62 / 170
第二部
神に愛された人
しおりを挟む
三日間、僕は入院していた。目は無事だし、足だって折れてないし、特に酷い怪我はなかったのだけど、一応念のためだと言われては仕方がない。
入院費はどうしよう、なんて心配もなく、とどのつまり、僕は三日間、結構優雅な入院生活を送れていた。ボロアパートから荷物が失くなっていたこと以外は。
「ユーリ、ねぇ、これどういうこと」
未だに左目は眼帯をしているし、右足は固定、とまではいかなくとも、包帯を巻かれていることには違いない。そんな状態でアパートへ帰ると、いそいそとユーリが引っ越し業者に荷物を運ばせていた。
「だってリヒト、一緒に暮らしてくれるんだよね? 言ったよね?」
「えっと……」
暮らす、とは言ってない。いや、暮らしたいとは思ってたけど、まさかそんな急な話とは思ってなくて……。
運ばれていく小型冷蔵庫、電子レンジ、それから煎餅布団は業者のほうで処分をお願いした。
そんなになかった荷物は、あっという間に車に詰め込まれて、ユーリが業者に「じゃ、お願いします」と頭を下げている。
「あのさ、ユーリ。暮らしたいとは、その、思ってたけど、今すぐじゃなくても……」
ここまできたら腹を括るしかないのだけど、どうにも臆病な僕は、まだ駄目な理由を探している。
「一人でなんとか出来るの? それ」
ユーリが指差したのは、僕の左目と右足だ。
「これぐらい一人で生活出来る」
「バイト、しばらく休むんでしょ? 生活費は? 仕送り増やしてもらうつもり?」
「……ユーリだって、あの家、親御さんが払ってるんじゃないの?」
図星を突かれた僕は、話題反らしとばかりに家賃の話をする。けれどユーリはピンときていないようで、
「親?」
と首を傾げている。
「だから、家賃とか、生活費とか……。ユーリも学生でしょ?」
「あぁ!」
やっと納得したのか、ユーリは「そんなことか」と笑顔になると、アパートの前に止まったタクシーに乗るよう示してきた。僕が乗り、ユーリも乗ったことで扉が閉まる。ユーリは行き先を告げると、
「俺、宝くじで当ててるから大丈夫だよ」
と企業の御曹司には到底似合わない単語を発した。
「え? 宝、くじ?」
「そうそう。ほら、俺ってすごい運いいでしょ? それで当ててるから大丈夫。なんなら競馬も競輪も競艇も当たるよ?」
「……」
あぁ、そうだった。この神に愛されし男は、運がべらぼうにいいのだ。いや、神に愛されたから運がいいのか、それとも運がいいから神に愛されたのか。
今となってはどちらでも構いやしないけど、それで生活が出来るなんて羨ましいやつである。
「僕の心配は杞憂ってやつかな……」
「まぁ、そういうことになるかな。他は? 何か心配事でも、不安なことでも、なんでも言って?」
「もうないよ」
ため息混じりに返して、見えてきたユーリの家、いや僕たちの家に苦笑いをする。
心配も不安も、この男の前では全てが杞憂に終わりそうだ。そんな未来が想像できて、僕は小さく吹き出した。
荷物が全部入り、業者が帰った後の脱衣所で、僕はユーリに服を脱がされていた。
理由は簡単だ。荷物の整理でユーリが汗をかいたから、少し早いがお風呂に入ることになり、それなら僕も一緒がいいとユーリが決めて今服を脱がされている。
「ほら、足上げて。ジャージ脱げないよ?」
「それぐらい出来るってば」
「えー」
よたよたしながらジャージを脱いで、次に足に巻かれた包帯を取っていく。下からはサポーターと湿布が出てきて、それをゆっくりと剥がせば、まだ少し赤い足首が姿を表していく。
「リヒト、下着は?」
「自分で脱げるし、なんならユーリは先に入ってればいいから!」
ユーリはまた「えー」と僕をからかうように笑って、先に中へ入っていった。シャワーの音がしだし、磨りガラス越しにユーリが身体を洗うのが見える。
僕はゆっくりと下着を脱いで、左目の眼帯を取った。まだ腫れた瞼は開かず、まるでお岩さんみたいな顔に少し憂鬱になった。
「……リヒト? 入れる?」
「え、あ、あぁ、うん」
とは言ったものの、先にユーリがいると考えると、逆に恥ずかしくなってきた。これなら先に入るか同時に入ったほうがよかったかもしれない。せめてもの抵抗に、タオルを腰に巻いてから浴室へと入った。
