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第三部
俺だけを見て。
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一コマ目はユーリの言った通り、特に問題なく講義が進んでいった。雷が鳴るたび、というより、それで建物が激しく揺れるたびに僕が震えるものだから、ユーリは机の下で、終始僕の手をずっと握っててくれた。
「さて、二コマ目だけど……」
「もう大丈夫だから。僕も講義あるし」
短い休み時間、もとい移動時間の間に、僕はトイレで家から持ってきたパーカーを着込んだ。流石に荷物もかさばるから、ズボンだけはユーリのもののままだけど。
「本当?」
ユーリが僕の顔を覗き込む。動揺を悟られたくなくて、僕は「う、うん」と口ごもりながら視線を反らした。
「……俺、次サボるよ」
「いや、何言って」
「だからリヒトもサボろ?」
「……自分がサボりたい口実だろ」
僕がユーリにもたれかかれば、ユーリは「んー」と腕を回しながら、
「それでいいよ。だから、リヒトも一緒に」
と悪戯めいた笑い声と一緒に、耳元で甘く囁きかけてきた。
「大丈夫か? 単位は?」
「こう見えて割と優秀だから。リヒトが心配しなくても大丈夫だよ」
「お前、それ嫌味か?」
ユーリから離れて、鞄からスマフォを取り出し画面を見る。もう次の講義が始まる時間だ。今からじゃ間に合わないだろう。
「仕方ないな。朝、何も食べてないし、何か食べよう?」
トイレの窓が光り、また音が鳴り響く。さっきより遠くなったのか、建物が揺れることはもうなくなったようだ。
二人でトイレから出て、またカフェに向かう。ユーリの話だと、次の時間はアヤメさんがシフトで入っているらしい。
「アヤメ」
ちょうど開店時間だったのか、アヤメさんが入口の“Close”の看板を引っくり返しているところだった。アヤメさんは僕たちを、主にユーリを頭のてっぺんから足のつま先まで睨むように見ると、
「……講義はどうしたんですの」
と明らかに棘を含んだ言い方でため息をついた。僕は慌ててユーリより少し前に出て、
「アヤメさん、違うんだ。あの、僕が」
「サボり。リヒトを無理やり攫ってきた」
「いやユーリ、違うから」
と言う僕をユーリは完全に無視して、アヤメさんに「開いてる?」と笑いかけた。
アヤメさんは仕方ないというように息をひとつ吐いてから「どうぞ」と中へ入っていった。その後に続き、ユーリがアヤメさんに何かを注文してお金を払う。その間に隅の席へと座って待っていれば、また外が一瞬光った。
「リヒト、大丈夫?」
反対側に座ったユーリが、テーブルの上から僕に手を伸ばす。同じように手を伸ばして軽く指先で触れてから、僕は「ありがと」と薄く笑い返した。
「お二方、そういえば昨日は大変だったようですわね」
お皿にチョコクッキーを何枚か乗せて、アヤメさんがテーブルへと置く。ユーリはそれを僕の口に一枚運んでから「まぁね」と自分にもクッキーを運んだ。
「それも踏まえて提案なのですが」
「どういう提案の仕方だよ」
「来週末の学祭、お二方の衣装を変えたいのです」
そういえば、あのお友達も言ってたような。
クッキーを飲み込んだあたりで、ユーリがまた僕の口にクッキーを詰め込んだ。
「今さら変えていいもん?」
「それはご心配なさらず。むしろユーリさんなら、お気に召すと思いましてよ?」
「んじゃ、期待せずに期待してる」
アヤメさんは気にした様子も見せずに微笑んで、カウンターへ戻っていった。優雅にポットを持つ手が綺麗で、様になってるなぁなんて思って見ていれば、ユーリが「リヒト」とまた口にクッキーを入れてきた。
「アヤメを見すぎ。流石にアヤメ相手でも、そんなに見られると嫌だ」
「むぐ」
そういう意味ではなかったんだけど。
ユーリもそうだけど、どうにも元王族というのか、元貴族は所作がいちいち綺麗だ。普段のユーリもだけれど、背筋を真っ直ぐにして、落ち着いていて、一緒にご飯を食べていてもつい見惚れてしまう。
そのたびに「見すぎ」と笑われてしまうのは、ちょっとだけ恥ずかしいけど。
「いや、ユーリもだけど、綺麗だなって思ったんだ」
「綺麗?」
「あ、ごめん。嫌だったかな」
「リヒトならいいよ」
アヤメさんが「どうぞ」とトレイに乗せてカップを二つ運んできた。ハーブティーを淹れてくれたのか、香りを嗅ぐだけで少し落ち着いてきて「ありがとう」と、両手でカップを持って口をつけた。
「俺の仕草が綺麗なら、それはアヤメのおかげかな。前世に散々仕込まれたから」
「仕込むって……」
この二人、同い年じゃなかったっけ? 僕の疑問に答えるように、ユーリが少し身を乗り出して、アヤメさんには聞こえないように、
「今は同い年だけど、前世は俺の十歳上だったんだ。いきなり城に来たオレに、色々教えてくれたんだよ」
とさらりと言ってのけた。
「いきなり……?」
「そう。オレ、お遊びで出来た子どもだから、兄貴とは半分しか血が繋がってなかったわけ。だからオレの存在って、リヒトたちにすら知られてなかったでしょ?」
記憶を手繰り寄せていく。
国民には知られていない、いきなり発表された、神の力を与えられた王子。城の王も妃も、側近や神官たち、さらには騎士たちですら口を揃えて“第一王子でなくてよかった”と言われ続け、隠されてきた存在。
僕はいたたまれなくなって、ユーリの名前を呼ぼうと口を開いて、最後のクッキーを突っ込まれた。
「ぅぐ」
「オレは言ったはずだよ。“お兄さんに会えるなら、この力もよかったって思える”って。だからそういうのはいらない。代わりに、俺だけを見て。俺だけを、見続けて」
パリッと砕けたクッキーを飲み込んで、僕はまたハーブティーをひと口飲んだ。小さく「……たり前だろ」と口にして。
「さて、二コマ目だけど……」
「もう大丈夫だから。僕も講義あるし」
短い休み時間、もとい移動時間の間に、僕はトイレで家から持ってきたパーカーを着込んだ。流石に荷物もかさばるから、ズボンだけはユーリのもののままだけど。
「本当?」
ユーリが僕の顔を覗き込む。動揺を悟られたくなくて、僕は「う、うん」と口ごもりながら視線を反らした。
「……俺、次サボるよ」
「いや、何言って」
「だからリヒトもサボろ?」
「……自分がサボりたい口実だろ」
僕がユーリにもたれかかれば、ユーリは「んー」と腕を回しながら、
「それでいいよ。だから、リヒトも一緒に」
と悪戯めいた笑い声と一緒に、耳元で甘く囁きかけてきた。
「大丈夫か? 単位は?」
「こう見えて割と優秀だから。リヒトが心配しなくても大丈夫だよ」
「お前、それ嫌味か?」
ユーリから離れて、鞄からスマフォを取り出し画面を見る。もう次の講義が始まる時間だ。今からじゃ間に合わないだろう。
「仕方ないな。朝、何も食べてないし、何か食べよう?」
トイレの窓が光り、また音が鳴り響く。さっきより遠くなったのか、建物が揺れることはもうなくなったようだ。
二人でトイレから出て、またカフェに向かう。ユーリの話だと、次の時間はアヤメさんがシフトで入っているらしい。
「アヤメ」
ちょうど開店時間だったのか、アヤメさんが入口の“Close”の看板を引っくり返しているところだった。アヤメさんは僕たちを、主にユーリを頭のてっぺんから足のつま先まで睨むように見ると、
「……講義はどうしたんですの」
と明らかに棘を含んだ言い方でため息をついた。僕は慌ててユーリより少し前に出て、
