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第二部
隣に並びたいのに
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午後からバイトのため、お昼もそこそこにユーリの家を出た。送ると言ってくれたけれど、一年生は夏休みまでにレポート提出があるはずだと諭せば、ユーリは「うぐ」と何も言えなくなり、大人しく玄関までの見送りにしてくれた。
散歩をする家族とすれ違い、コーヒーチェーン店で買ったフラッペを飲み合う男女を追い越し、暑さの中、コンビニまで歩いていく。
それらはとても幸せそうに見えて、僕は、なおのこと自分に自信が持てなくなってしまう。
「普通って、なんだろ……」
知らずのうちに呟いて、僕は慌てて頭を横に振った。
他と比べるなんて僕は何をしているんだろうか。それに、皆大なり小なり抱えているに決まってる。僕が勝手に決めていいことじゃない。それなのに。
なのに、どうしてユーリは、僕の嫌がることをするんだろう。
「……っ」
目に浮かんできた涙を、上を向いて引っ込める。
駄目だ、今からバイトなんだ、しっかりしなきゃ。
気合を入れ直し、力強く一歩を踏み出したところで、ポケットのスマフォが振動した。一瞬ユーリかと期待したけれど、画面に映る“ナギ”の名前に、少しだけ肩を落とした。
けれどすぐに気を取り直し、指で画面を緩くなぞった。
「はい、もしもし」
『兄さん! もうすぐ夏休みだろ? 帰ってくる?』
「あ。考えてなかった」
スマフォの向こうで、高校一年生の弟ナギが『やっぱり!』とわかっていたように声を上げた。
「ごめんね、ナギ。父さんと母さんは元気?」
『そんなこと聞くぐらいなら帰ってくればいいだろ! 俺も兄さんに会いたいんだから!』
「うん……」
年末年始は、結局雪で帰れなかったし、GWもユーリとのことを忘れるためにバイトばかりしていたし、そろそろ帰るのもいいかもしれない。
ユーリのことを考えるのも、いいきっかけになるだろうし。
「じゃ、今年は帰るよ。十一日にはそっち着くようにするから」
『十五日花火あるから見に行こ!』
「わかった、わかったから」
ナギを宥めてから通話を切った。
そのままスケジュールアプリを開いて、予定を確認する。
「まだお盆のシフトは出てないし、今からだったら間に合うかな」
ユーリには、実家に帰るからしばらく会えないと伝えないとな。なんて言ってくるだろうか。少しは悲しがってくれるだろうか。
僅かな期待が胸の中に広がって、僕はそれだけでバイトが頑張れそうだった。
「え、ユーリ帰るの……?」
月曜日の昼休み。夏休みの予定をどうするのかユーリに聞けば、なんと初日から実家に帰ると返してきた。予想出来なかったわけじゃないけど、まさか夏休み全部使って帰るなんて。
「うん。ほら、一応海外だからさ。家が。両親ともに日本人だし、兄貴もこっちにいるし、将来的に日本で住むのは構わないって言われてるんだけどね」
「そう、なんだ」
確かにユーリの家は一大企業らしいし、住んでるところも、着ているものも、食生活だって……。そこまで考え「リヒト?」とユーリが不安げに顔を覗き込んできたことに「あ、あぁ」と曖昧に笑って返した。
「仕方ない、よ……」
「それでさ、リヒトも一緒に来ない?」
その申し出に、心臓が口から飛び出るくらいに驚いた。嬉しくないわけじゃない。
でも僕は、ユーリの立っている世界とは、違う世界の人間だから。ふさわしくないんじゃないか、一緒に行ってユーリが恥ずかしい思いをするんじゃないか、というか、そんなに休んだら生活出来なくなってしまうんじゃないか。
手元のカレーを無意味に掻き混ぜ、福神漬けも一緒に入れてさらに混ぜれば、もう白米はどこにも見えなくなっていた。
「ごめん、実家に帰るって約束してるんだ」
「そっかぁ。じゃ、リヒトのアパートに行ってもいないのかぁ」
「うん。本当にごめん」
「仕方ないよ。じゃあさ、リヒトの匂い、今のうちに堪能しておこうかな」
そう太ももに手を乗せられたけれど、僕はそれを無視するようにカレーを口に運ぶ。ユーリは諦めたように苦笑いをして、
「じゃ、俺先に行くよ。今日はグループを組まないといけなくてさ」
