84 / 170
第三部
俺だけを見て。
しおりを挟む
一コマ目はユーリの言った通り、特に問題なく講義が進んでいった。雷が鳴るたび、というより、それで建物が激しく揺れるたびに僕が震えるものだから、ユーリは机の下で、終始僕の手をずっと握っててくれた。
「さて、二コマ目だけど……」
「もう大丈夫だから。僕も講義あるし」
短い休み時間、もとい移動時間の間に、僕はトイレで家から持ってきたパーカーを着込んだ。流石に荷物もかさばるから、ズボンだけはユーリのもののままだけど。
「本当?」
ユーリが僕の顔を覗き込む。動揺を悟られたくなくて、僕は「う、うん」と口ごもりながら視線を反らした。
「……俺、次サボるよ」
「いや、何言って」
「だからリヒトもサボろ?」
「……自分がサボりたい口実だろ」
僕がユーリにもたれかかれば、ユーリは「んー」と腕を回しながら、
「それでいいよ。だから、リヒトも一緒に」
と悪戯めいた笑い声と一緒に、耳元で甘く囁きかけてきた。
「大丈夫か? 単位は?」
「こう見えて割と優秀だから。リヒトが心配しなくても大丈夫だよ」
「お前、それ嫌味か?」
ユーリから離れて、鞄からスマフォを取り出し画面を見る。もう次の講義が始まる時間だ。今からじゃ間に合わないだろう。
「仕方ないな。朝、何も食べてないし、何か食べよう?」
トイレの窓が光り、また音が鳴り響く。さっきより遠くなったのか、建物が揺れることはもうなくなったようだ。
二人でトイレから出て、またカフェに向かう。ユーリの話だと、次の時間はアヤメさんがシフトで入っているらしい。
「アヤメ」
ちょうど開店時間だったのか、アヤメさんが入口の“Close”の看板を引っくり返しているところだった。アヤメさんは僕たちを、主にユーリを頭のてっぺんから足のつま先まで睨むように見ると、
「……講義はどうしたんですの」
と明らかに棘を含んだ言い方でため息をついた。僕は慌ててユーリより少し前に出て、
「アヤメさん、違うんだ。あの、僕が」
「サボり。リヒトを無理やり攫ってきた」
「いやユーリ、違うから」
と言う僕をユーリは完全に無視して、アヤメさんに「開いてる?」と笑いかけた。
アヤメさんは仕方ないというように息をひとつ吐いてから「どうぞ」と中へ入っていった。その後に続き、ユーリがアヤメさんに何かを注文してお金を払う。その間に隅の席へと座って待っていれば、また外が一瞬光った。
「リヒト、大丈夫?」
反対側に座ったユーリが、テーブルの上から僕に手を伸ばす。同じように手を伸ばして軽く指先で触れてから、僕は「ありがと」と薄く笑い返した。
「お二方、そういえば昨日は大変だったようですわね」
お皿にチョコクッキーを何枚か乗せて、アヤメさんがテーブルへと置く。ユーリはそれを僕の口に一枚運んでから「まぁね」と自分にもクッキーを運んだ。
「それも踏まえて提案なのですが」
「どういう提案の仕方だよ」
「来週末の学祭、お二方の衣装を変えたいのです」
そういえば、あのお友達も言ってたような。
クッキーを飲み込んだあたりで、ユーリがまた僕の口にクッキーを詰め込んだ。
「今さら変えていいもん?」
「それはご心配なさらず。むしろユーリさんなら、お気に召すと思いましてよ?」
「んじゃ、期待せずに期待してる」
アヤメさんは気にした様子も見せずに微笑んで、カウンターへ戻っていった。優雅にポットを持つ手が綺麗で、様になってるなぁなんて思って見ていれば、ユーリが「リヒト」とまた口にクッキーを入れてきた。
「アヤメを見すぎ。流石にアヤメ相手でも、そんなに見られると嫌だ」
「むぐ」
そういう意味ではなかったんだけど。
ユーリもそうだけど、どうにも元王族というのか、元貴族は所作がいちいち綺麗だ。普段のユーリもだけれど、背筋を真っ直ぐにして、落ち着いていて、一緒にご飯を食べていてもつい見惚れてしまう。
そのたびに「見すぎ」と笑われてしまうのは、ちょっとだけ恥ずかしいけど。