「アヤメさん、違うんだ。あの、僕が」
「サボり。リヒトを無理やり攫ってきた」
「いやユーリ、違うから」
と言う僕をユーリは完全に無視して、アヤメさんに「開いてる?」と笑いかけた。
アヤメさんは仕方ないというように息をひとつ吐いてから「どうぞ」と中へ入っていった。その後に続き、ユーリがアヤメさんに何かを注文してお金を払う。その間に隅の席へと座って待っていれば、また外が一瞬光った。
「リヒト、大丈夫?」
反対側に座ったユーリが、テーブルの上から僕に手を伸ばす。同じように手を伸ばして軽く指先で触れてから、僕は「ありがと」と薄く笑い返した。
「お二方、そういえば昨日は大変だったようですわね」
お皿にチョコクッキーを何枚か乗せて、アヤメさんがテーブルへと置く。ユーリはそれを僕の口に一枚運んでから「まぁね」と自分にもクッキーを運んだ。
「それも踏まえて提案なのですが」
「どういう提案の仕方だよ」
「来週末の学祭、お二方の衣装を変えたいのです」
そういえば、あのお友達も言ってたような。
クッキーを飲み込んだあたりで、ユーリがまた僕の口にクッキーを詰め込んだ。
「今さら変えていいもん?」
「それはご心配なさらず。むしろユーリさんなら、お気に召すと思いましてよ?」
「んじゃ、期待せずに期待してる」
アヤメさんは気にした様子も見せずに微笑んで、カウンターへ戻っていった。優雅にポットを持つ手が綺麗で、様になってるなぁなんて思って見ていれば、ユーリが「リヒト」とまた口にクッキーを入れてきた。
「アヤメを見すぎ。流石にアヤメ相手でも、そんなに見られると嫌だ」
「むぐ」
そういう意味ではなかったんだけど。
ユーリもそうだけど、どうにも元王族というのか、元貴族は所作がいちいち綺麗だ。普段のユーリもだけれど、背筋を真っ直ぐにして、落ち着いていて、一緒にご飯を食べていてもつい見惚れてしまう。
そのたびに「見すぎ」と笑われてしまうのは、ちょっとだけ恥ずかしいけど。
「いや、ユーリもだけど、綺麗だなって思ったんだ」
「綺麗?」
「あ、ごめん。嫌だったかな」
「リヒトならいいよ」
アヤメさんが「どうぞ」とトレイに乗せてカップを二つ運んできた。ハーブティーを淹れてくれたのか、香りを嗅ぐだけで少し落ち着いてきて「ありがとう」と、両手でカップを持って口をつけた。
「俺の仕草が綺麗なら、それはアヤメのおかげかな。前世に散々仕込まれたから」
「仕込むって……」
この二人、同い年じゃなかったっけ? 僕の疑問に答えるように、ユーリが少し身を乗り出して、アヤメさんには聞こえないように、
「今は同い年だけど、前世は俺の十歳上だったんだ。いきなり城に来たオレに、色々教えてくれたんだよ」
とさらりと言ってのけた。
「いきなり……?」
「そう。オレ、お遊びで出来た子どもだから、兄貴とは半分しか血が繋がってなかったわけ。だからオレの存在って、リヒトたちにすら知られてなかったでしょ?」
記憶を手繰り寄せていく。
国民には知られていない、いきなり発表された、神の力を与えられた王子。城の王も妃も、側近や神官たち、さらには騎士たちですら口を揃えて“第一王子でなくてよかった”と言われ続け、隠されてきた存在。
僕はいたたまれなくなって、ユーリの名前を呼ぼうと口を開いて、最後のクッキーを突っ込まれた。
「ぅぐ」
「オレは言ったはずだよ。“お兄さんに会えるなら、この力もよかったって思える”って。だからそういうのはいらない。代わりに、俺だけを見て。俺だけを、見続けて」
パリッと砕けたクッキーを飲み込んで、僕はまたハーブティーをひと口飲んだ。小さく「……たり前だろ」と口にして。
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