入院費はどうしよう、なんて心配もなく、とどのつまり、僕は三日間、結構優雅な入院生活を送れていた。ボロアパートから荷物が失くなっていたこと以外は。
「ユーリ、ねぇ、これどういうこと」
未だに左目は眼帯をしているし、右足は固定、とまではいかなくとも、包帯を巻かれていることには違いない。そんな状態でアパートへ帰ると、いそいそとユーリが引っ越し業者に荷物を運ばせていた。
「だってリヒト、一緒に暮らしてくれるんだよね? 言ったよね?」
「えっと……」
暮らす、とは言ってない。いや、暮らしたいとは思ってたけど、まさかそんな急な話とは思ってなくて……。
運ばれていく小型冷蔵庫、電子レンジ、それから煎餅布団は業者のほうで処分をお願いした。
そんなになかった荷物は、あっという間に車に詰め込まれて、ユーリが業者に「じゃ、お願いします」と頭を下げている。
「あのさ、ユーリ。暮らしたいとは、その、思ってたけど、今すぐじゃなくても……」
ここまできたら腹を括るしかないのだけど、どうにも臆病な僕は、まだ駄目な理由を探している。
「一人でなんとか出来るの? それ」
ユーリが指差したのは、僕の左目と右足だ。
「これぐらい一人で生活出来る」
「バイト、しばらく休むんでしょ? 生活費は? 仕送り増やしてもらうつもり?」
「……ユーリだって、あの家、親御さんが払ってるんじゃないの?」
図星を突かれた僕は、話題反らしとばかりに家賃の話をする。けれどユーリはピンときていないようで、
「親?」
と首を傾げている。
「だから、家賃とか、生活費とか……。ユーリも学生でしょ?」
「あぁ!」
やっと納得したのか、ユーリは「そんなことか」と笑顔になると、アパートの前に止まったタクシーに乗るよう示してきた。僕が乗り、ユーリも乗ったことで扉が閉まる。ユーリは行き先を告げると、
「俺、宝くじで当ててるから大丈夫だよ」
と企業の御曹司には到底似合わない単語を発した。
「え? 宝、くじ?」
「そうそう。ほら、俺ってすごい運いいでしょ? それで当ててるから大丈夫。なんなら競馬も競輪も競艇も当たるよ?」
「……」
あぁ、そうだった。この神に愛されし男は、運がべらぼうにいいのだ。いや、神に愛されたから運がいいのか、それとも運がいいから神に愛されたのか。
今となってはどちらでも構いやしないけど、それで生活が出来るなんて羨ましいやつである。
「僕の心配は杞憂ってやつかな……」
「まぁ、そういうことになるかな。他は? 何か心配事でも、不安なことでも、なんでも言って?」
「もうないよ」
ため息混じりに返して、見えてきたユーリの家、いや僕たちの家に苦笑いをする。
心配も不安も、この男の前では全てが杞憂に終わりそうだ。そんな未来が想像できて、僕は小さく吹き出した。
荷物が全部入り、業者が帰った後の脱衣所で、僕はユーリに服を脱がされていた。
理由は簡単だ。荷物の整理でユーリが汗をかいたから、少し早いがお風呂に入ることになり、それなら僕も一緒がいいとユーリが決めて今服を脱がされている。
「ほら、足上げて。ジャージ脱げないよ?」
「それぐらい出来るってば」
「えー」
よたよたしながらジャージを脱いで、次に足に巻かれた包帯を取っていく。下からはサポーターと湿布が出てきて、それをゆっくりと剥がせば、まだ少し赤い足首が姿を表していく。
「リヒト、下着は?」
「自分で脱げるし、なんならユーリは先に入ってればいいから!」
ユーリはまた「えー」と僕をからかうように笑って、先に中へ入っていった。シャワーの音がしだし、磨りガラス越しにユーリが身体を洗うのが見える。
僕はゆっくりと下着を脱いで、左目の眼帯を取った。まだ腫れた瞼は開かず、まるでお岩さんみたいな顔に少し憂鬱になった。
「……リヒト? 入れる?」
「え、あ、あぁ、うん」
とは言ったものの、先にユーリがいると考えると、逆に恥ずかしくなってきた。これなら先に入るか同時に入ったほうがよかったかもしれない。せめてもの抵抗に、タオルを腰に巻いてから浴室へと入った。
39
お気に入りに追加
545
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる