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第二部
左目を喰らう
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※※※
「なんでボクを付け回すんだ……」
それはある国の、鉱山でのことだ。
人間が“魔法”と呼ばれる力を扱うには、媒体となる石が必要で、この鉱山はその石を掘れる数少ない場所だった。もちろん魔族がそれを見過ごすはずはなく、ボクはその鉱山を丸ごと潰してこいと命じられたのだ。
そしてそこにいたのが、案の定、ボクの行くとこ行くとこに必ず現れるこの青年、ユーリだ。
ユーリはボクが行くことを見越してか、既に鉱山から男たちを逃がしていた。それを知らないボクは、まんまとユーリにはめられ、鉱山の入口を破壊され、二人で仲良く穴の中というわけだ。
「付け回してるわけじゃありませんよ。先回りしているだけです。なので、むしろそっちがオレを付け回している、というわけですね」
「ならここで消すだけだ」
これ以上、このストーカーに付き合わされたくはない。というか、今までもボクは、それこそ両手の指を使っても足りないくらいに殺そうとしたのだけど、神に愛された証なのかなんなのか知らないが、必ず奇跡が起こって殺りきれないのだ。
それを思い出し、ボクは「はぁ……」とため息をついてから右手に出した炎を吹き消した。
「殺らないんですか?」
「無駄な労力だと学んだだけ。それより、早いとこここから出て魔王様に報告しないと……」
崩れた岩を眺め、それから触れ、魔法で吹っ飛ばすことも考える。が、この先にもどれだけの岩があるかわからないし、やめたほうが無難だろう。
なら地道ではあるが、別の鉱山に繋がっている道を探したほうがいいかもしれない。そう考え、入口とは反対へと向いた時。
「……また魔王様、か」
「え?」
肩を思いきり引かれ、ボクはそのまま地面に仰向けに倒れ込んだ。覆いかぶさるように、やつが四つん這いでボクを見下ろしている。起き上がろうにも、全体重をかけて両手を押さえられては何も出来ない。
「離せ、人間! くっ、お前なんて、力がなければボクたちに蹂躙されるだけの奴らなのに……!」
「本当そう。だから、オレ、それだけは感謝してるんだよね。この力のおかげで、リヒトを好きなように出来るからさ」
手首に痛みが走り、白い炎がまとわりつく。それはボクの身体と地面を縫いつけると、完全にボクから自由を奪い取った。
動けなくなったボクから手を離し、やつが恍惚の表情で舌舐めずりをする。ボクは人間に対し、恐らくこの時初めて恐怖を感じた。
「リヒト。前、オレが言ったこと、覚えてる?」
「ま、え……?」
ユーリの指が、ボクの胸、鎖骨、首、耳までなぞり、最後に左目を隠すように手をかぶせてきた。
「オレのことを見て? オレだけを呼んで? オレの全てを知って、考えて、オレのリヒトでいて?」
「何、言って……っ、やめ、まさか」
ユーリの右手が、その指先が、ボクの左目を抉る。
「うああアアアッ!? やめ、いだいっ、ああああっ……っ!?」
鋭く熱い、突き刺すような痛みが全身を走る。抵抗したくとも白い炎が邪魔をして、ユーリがボクの身体に乗っていて、ほんの小さな動きさえも許してはくれない。
ず、と身体から何かが抜ける感覚と共に、痛みが一瞬引いた。左目が熱い、いや、何も見えない……? 僅かに見える右目が、霞む視界の中にユーリを捉えた。
「わぁ、これがリヒトの目かぁ。金色で綺麗だなぁ」
ユーリが右手を赤黒く染め、その中に浮かぶ球体を愛おしそうに眺める。
「やめ……、かえ、せ……」
「んー?」
にこりと、ユーリが優しく笑う。そしてその金の目に、優しく口づけを落とし、
「やだ」
とその真っ白い歯で、ぐちゅりと噛み砕いたのだ。
※※※
全身を痛みが駆け抜ける。
指を少し動かして、それからゆっくりと目を開ければ、木々に覆われた真っ暗な空が目に入った。
「生き、てる……?」
痛みに襲われながら体を起こす。どうやら骨は折れていないらしい。見上げれば、二十メートルほど上に橋があった。どうやら僕は、突き落とされた時、幸か不幸か、斜面に落ちてそのまま下まで滑り落ちたようだった。
それでも右足は痛むし、なんなら左目は開いてない気がする。手を動かしてそっと左目に触れてみると、ぬるりとした感触と共に指先が赤く染まった。
「……しまったなぁ」
この怪我で自力で上がるのは無理そうだし、というか道がわからないから上がりようもない。血も止まる様子はないし、このまま死ぬのかもしれない。
斜面に背を預けて、何も見えない空を見上げる。
「ユーリ……」
そういえば、あの時も目が見えなかったな。
まぁ、あれはユーリのせいなんだけど。でもあの時ほど痛くないのだから不思議だ。というか、寒いのかな。身体が震える。
会いたい。会いたいよ、ユーリ。
残った右目が、ゆっくりと閉じられていく。
また来世でもユーリと会えたら――
「見つけた」
光が当てられ、急に視界が白くなる。
