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第三部
お前が僕についてこい
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図書室の定位置で、今日はレポート提出のための資料をまとめていた。けれども、朝のユーリの態度がどうしても頭から離れず、ペンはこれっぽっちも進まない。
「なんだ、一体フェロモンてなんなんだ……」
スマフォをタップして『フェロモン』と入力する。
異性を惹きつけるために出す分泌液、らしい。そもそも、僕とユーリは同性で、ならフェロモンで惹きつけてるわけではないのでは? ちなみに脇、陰部、耳、胸元から出ているらしいが、そのどれもに心当たりがありすぎて、ならそこが原因なのか? とも考える。
「あとなんだっけ、自衛しろだっけ……」
自衛って何から? 春みたいなこと? それとも夏のこと? でもあのタイミングだとユーリから自衛しろ、にも受け取れる。
ユーリから自衛の意味で受け取るなら、確かに毎夜毎夜受け入れるのにも限界があるし、身体だってキツいし、もしかしたら俺を拒否しろよの意なのかもしれない。
「……どの意味だ」
ため息をついてスマフォと睨めっこをする。するとスマフォがいきなり震えだし「わわっ」と驚いて床へ落としてしまった。画面にヒビが入り、その衝撃かは知らないけれど、画面が真っ暗になってしまう。
「嘘だろ……」
確かに古い型ではあったけど。なんでこのタイミングで壊れてしまうんだ。
自分の不運を恨めしく思い、仕方なく席を立って図書室内の掛け時計を見に行く。あと十分ほどでお昼だ。
一瞬迷ったものの、やっぱりユーリとこのままはよくない気がして、学食で会ったら謝ろうと思い直した。少し早いけど、入口で待っていれば会えるだろう。
「……来ないな」
学食に入る学生をじっと見ているが、あの目立つ金色がどこにもいない。ユーリの髪は染めているわけではなく地毛だから、傷んでなくてとても綺麗でひと目でわかるというのに。
「あー、四天先輩!」
「ん? えっと、きみたちは……」
確か、昨夜居酒屋に来たユーリの同級生だ。名前も知らないと言っていたし、たぶん、その程度の関係なんだろう。けれど、ユーリがこの子たちを知らなくても、この子たちはユーリを知っているはず。
「ねぇ、有志くん、知らないかな?」
「それなら――」
ユーリの同級生が何か言おうとした時、僕の身体はぐいと後ろに引かれて、同級生たちと無理やり離されてしまった。
しっかりと回された腕の力強さに覚えがあり、顔だけ少し後ろに向けるようにして見れば、すごい形相のユーリがそこに立っていた。
「ユー」
「リヒト、何してんの。スマフォは? 俺、連絡入れたよね?」
「ちょ、ちょっと待って、落ち着いて」
ユーリの声があまりにも必死で、周囲にギャラリーがどんどん集まってくる。目の前の同級生たちも食い入るように僕たちを見ている。
「自衛してって言ったそばからこれ? それともリヒト、わざとやってんの?」
「待って、違うから、スマフォが壊れて」
「急にGPSの反応がなくなったから探し回ってみれば、呑気に学食前でお喋り? いいご身分だね」
「GPSってなんだよ!? お前、僕のスマフォに何入れてるんだ!」
聞き捨てならない単語に、僕もギャラリーが増えることを気にする余裕もなく、変わらず僕に抱きつくユーリに向かって叫んだ。けれどユーリは手を緩めるどころか、むしろ痛いほどに抱きしめる力を強くしてきた。
「リヒトの全部は俺のものって言ったよね? 視覚も聴覚も味覚も嗅覚も触覚も過去も未来も前世も今世も来世も全部全部全部、俺の」
「わかった! わかったからもう離せ!」
「やっぱり繋いで、いやいっそのこと手足を切り落としてダルマに」
「それは困るからやめろ!」
「リヒトのお世話くらいなんてことないよ。そうだ、手足はホルマリン漬けにして飾っておこう。きっと綺麗だよ」
綺麗なわけがない。
とりあえず振り解こうにも、なんでこいつはこうも馬鹿力なんだ。いや、たぶん僕のことになるとリミッターが外れてしまうのだ。だったら、抑えられるのも僕だけのはず。
「ちょっ……とっ」
考えを巡らせる間に、ユーリの手がパーカーの中へと侵入を試みてきた。流石にこんなところで醜態を晒したくない一心で、ユーリの手を必死で押さえつける。
「ユーリ、待って、ユーリ……!」
耐えきれずに名前を呼べば、やっとユーリの手がぴたりと止まった。
「なーに? リヒト」
「……ぁ」
この表情、わかってやっている。
僕が、僕の口から、それを言うのを待っているのだ。
「僕、は……」
「ん?」
あぁ、本当にこのユーリとかいう男は質が悪い。けれど。
「いいからお前が僕についてこい!」
「……へ?」
予想していたであろう言葉は言ってやらない。
緩くなった手から抜け出してユーリに向き合うと、襟首を掴んでユーリを無理やり屈ませる。そのまま口をつけてやればガチッとまた音がしたので、すぐに離して、代わりに喉仏に噛みついてやった。
「っ、リ、ヒト……?」
「いいから、ちょっと来い」