と自分のトレイを持って席を立つ。それにすら僕は「うん……」と心ここにあらずな返事をして、またカレーを飲み込んだ。
ユーリの隣に並ぶのに相応しくないような、そんな思いを呑み込むように。
散歩をする家族とすれ違い、コーヒーチェーン店で買ったフラッペを飲み合う男女を追い越し、暑さの中、コンビニまで歩いていく。
それらはとても幸せそうに見えて、僕は、なおのこと自分に自信が持てなくなってしまう。
「普通って、なんだろ……」
知らずのうちに呟いて、僕は慌てて頭を横に振った。
他と比べるなんて僕は何をしているんだろうか。それに、皆大なり小なり抱えているに決まってる。僕が勝手に決めていいことじゃない。それなのに。
なのに、どうしてユーリは、僕の嫌がることをするんだろう。
「……っ」
目に浮かんできた涙を、上を向いて引っ込める。
駄目だ、今からバイトなんだ、しっかりしなきゃ。
気合を入れ直し、力強く一歩を踏み出したところで、ポケットのスマフォが振動した。一瞬ユーリかと期待したけれど、画面に映る“ナギ”の名前に、少しだけ肩を落とした。
けれどすぐに気を取り直し、指で画面を緩くなぞった。
「はい、もしもし」
『兄さん! もうすぐ夏休みだろ? 帰ってくる?』
「あ。考えてなかった」
スマフォの向こうで、高校一年生の弟ナギが『やっぱり!』とわかっていたように声を上げた。
「ごめんね、ナギ。父さんと母さんは元気?」
『そんなこと聞くぐらいなら帰ってくればいいだろ! 俺も兄さんに会いたいんだから!』
「うん……」
年末年始は、結局雪で帰れなかったし、GWもユーリとのことを忘れるためにバイトばかりしていたし、そろそろ帰るのもいいかもしれない。
ユーリのことを考えるのも、いいきっかけになるだろうし。
「じゃ、今年は帰るよ。十一日にはそっち着くようにするから」
『十五日花火あるから見に行こ!』
「わかった、わかったから」
ナギを宥めてから通話を切った。
そのままスケジュールアプリを開いて、予定を確認する。
「まだお盆のシフトは出てないし、今からだったら間に合うかな」
ユーリには、実家に帰るからしばらく会えないと伝えないとな。なんて言ってくるだろうか。少しは悲しがってくれるだろうか。
僅かな期待が胸の中に広がって、僕はそれだけでバイトが頑張れそうだった。
「え、ユーリ帰るの……?」
月曜日の昼休み。夏休みの予定をどうするのかユーリに聞けば、なんと初日から実家に帰ると返してきた。予想出来なかったわけじゃないけど、まさか夏休み全部使って帰るなんて。
「うん。ほら、一応海外だからさ。家が。両親ともに日本人だし、兄貴もこっちにいるし、将来的に日本で住むのは構わないって言われてるんだけどね」
「そう、なんだ」
確かにユーリの家は一大企業らしいし、住んでるところも、着ているものも、食生活だって……。そこまで考え「リヒト?」とユーリが不安げに顔を覗き込んできたことに「あ、あぁ」と曖昧に笑って返した。
「仕方ない、よ……」
「それでさ、リヒトも一緒に来ない?」
その申し出に、心臓が口から飛び出るくらいに驚いた。嬉しくないわけじゃない。
でも僕は、ユーリの立っている世界とは、違う世界の人間だから。ふさわしくないんじゃないか、一緒に行ってユーリが恥ずかしい思いをするんじゃないか、というか、そんなに休んだら生活出来なくなってしまうんじゃないか。
手元のカレーを無意味に掻き混ぜ、福神漬けも一緒に入れてさらに混ぜれば、もう白米はどこにも見えなくなっていた。
「ごめん、実家に帰るって約束してるんだ」
「そっかぁ。じゃ、リヒトのアパートに行ってもいないのかぁ」
「うん。本当にごめん」
「仕方ないよ。じゃあさ、リヒトの匂い、今のうちに堪能しておこうかな」
そう太ももに手を乗せられたけれど、僕はそれを無視するようにカレーを口に運ぶ。ユーリは諦めたように苦笑いをして、
「じゃ、俺先に行くよ。今日はグループを組まないといけなくてさ」
と自分のトレイを持って席を立つ。それにすら僕は「うん……」と心ここにあらずな返事をして、またカレーを飲み込んだ。
ユーリの隣に並ぶのに相応しくないような、そんな思いを呑み込むように。
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