重い右目をなんとかして開けば、懐中電灯を持ったユーリが、肩で息をしながら立っていた。
「なんでボクを付け回すんだ……」
それはある国の、鉱山でのことだ。
人間が“魔法”と呼ばれる力を扱うには、媒体となる石が必要で、この鉱山はその石を掘れる数少ない場所だった。もちろん魔族がそれを見過ごすはずはなく、ボクはその鉱山を丸ごと潰してこいと命じられたのだ。
そしてそこにいたのが、案の定、ボクの行くとこ行くとこに必ず現れるこの青年、ユーリだ。
ユーリはボクが行くことを見越してか、既に鉱山から男たちを逃がしていた。それを知らないボクは、まんまとユーリにはめられ、鉱山の入口を破壊され、二人で仲良く穴の中というわけだ。
「付け回してるわけじゃありませんよ。先回りしているだけです。なので、むしろそっちがオレを付け回している、というわけですね」
「ならここで消すだけだ」
これ以上、このストーカーに付き合わされたくはない。というか、今までもボクは、それこそ両手の指を使っても足りないくらいに殺そうとしたのだけど、神に愛された証なのかなんなのか知らないが、必ず奇跡が起こって殺りきれないのだ。
それを思い出し、ボクは「はぁ……」とため息をついてから右手に出した炎を吹き消した。
「殺らないんですか?」
「無駄な労力だと学んだだけ。それより、早いとこここから出て魔王様に報告しないと……」
崩れた岩を眺め、それから触れ、魔法で吹っ飛ばすことも考える。が、この先にもどれだけの岩があるかわからないし、やめたほうが無難だろう。
なら地道ではあるが、別の鉱山に繋がっている道を探したほうがいいかもしれない。そう考え、入口とは反対へと向いた時。
「……また魔王様、か」
「え?」
肩を思いきり引かれ、ボクはそのまま地面に仰向けに倒れ込んだ。覆いかぶさるように、やつが四つん這いでボクを見下ろしている。起き上がろうにも、全体重をかけて両手を押さえられては何も出来ない。
「離せ、人間! くっ、お前なんて、力がなければボクたちに蹂躙されるだけの奴らなのに……!」
「本当そう。だから、オレ、それだけは感謝してるんだよね。この力のおかげで、リヒトを好きなように出来るからさ」
手首に痛みが走り、白い炎がまとわりつく。それはボクの身体と地面を縫いつけると、完全にボクから自由を奪い取った。
動けなくなったボクから手を離し、やつが恍惚の表情で舌舐めずりをする。ボクは人間に対し、恐らくこの時初めて恐怖を感じた。
「リヒト。前、オレが言ったこと、覚えてる?」
「ま、え……?」
ユーリの指が、ボクの胸、鎖骨、首、耳までなぞり、最後に左目を隠すように手をかぶせてきた。
「オレのことを見て? オレだけを呼んで? オレの全てを知って、考えて、オレのリヒトでいて?」
「何、言って……っ、やめ、まさか」
ユーリの右手が、その指先が、ボクの左目を抉る。
「うああアアアッ!? やめ、いだいっ、ああああっ……っ!?」
鋭く熱い、突き刺すような痛みが全身を走る。抵抗したくとも白い炎が邪魔をして、ユーリがボクの身体に乗っていて、ほんの小さな動きさえも許してはくれない。
ず、と身体から何かが抜ける感覚と共に、痛みが一瞬引いた。左目が熱い、いや、何も見えない……? 僅かに見える右目が、霞む視界の中にユーリを捉えた。
「わぁ、これがリヒトの目かぁ。金色で綺麗だなぁ」
ユーリが右手を赤黒く染め、その中に浮かぶ球体を愛おしそうに眺める。
「やめ……、かえ、せ……」
「んー?」
にこりと、ユーリが優しく笑う。そしてその金の目に、優しく口づけを落とし、
「やだ」
とその真っ白い歯で、ぐちゅりと噛み砕いたのだ。
※※※
全身を痛みが駆け抜ける。
指を少し動かして、それからゆっくりと目を開ければ、木々に覆われた真っ暗な空が目に入った。
「生き、てる……?」
痛みに襲われながら体を起こす。どうやら骨は折れていないらしい。見上げれば、二十メートルほど上に橋があった。どうやら僕は、突き落とされた時、幸か不幸か、斜面に落ちてそのまま下まで滑り落ちたようだった。
それでも右足は痛むし、なんなら左目は開いてない気がする。手を動かしてそっと左目に触れてみると、ぬるりとした感触と共に指先が赤く染まった。
「……しまったなぁ」
この怪我で自力で上がるのは無理そうだし、というか道がわからないから上がりようもない。血も止まる様子はないし、このまま死ぬのかもしれない。
斜面に背を預けて、何も見えない空を見上げる。
「ユーリ……」
そういえば、あの時も目が見えなかったな。
まぁ、あれはユーリのせいなんだけど。でもあの時ほど痛くないのだから不思議だ。というか、寒いのかな。身体が震える。
会いたい。会いたいよ、ユーリ。
残った右目が、ゆっくりと閉じられていく。
また来世でもユーリと会えたら――
「見つけた」
光が当てられ、急に視界が白くなる。
重い右目をなんとかして開けば、懐中電灯を持ったユーリが、肩で息をしながら立っていた。
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