「いや、ユーリもだけど、綺麗だなって思ったんだ」
「綺麗?」
「あ、ごめん。嫌だったかな」
「リヒトならいいよ」
アヤメさんが「どうぞ」とトレイに乗せてカップを二つ運んできた。ハーブティーを淹れてくれたのか、香りを嗅ぐだけで少し落ち着いてきて「ありがとう」と、両手でカップを持って口をつけた。
「俺の仕草が綺麗なら、それはアヤメのおかげかな。前世に散々仕込まれたから」
「仕込むって……」
この二人、同い年じゃなかったっけ? 僕の疑問に答えるように、ユーリが少し身を乗り出して、アヤメさんには聞こえないように、
「今は同い年だけど、前世は俺の十歳上だったんだ。いきなり城に来たオレに、色々教えてくれたんだよ」
とさらりと言ってのけた。
「いきなり……?」
「そう。オレ、お遊びで出来た子どもだから、兄貴とは半分しか血が繋がってなかったわけ。だからオレの存在って、リヒトたちにすら知られてなかったでしょ?」
記憶を手繰り寄せていく。
国民には知られていない、いきなり発表された、神の力を与えられた王子。城の王も妃も、側近や神官たち、さらには騎士たちですら口を揃えて“第一王子でなくてよかった”と言われ続け、隠されてきた存在。
僕はいたたまれなくなって、ユーリの名前を呼ぼうと口を開いて、最後のクッキーを突っ込まれた。
「ぅぐ」
「オレは言ったはずだよ。“お兄さんに会えるなら、この力もよかったって思える”って。だからそういうのはいらない。代わりに、俺だけを見て。俺だけを、見続けて」
パリッと砕けたクッキーを飲み込んで、僕はまたハーブティーをひと口飲んだ。小さく「……たり前だろ」と口にして。
「さて、二コマ目だけど……」
「もう大丈夫だから。僕も講義あるし」
短い休み時間、もとい移動時間の間に、僕はトイレで家から持ってきたパーカーを着込んだ。流石に荷物もかさばるから、ズボンだけはユーリのもののままだけど。
「本当?」
ユーリが僕の顔を覗き込む。動揺を悟られたくなくて、僕は「う、うん」と口ごもりながら視線を反らした。
「……俺、次サボるよ」
「いや、何言って」
「だからリヒトもサボろ?」
「……自分がサボりたい口実だろ」
僕がユーリにもたれかかれば、ユーリは「んー」と腕を回しながら、
「それでいいよ。だから、リヒトも一緒に」
と悪戯めいた笑い声と一緒に、耳元で甘く囁きかけてきた。
「大丈夫か? 単位は?」
「こう見えて割と優秀だから。リヒトが心配しなくても大丈夫だよ」
「お前、それ嫌味か?」
ユーリから離れて、鞄からスマフォを取り出し画面を見る。もう次の講義が始まる時間だ。今からじゃ間に合わないだろう。
「仕方ないな。朝、何も食べてないし、何か食べよう?」
トイレの窓が光り、また音が鳴り響く。さっきより遠くなったのか、建物が揺れることはもうなくなったようだ。
二人でトイレから出て、またカフェに向かう。ユーリの話だと、次の時間はアヤメさんがシフトで入っているらしい。
「アヤメ」
ちょうど開店時間だったのか、アヤメさんが入口の“Close”の看板を引っくり返しているところだった。アヤメさんは僕たちを、主にユーリを頭のてっぺんから足のつま先まで睨むように見ると、
「……講義はどうしたんですの」
と明らかに棘を含んだ言い方でため息をついた。僕は慌ててユーリより少し前に出て、
「アヤメさん、違うんだ。あの、僕が」
「サボり。リヒトを無理やり攫ってきた」
「いやユーリ、違うから」
と言う僕をユーリは完全に無視して、アヤメさんに「開いてる?」と笑いかけた。
アヤメさんは仕方ないというように息をひとつ吐いてから「どうぞ」と中へ入っていった。その後に続き、ユーリがアヤメさんに何かを注文してお金を払う。その間に隅の席へと座って待っていれば、また外が一瞬光った。
「リヒト、大丈夫?」
反対側に座ったユーリが、テーブルの上から僕に手を伸ばす。同じように手を伸ばして軽く指先で触れてから、僕は「ありがと」と薄く笑い返した。
