまいたくなるほどだ。
「水分は取らなきゃね」
置いたばかりのペットボトルを手にして、それをまた口に含んだ。それを見たリヒトが、待ちわびたように目を閉じる。重ねあった唇は、いつもより遥かに熱い。
「ん、ふ……っ」
リヒトの喉がまた小さく動く。堪らず舌を差し込めば、リヒトもまた絡ませてきた。いつもよりはるかに温度の高い口内とその舌先に、こちらまで身体が熱くなってくる。
けれど頭はどこか冷静で、リヒトに無理はさせたくなくて、名残惜しくも唇を離した。さらに頬を染めて、熱い吐息を零すリヒトの口から「もっと」とお誘いの言葉が吐き出される。
「一旦汗拭こう? それから着替えよっか」
もちろんリヒトはどこか不満そうだったけれど、流石の俺だって寝込んでる恋人を襲う趣味はない。
そこでふと、オレならやりそうだなと不意に吹き出してしまった。
「ユーリ……?」
「ん? あぁ、うん、俺しか知らないリヒトが見れて、ちょっと嬉しいなって。ごめんね、こんな時に」
「ううん、だいじょうぶ」
また呂律が回らなくなってきたリヒトにひと言断って、お湯とタオル、それから替えの下着やら服やらも取ってきて、リヒトを着替えさせていく。
そうしてひと段落した頃には、四コマ目が始まる時間だった。
「っと、時間だ。ごめんね、一旦大学に……」
スマフォをポケットに仕舞って、ベッドに寝かせたリヒトを見やる。と、その小さな指先が、俺の服の端を遠慮がちに掴んでいた。
「やっぱり、行かない」
その指先を剥がし、代わりに手を緩く握ってやる。サポーターをつけててもまだ痛むけれど、そんなもの、リヒトの可愛さの前では障害にもならない。
「ごめん。ごめん、ユーリ」
「ふふ、風邪でちょっと弱ってるだけだから。気にしないで。もっと甘えればいいんだよ」
「なら、寝るまで、手、繋いでて……」
「ん、いいよ」
床に座り、ベッドにもたれかかるように身体を預けた。それほどたたずに聞こえてきた寝息が心地よく、俺も目を閉じる。
そのまま眠りにつけば、嫌なあの日の、最低最悪のあの日の夢を、見てしまった。
帰る際にコンビニでゼリーとスポーツ飲料を、ケーキ屋に寄って手作り極上プリンを買って、急ぎ足でマンションへと戻る。エレベーターが来る時間も惜しくて、階段で登ろうかと最初は考えた。けれど、待ったほうが早いと自分を落ち着かせてエレベーターに乗り込む。
「……リヒト」
平熱が低いリヒトは、今日の熱もつらいに違いない。だから風邪を引かないよう気を張ってたのに。
暑くなってきて服を着せなかったから?
部屋の空調がリヒトに合ってなかった?
もしかして乾燥してて喉からやられたのかもしれない。
「……くそ」
エレベーターが着くのがやけに遅い。
早く早くと気持ちだけが焦って、このまま着かないんじゃ、とも考えてしまう。
チン、と音が鳴って、俺は扉が開ききる前にエレベーターから出た。
鍵を取り出して家へと入る。靴を揃える余裕もなく寝室へ駆け込めば、朝と変わりない姿で眠るリヒトの姿があった。
「よかった……」
胸を撫で下ろしてから、サイドテーブルに荷物を置いた。リヒトの頬に軽く触れると「ユーリ……?」とうっすら目が開き、焦点が俺に合った。
「ただいま。ゼリー買ってきたよ。食べれる? 先に何か飲む?」
「ん、う……」
リヒトの背中を支えて、身体を起こしてやれば、随分と汗をかいていた。とりあえずまずは水分を飲ませて、それから汗を拭いて、服を取り替えて、とやることを考える。
「喉、乾いた……」
「ん。これ」
スポーツ飲料をリヒトの手に持たせたけれど、やっぱりまだ力が入らないのか、それは封を開けないままベッドに転がってしまった。
「ごめ……」
「大丈夫。ちょっと手離すね」
ヘッドボードに枕を立てかけて、そこに背中を預けるように体勢を整えてやる。それから転がったペットボトルを手に取り、蓋を開けて少しだけ口に含んだ。ベッドに身を乗り出し、リヒトの頭の後ろに手を回すようにして支えると、そのまま口を塞いだ。
「ん……っ」
こく、とリヒトの喉が動いたのを確認してから口を離し、もうひと口、同じようにして飲ませてやる。
「んん、は……っ、だめ、うつる、から」
ふた口飲んで頭が冴えてきたのか、リヒトが遠慮がちに俺を押し返してきた。それを宥めるように制してから、今度は自分の分をひと口だけ飲んだ。
「別にいいよ。リヒトからもらえるものなら大歓迎だし?」
「ばか」
「馬鹿は風邪引かないって言うし、馬鹿で問題ないよ」
まだリヒトの顔は赤いし、触れた身体は熱いままだ。早いとこ汗を拭いて、服を着替えさせないと。サイドテーブルにペットボトルを置いて、タオルやら着替えやらを用意するために立ち上がりかけ――
緩く中指を引っ張られる感覚に、俺は「ん?」とまたベッドに腰を降ろした。
「どうしたの?」
真っ赤なリヒトの頬は、風邪なのか照れなのかすら判別がつかない。でも目を伏せるってことは、照れてるほうだろうな。
「もっと、欲しい、けど、でも移るから、駄目かな……」
「んー」
右手を伸ばして、リヒトの唇をやわやわと触る。いつもより赤いそれが美味しそうで、齧りついてしまいたくなるほどだ。
「水分は取らなきゃね」
置いたばかりのペットボトルを手にして、それをまた口に含んだ。それを見たリヒトが、待ちわびたように目を閉じる。重ねあった唇は、いつもより遥かに熱い。
「ん、ふ……っ」
リヒトの喉がまた小さく動く。堪らず舌を差し込めば、リヒトもまた絡ませてきた。いつもよりはるかに温度の高い口内とその舌先に、こちらまで身体が熱くなってくる。
けれど頭はどこか冷静で、リヒトに無理はさせたくなくて、名残惜しくも唇を離した。さらに頬を染めて、熱い吐息を零すリヒトの口から「もっと」とお誘いの言葉が吐き出される。
「一旦汗拭こう? それから着替えよっか」
もちろんリヒトはどこか不満そうだったけれど、流石の俺だって寝込んでる恋人を襲う趣味はない。
そこでふと、オレならやりそうだなと不意に吹き出してしまった。
「ユーリ……?」
「ん? あぁ、うん、俺しか知らないリヒトが見れて、ちょっと嬉しいなって。ごめんね、こんな時に」
「ううん、だいじょうぶ」
また呂律が回らなくなってきたリヒトにひと言断って、お湯とタオル、それから替えの下着やら服やらも取ってきて、リヒトを着替えさせていく。
そうしてひと段落した頃には、四コマ目が始まる時間だった。
「っと、時間だ。ごめんね、一旦大学に……」
スマフォをポケットに仕舞って、ベッドに寝かせたリヒトを見やる。と、その小さな指先が、俺の服の端を遠慮がちに掴んでいた。
「やっぱり、行かない」
その指先を剥がし、代わりに手を緩く握ってやる。サポーターをつけててもまだ痛むけれど、そんなもの、リヒトの可愛さの前では障害にもならない。
「ごめん。ごめん、ユーリ」
「ふふ、風邪でちょっと弱ってるだけだから。気にしないで。もっと甘えればいいんだよ」
「なら、寝るまで、手、繋いでて……」
「ん、いいよ」
床に座り、ベッドにもたれかかるように身体を預けた。それほどたたずに聞こえてきた寝息が心地よく、俺も目を閉じる。
そのまま眠りにつけば、嫌なあの日の、最低最悪のあの日の夢を、見てしまった。
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