ユーリの手を引いて、ギャラリーの波を掻き分けるようにして学内へと戻っていく。パーカーのフードを被って、赤くなった顔を隠すようにして。
「なんだ、一体フェロモンてなんなんだ……」
スマフォをタップして『フェロモン』と入力する。
異性を惹きつけるために出す分泌液、らしい。そもそも、僕とユーリは同性で、ならフェロモンで惹きつけてるわけではないのでは? ちなみに脇、陰部、耳、胸元から出ているらしいが、そのどれもに心当たりがありすぎて、ならそこが原因なのか? とも考える。
「あとなんだっけ、自衛しろだっけ……」
自衛って何から? 春みたいなこと? それとも夏のこと? でもあのタイミングだとユーリから自衛しろ、にも受け取れる。
ユーリから自衛の意味で受け取るなら、確かに毎夜毎夜受け入れるのにも限界があるし、身体だってキツいし、もしかしたら俺を拒否しろよの意なのかもしれない。
「……どの意味だ」
ため息をついてスマフォと睨めっこをする。するとスマフォがいきなり震えだし「わわっ」と驚いて床へ落としてしまった。画面にヒビが入り、その衝撃かは知らないけれど、画面が真っ暗になってしまう。
「嘘だろ……」
確かに古い型ではあったけど。なんでこのタイミングで壊れてしまうんだ。
自分の不運を恨めしく思い、仕方なく席を立って図書室内の掛け時計を見に行く。あと十分ほどでお昼だ。
一瞬迷ったものの、やっぱりユーリとこのままはよくない気がして、学食で会ったら謝ろうと思い直した。少し早いけど、入口で待っていれば会えるだろう。
「……来ないな」
学食に入る学生をじっと見ているが、あの目立つ金色がどこにもいない。ユーリの髪は染めているわけではなく地毛だから、傷んでなくてとても綺麗でひと目でわかるというのに。
「あー、四天先輩!」
「ん? えっと、きみたちは……」
確か、昨夜居酒屋に来たユーリの同級生だ。名前も知らないと言っていたし、たぶん、その程度の関係なんだろう。けれど、ユーリがこの子たちを知らなくても、この子たちはユーリを知っているはず。
「ねぇ、有志くん、知らないかな?」
「それなら――」
ユーリの同級生が何か言おうとした時、僕の身体はぐいと後ろに引かれて、同級生たちと無理やり離されてしまった。
しっかりと回された腕の力強さに覚えがあり、顔だけ少し後ろに向けるようにして見れば、すごい形相のユーリがそこに立っていた。
「ユー」
「リヒト、何してんの。スマフォは? 俺、連絡入れたよね?」
「ちょ、ちょっと待って、落ち着いて」
ユーリの声があまりにも必死で、周囲にギャラリーがどんどん集まってくる。目の前の同級生たちも食い入るように僕たちを見ている。
「自衛してって言ったそばからこれ? それともリヒト、わざとやってんの?」
「待って、違うから、スマフォが壊れて」
「急にGPSの反応がなくなったから探し回ってみれば、呑気に学食前でお喋り? いいご身分だね」
「GPSってなんだよ!? お前、僕のスマフォに何入れてるんだ!」
聞き捨てならない単語に、僕もギャラリーが増えることを気にする余裕もなく、変わらず僕に抱きつくユーリに向かって叫んだ。けれどユーリは手を緩めるどころか、むしろ痛いほどに抱きしめる力を強くしてきた。
「リヒトの全部は俺のものって言ったよね? 視覚も聴覚も味覚も嗅覚も触覚も過去も未来も前世も今世も来世も全部全部全部、俺の」
「わかった! わかったからもう離せ!」
「やっぱり繋いで、いやいっそのこと手足を切り落としてダルマに」
「それは困るからやめろ!」
「リヒトのお世話くらいなんてことないよ。そうだ、手足はホルマリン漬けにして飾っておこう。きっと綺麗だよ」
綺麗なわけがない。
とりあえず振り解こうにも、なんでこいつはこうも馬鹿力なんだ。いや、たぶん僕のことになるとリミッターが外れてしまうのだ。だったら、抑えられるのも僕だけのはず。
「ちょっ……とっ」
考えを巡らせる間に、ユーリの手がパーカーの中へと侵入を試みてきた。流石にこんなところで醜態を晒したくない一心で、ユーリの手を必死で押さえつける。
「ユーリ、待って、ユーリ……!」
耐えきれずに名前を呼べば、やっとユーリの手がぴたりと止まった。
「なーに? リヒト」
「……ぁ」
この表情、わかってやっている。
僕が、僕の口から、それを言うのを待っているのだ。
「僕、は……」
「ん?」
あぁ、本当にこのユーリとかいう男は質が悪い。けれど。
「いいからお前が僕についてこい!」
「……へ?」
予想していたであろう言葉は言ってやらない。
緩くなった手から抜け出してユーリに向き合うと、襟首を掴んでユーリを無理やり屈ませる。そのまま口をつけてやればガチッとまた音がしたので、すぐに離して、代わりに喉仏に噛みついてやった。
「っ、リ、ヒト……?」
「いいから、ちょっと来い」
ユーリの手を引いて、ギャラリーの波を掻き分けるようにして学内へと戻っていく。パーカーのフードを被って、赤くなった顔を隠すようにして。
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