「お二方、そういえば昨日は大変だったようですわね」
お皿にチョコクッキーを何枚か乗せて、アヤメさんがテーブルへと置く。ユーリはそれを僕の口に一枚運んでから「まぁね」と自分にもクッキーを運んだ。
「それも踏まえて提案なのですが」
「どういう提案の仕方だよ」
「来週末の学祭、お二方の衣装を変えたいのです」
そういえば、あのお友達も言ってたような。
クッキーを飲み込んだあたりで、ユーリがまた僕の口にクッキーを詰め込んだ。
「今さら変えていいもん?」
「それはご心配なさらず。むしろユーリさんなら、お気に召すと思いましてよ?」
「んじゃ、期待せずに期待してる」
アヤメさんは気にした様子も見せずに微笑んで、カウンターへ戻っていった。優雅にポットを持つ手が綺麗で、様になってるなぁなんて思って見ていれば、ユーリが「リヒト」とまた口にクッキーを入れてきた。
「アヤメを見すぎ。流石にアヤメ相手でも、そんなに見られると嫌だ」
「むぐ」
そういう意味ではなかったんだけど。
ユーリもそうだけど、どうにも元王族というのか、元貴族は所作がいちいち綺麗だ。普段のユーリもだけれど、背筋を真っ直ぐにして、落ち着いていて、一緒にご飯を食べていてもつい見惚れてしまう。
そのたびに「見すぎ」と笑われてしまうのは、ちょっとだけ恥ずかしいけど。
「いや、ユーリもだけど、綺麗だなって思ったんだ」
「綺麗?」
「あ、ごめん。嫌だったかな」
「リヒトならいいよ」
アヤメさんが「どうぞ」とトレイに乗せてカップを二つ運んできた。ハーブティーを淹れてくれたのか、香りを嗅ぐだけで少し落ち着いてきて「ありがとう」と、両手でカップを持って口をつけた。
「俺の仕草が綺麗なら、それはアヤメのおかげかな。前世に散々仕込まれたから」
「仕込むって……」
この二人、同い年じゃなかったっけ? 僕の疑問に答えるように、ユーリが少し身を乗り出して、アヤメさんには聞こえないように、
「今は同い年だけど、前世は俺の十歳上だったんだ。いきなり城に来たオレに、色々教えてくれたんだよ」
とさらりと言ってのけた。
「いきなり……?」
「そう。オレ、お遊びで出来た子どもだから、兄貴とは半分しか血が繋がってなかったわけ。だからオレの存在って、リヒトたちにすら知られてなかったでしょ?」
記憶を手繰り寄せていく。
国民には知られていない、いきなり発表された、神の力を与えられた王子。城の王も妃も、側近や神官たち、さらには騎士たちですら口を揃えて“第一王子でなくてよかった”と言われ続け、隠されてきた存在。
僕はいたたまれなくなって、ユーリの名前を呼ぼうと口を開いて、最後のクッキーを突っ込まれた。
「ぅぐ」
「オレは言ったはずだよ。“お兄さんに会えるなら、この力もよかったって思える”って。だからそういうのはいらない。代わりに、俺だけを見て。俺だけを、見続けて」
パリッと砕けたクッキーを飲み込んで、僕はまたハーブティーをひと口飲んだ。小さく「……たり前だろ」と口にして。
95
お気に入りに追加
548
あなたにおすすめの小説
告白
すずかけあおい
BL
「河原美桜くん。好きです」
クラスメイトの志波から人生初の告白をされた美桜は、志波のことを全然知らないからと断るが、なぜか「これからよろしくね」と言われて……。
〔攻め〕志波 高良(しば たから)高二
〔受け〕河原 美桜(かわはら みお)高二

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」


王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。
※(3/14)ストック更新終わりました!幕間を挟みます。また本筋練り終わりましたら再開します。待っててくださいね♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる