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第一部

彼女の正体

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 肌寒さを感じて、布団を引き上げようと手を伸ばす。やけにふっくらした布団に、うちの煎餅布団はこんなんだったっけ? とうっすらと目を開けた。

「……ぁ」

 隣に眠るユーリを見て、僕はさっきまでの行為を思い出した。ユーリの顔はやけに安らかで、幸せそうにぐっすりと眠っている。

「全く……、幸せそうにしちゃってさ」

 その顔がやけに整っていて、ちょっとだけ癪に触ったので、頬を摘み、むにっと引っ張ってみた。

「ふふ、変な顔」
「変で悪かったですねぇ」
「わわっ」

 摘んでいた手を逆に掴まれて、そのまま手をベッドに縫いつけるように覆いかぶさられる。してやったり、と言いたげな目を見て、こいつは狸寝入りをしていたのだと気づいた。

「お前、わざとだな……!」
「堪能してたって言ってください、先輩?」

 目鼻立ちのはっきりした端正な顔が近づいてきて、僕もまた応えるように目を閉じる。

「ん、ん……」

 何度も角度を変えながら唇を重ね、誘い出されるように舌を絡ませる。お互いの間に、つ……と透明な糸が伸びたところで、僕は「あ」と大事なことを思い出した。ユーリの身体をどかそうと、身じろぎを繰り返す。

「バイト……、バイトに遅れる!」

 今日もシフトに入っている。確か夕方からコンビニで、夜は居酒屋だ。
 名残惜しそうに離れたユーリを押しのけて、僕は自分のスマフォを探す。サイドテーブルにあったのを見つけて時間を見れば、とっくに居酒屋に入る時間を過ぎていた。

「ああ!? 遅刻どころの話じゃない!? 嘘……」

 肩を落とす僕に、ベッドに座ったユーリが「安心して」とにこやかに笑った。何をどう安心しろというのか。恨めしそうに睨んでやるが、ユーリは床に放りっぱなしだったタオルを拾い上げ、

「リヒトは今日休みますって連絡しておいたから」

とあっさり言い放った。

「は……? 連絡って……」

 もう一度スマフォを見る。確かにコンビニからも居酒屋からも、電話のひとつすらきていない。再びユーリに視線をやれば「ね?」と屈託のない笑顔を向けられた。

「はぁ……、まぁ、うん、ありがと……」

 色々言いたいことや疑問はあるが、ユーリなら問題なくやってしまえる。それをよく知っている僕は、それ以上聞く気にもならず、お礼だけ言ってからサイドテーブルにスマフォを戻した。

「あ、じゃあ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「リヒトの質問ならなんでも」

 僕の脳裏に浮かんだのは、あのミルクチョコレートの髪の女性だ。確か“アヤメ”と言っていた気がする。

「あの女の人、アヤメ、さん? 一体どういう関係、で……」

 まるで浮気を問い詰めている気になってきて、同時にとても恥ずかしくなり、僕は布団を引き上げて顔を隠した。

「あれ? リヒト、アヤメのこと知らなかったっけ? 俺の義姉ねえさんだよ」
「おねえ、さん?」

 腑に落ちない僕に「ええっと」と視線を宙に彷徨わせた後、

前世まえ、オレに兄貴がいたのは知ってるでしょ」
「あぁ、うん」
「その奥さん。で、今世いまも兄貴の婚約者。だから義姉さん」

とあっさり言ってのけた。
 確かにお兄さんが第一王子で、奥さんはいただろうけど、そもそもユーリは僕を出してくれなかったじゃないか。と言いたいのはため息と一緒に吐き出して、僕は「そう」とだけ言った。
 あぁでもよかった。恋人ではなかったみたいで。
 頬が緩みそうになるのをなんとか耐えて、サイドテーブルに置いたままのペットボトルに手を伸ばした。気づいたユーリが僕にそれを渡してくれて「あいつらが」と続ける。

「あぁ、あいつらのこと聞くの嫌かな」
「ううん、大丈夫……」

 本当は少しだけ、まだ身体が震える。
 ペットボトルを持ったままだった僕の手に、ユーリが自分の手をそっと重ねてくれた。

「アヤメが兄貴の婚約者って知ってから、やけに付きまとってて。世話になってる人だから、放っておけなくて」
「うん……」
「その結果、リヒトのほうにこんな思いさせて。ほんと、ごめん」
「ううん、いいんだ」

 むしろ僕でよかったのかもしれない。女性にあんな思いは、してほしくないし。
 ユーリの手から静かに離れ、ペットボトルを開け口をつける。ぬるくなったそれを飲み干せば、空腹からか腹の音が盛大に鳴り響いた。

「……」

 恥ずかしくて俯けば、ユーリがからのペットボトルを受け取って「よし」とベッドから立ち上がった。

「飯、食いにいこっか。俺自炊しないから、家になんもないんだよね」
「そんなの、自慢にも何もならないじゃないか」

 僕は苦笑いをして、同じくベッドからおりた。
 クローゼットからユーリが出してくれた下着や服に手を通す。なんで新品の、僕にぴったりなものがあるのかは、もう聞くまでもないだろう。
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感想 1

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