【本編完結済】前世の英雄(ストーカー)が今世でも後輩(ストーカー)な件。

とかげになりたい僕

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第一部

好きだよ

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 身体を拭いて髪を乾かし、そこで気づいた。
 服、なくない?
 勝手に服を拝借するのもどうかと思ったが、タオルを腰に巻いたまま、ベッドに座って待つわけにもいかない。そんなことをすれば、ほぼ、確実に、話どころではなくなってしまう、気がする。

「シャツだけ……。今度洗って返せばいっか」

 隅のクローゼットからシャツを一枚だけ拝借し、頭から被って着てみた。少し大きいけれど、まぁ下が見えないだけマシと思うことにする。……結構ギリギリだけど。
 ベッドに座りユーリを待つ。聞こえていた水音がやみ、扉が開く音がする。髪を乾かし終えたユーリが、腰にタオルを巻いた状態で姿を見せた。

「リヒト、ごめん。服なかったでしょ。服、は……!?」

 止まった。ユーリの動きが。やはり服を勝手に着たのがまずかったかのかと「シャツ、ごめん」と視線を下げた。

「あ、あー、いや、いいよ。リヒトなら別に何着てもいい」

 ユーリはそれだけ言うと、一旦どこかに行ってから、水の入ったペットボトルをふたつ手にして戻ってきた。

「ん」

 差し出してくれた一本を受け取って「ありがとう」と蓋を開けた。乾いた口内に染み渡り、冷たい感覚が喉を通って胃に入っていく。

「ふぅ……」

 三口ほど飲んでから蓋を締めると、ユーリがそれを受け取ってサイドテーブルへと置いた。それから隣に座ると「話って?」と僕を見ることもせず、でも冷たく突き放すわけでもなく、静かに問いかけてきた。

「……僕は」
「うん」
「僕は、お前が嫌いだった」
「なかなかストレートに言うね」

 予想の範囲内なのか、ユーリは動揺を見せることもなく笑ってみせた。

「勝手に好きだとか言ってくるし」
「君の行くとこ行くとこに先回りしたからね」
「挙げ句に毎晩抱かれるし」
「三日三晩抱き潰したことあったなぁ」
「そのくせ、僕より先に死んだし」
「……人間だからね」

 最後の部分は、少し淋しそうに聞こえた。
 僕は目を閉じ、記憶を辿る。思い出すのは、出会ってから死ぬまでのこと。そして今日までの日々。
 ユーリの肩にもたれかかるようにして、そっと身体を預ける。

「人間如きにとか、魔王様の仇とか、生き残った後悔とか、色々あった。あった……はず、なんだけど」
「けど?」

 目を開けて、ユーリを見上げる。空色の目に吸い込まれるように、僕はその薄く開いた唇に軽く自分のを重ねる。

「ん……、リヒト? 酔ってる?」
「酔ってない。酔ってないどころか、かなりはっきりしてる。自分でも驚くくらい」

 今度はユーリから重ねてくる。それにまた軽く答えて「ねぇ、ユーリ」と頬を両手で包んだ。

前世まえから思ってたんだ。ボクを抱く時も、そして今の僕を抱く時だって、ユーリは辛そうに見えた。最初は、そんなに不満ならなんで抱くんだって思ってた」
「……」

 ユーリの整った顔が歪む。

「ね、ユーリ。僕は……」

 言葉が詰まる。けれど、もう前みたいに言えないわけじゃない。怖くもない。

「ユーリが好きだ。押しつけるみたいになって、ごめん」

 あぁ、上手く笑えてるかな。泣かないよう、なるべくなら、気丈に。

「リヒト……」

 僕を見つめる目が、微かに不安で揺れている。
 その時間はどれくらい続いたのか。いや、実際には二分も経っていなかったと思う。
 ユーリが腰に手を回してきて、抱きしめる。その手は、あいつらを飛ばした手と同じとは思えないくらいに震えていて、頼りなかった。

「あまり出来のよくなかったオレは、いてもいなくても同じみたいなもんでさ。第二王子だったし。そうは思っていないやつだって、まぁ、いたはいたけど、大多数のやつらは、オレを目の上のたんこぶみたいに思ってた」

 僕もユーリの背中に手を回し「うん」と小さく頷いた。

「そんな時だった。神託か何か知らないけど、力を授けられて、さぁ魔王を倒してこいって言われたんだ」
「そこでボクと会ったわけだ?」
「あの日、城から抜け出したんだ。神官どもが口を揃えて“第一王子でなくてよかったですね”って言うもんだからさ」
「そんなの……」

 酷い、あんまりだ。
 もし魔王様に負けても、それはそれでよかったとでも言うのだろうか。

「なんか、どうでもよくなってさ。オレの人生、今までもこれからも、生き残ってもきっと自由には生きられない。誰もオレを見てはくれない」
「ユーリ……」
「だから、嬉しかった。この人は、リヒトはオレを見て、オレを探して、オレを求めてくれてるって思って。例えそれが、オレを殺すためだとしても」

 ユーリが抱きしめていた手を緩め、背中に回していた僕の腕をそっと引き剥がした。

「けれど魔王がいる限り、リヒトはオレの元には来ない。もし来たとして、元四天王なんて認められるはずがない。オレが魔王を倒せば、リヒトはオレのとこに来るし、認めさせられるって思ったんだ」
「なんだよ、それ……」

 呆れてものも言えない。それはユーリも同じなのか「だよね」と辛そうに笑った。

「好きだって伝えていればいいと、あの時はずっと思ってた。でも年を取るオレと、全く変わらないリヒトを改めて見た時、この限られた時間じゃ、到底伝わらないと感じた。だから俺は、リヒトのいるここに、転生してきたんだ。同じ時間を生きて、また、好きだって伝えたくて……」

 同じ時間を生きたい。それは僕だって同じだ。
 だから僕は、言葉の代わりにユーリの唇にまた自分のを重ね「ユーリ」と名前を呼んだ。

「好きだよ。これが僕の、何者にも縛られなくなった僕の、気持ち。ユーリは……?」
「……リヒト」

 優しく肩を押され、身体がベッドに沈んでいく。そうして見上げた視線の先、僕と同じような、目に欲を潜ませたユーリが、僕を静かに見下ろしていた。
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