【本編完結済】前世の英雄(ストーカー)が今世でも後輩(ストーカー)な件。

とかげになりたい僕

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第一部

素直になれない

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 カサ、カサ、と何かビニールが擦れるような音で、僕はまた目を覚ました。ゴミが溜まってたからゴキブリでも出たかな。ちゃんと掃除しておけばよかった。
 って……。

「ゴキブリ!? いっ!」

 勢いよく身体を起こしてから、また腰に走った痛みに悶絶した。

「あ」

 声が聞こえてそちらを見れば、ユーリがいそいそと部屋の掃除をしている。隅に固められた燃えるゴミの袋と、プラゴミの袋。それから床掃除もしてくれたのか、心なしか床は輝いているように見えた。

「……何、してるの」
「何って、掃除?」
「見ればわかる。なんでお前が僕の家の掃除をしてるんだって聞いてるんだ」

 腰の痛みに耐えつつユーリを睨む。本当はもっと違うことを言いたいし、言わなきゃいけないことなんて山ほどあるのに、やっぱり僕の口からは可愛くない言葉しか出ない。
 最悪だ。
 自己嫌悪に陥ってまた泣きそうになるのをぐっと堪えて、僕は下着だけでも着ようと部屋を見回した。

「……僕の服、ないんだけど」

 昨夜のことなど覚えてないが、いつもの調子ならその辺りに脱ぎ捨ててあるはず。そう思ったのが、服も、下着も、そういえば食べ残したお弁当もない。

「あぁ。ちょっとコインランドリー行って乾燥させてきました。そこの袋に入ったままだから、畳むなり仕舞うなりするといいですよ」

 そこ、と指差した先には、燃えるゴミの袋が口を開けたままで置かれている。僕はなるべく身体を見せないよう、布団をミノムシみたいに巻きつけ、そうして袋を手繰り寄せて中を見る。乾燥されたばかりの暖かい衣類が入っていて、僕は思わず「あったかい……」と吐息とともに口にした。

「それから、昨日の弁当は俺が食べたんで、代わりにコンビニ行って適当に買ってきました。冷蔵庫に入れといたんで、気が向いたら食べてください」
「うん……」

 どうしよう、すごく嬉しい。
 折角乾燥してくれた衣類が濡れるのも構わずに、僕は涙を隠すように袋に頭を突っ込んだ。
 掃除を終えたのか、ユーリが手を軽く水で洗ってから「リヒト」とシンクにもたれかかったまま声をかけてきた。

「……昨日のこと、覚えてる?」

 どうする、正直に言う?
 ごめん、覚えてないって?
 嘘をつく?
 覚えてるよ、当たり前だろって?
 どっちを言っても、その先のユーリの答えが怖い。

「……ごめん。その、覚えてない」
「そう」

 ユーリが悲しそうに目を伏せた。
 しまった、と思って「ユーリ」と言いかけた時だ。

「昨日のリヒト、ずっと喘ぎっぱなしで可愛かったよ。俺のを咥えて離さないくらいずっとよがっててさ」
「何、それ……」

 そんな恥ずかしいことになっていたなんて。
 僕は耳まで赤くなるのを自覚しながら、涙目で衣類をひとつ手に取ってユーリに投げつけた。

「そんなことを言いたいならもう出ていってくれ! お前はいつだってそうだ、僕の嫌がるようなことばかり……。僕の気も、知らないで……っ」

 そこからはもうユーリの顔なんて見れなかった。
 無言で扉が閉まる音がして、本当に出ていってしまったのだとわかった瞬間、とめどなく涙が零れてくる。
 あれほど暖かった衣類も、僕の嗚咽と涙ですっかり冷めてしまった。
 そうして泣いて、だいぶん落ち着いてきた頃に、僕はやっと服を着ようと下着を袋から引っ張り出した。

「服……、あとご飯……」

 冷蔵庫に入ってるって言ってたっけ。
 僕はよろよろと立ち上がり、力の入らない手で冷蔵庫をそっと開けた。

「なん……で……っ」

 そこにはおにぎりが何個かと、サラダ、それにお茶のペットボトルが何本か。そして、小さなメモのついたプリンがひとつ、入っていた。

『ごめん。無理させた。ゆっくり休んで』

 そのメモを手にして、僕はまたズルズルと座り込んだ。

「ユーリ……っ、うう、うわあぁぁ……っ」

 僕もきちんと言おう。
 ユーリに恋人がいても構わない。きちんと言って、自分の気持ちにお別れしよう。
 冷蔵庫を開けたままでおにぎりをひとつ取って、僕は泣きながらそれを胃に押し込んだ。
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