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第一部
いつかの時みたいな
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四月の下旬から五月の上旬にかけて、今年は最長の十連休だそうだ。世の働く人はそのほとんどが休みに入り、もちろん学校も休みになる。
その中、飲食店は搔き入れ時のため、休み返上覚悟で働いている。それは僕もそうで、居酒屋、コンビニ、さらに連休中のみの短期バイトも入れて、毎日が目まぐるしく進んでいった。
「……はぁ」
それは連休最後の日だ。居酒屋のバイト中、ちょっと客足が途切れたタイミングでため息が出てしまった。
「リッちゃん、浮かない顔してる。どったの?」
注文を取り終えたスイに言われ、僕は慌てて顔を上げると「なんでもないよ」と苦笑いをした。
「そ? ならいいんだけどさ。やっぱあれ? 大学三年て忙しい?」
「忙しい……、忙しいかなぁ……」
卒論のことを考えたり、就活もあるし、まぁ単位は余裕があるから大丈夫だとは思うけど……。これに加えてバイトもしているから、確かに忙しいといえば忙しいのかもしれない。
厨房から料理を出してきた店長が「ははっ」と歯を見せて笑い、
「こいつ、恋人のことで悩んでんだよ。そうだろ?」
と当たらずとも遠からずなことを言う。スイが「本当!?」と目を光らせるのを「料理を運ぼうよ」と困ったように笑い、半ば話を無理やり終わらせた。
あれから、ユーリとは会えていない。
大学もないし、バイトもあったし、というか連絡先すら知らなくないか? 今さらそれに気づいて、僕は「はぁ」とまたため息を零す。
「ほれ、リヒト。お客さん来てるぞ。出迎え行ってこい」
店長に肩を押され、僕は暖簾をくぐってきたお客さんを迎えるために出入口へと向かう。
「いらっしゃい、ま、せ……」
いつかのように、ユーリが佇んでいる。僕は会えた嬉しさと、逃げた罪悪感から、上手く言葉を発することが出来なくなってしまう。
そんな僕に呆れたのか、ユーリは困ったように頭を掻いてから、
「混んでるなら、帰ります」
と背中を向けた。
ここで引き止めないと、もうユーリに会えなくなりそうで、僕は仕事中だというのも忘れ「待って」と袖を慌てて掴んだ。
「空いてる。空いてるから。だから、その、えっと……」
いつもなんて言ってたっけ。お一人様への席の案内って、どうしてたっけ。
それ以上続けられない僕を見て、ユーリはふ、と優しく微笑んでから、隣を通り過ぎてカウンターへと着いた。
「注文、頼めますか?」
「あ、あぁうん、大丈夫」
弾かれたように僕は動き出し、あの時みたいに注文を取っていく。
ここで気持ちを伝えてしまう? いや、また気まずくなるのは嫌だ。そんなことを考えながら厨房へオーダーを通す。
注文を眺めていた店長が「リヒト」とドリンクを運ぼうとしていた僕を呼び止めた。
「は、はい」
「今日はもうちょっとしたら上がっていいぞ」
「え?」
何かやらかしたのかな。
でもお皿を割ったわけでもないし、注文間違いをしたわけでもない。皆目見当もつかず、難しい顔で頭を捻る。
「来てんだろ、あいつ。顔見りゃわかる」
それだけ言って、店長はまた厨房へ引っ込んでしまう。僕は手に持ったドリンクを急いでテーブルへ運んでから、ユーリから受けたウーロン茶をグラスに注いだ。
カウンターへ座るユーリの前に、グラスを少し乱暴に置く。ユーリが見上げてくる。僕が何を言うのか待っているようだった。
「……もう少ししたら、上がれるから」
「そう」
一言で返されて、僕はその先を一瞬言えなくなる。けれどすぐに「だから」と絞り出すよう続けた。
「待っててくれないか。話したいことがあるんだ」
「そう」
これ以上ユーリを見るのが怖くて、僕は何も言わずに背中を向けた。
ユーリが料理を食べ終える頃を見計らって、店長が「お疲れさん」と声をかけてくれた。僕はお礼もそこそこに裏手から一旦出ると、出入口から入り直し、ユーリに「お待たせ」とだけ言って先に外へ出た。
スマフォで時間を見れば、今はまだ夜の九時。いや、もう九時かもしれない。
「話って、何」
出てきたユーリに声をかけられ、僕は返事もそこそこに帰路へとつく。少し後ろを黙ってついてくるユーリは、今一体、どんな顔をしているのだろう。
まるで恋人が別れ話を切り出す直前のような、なんともいえない空気の中、僕は夜ご飯の安い弁当でも買うかと、閉店間際のスーパーに入っていった。
その中、飲食店は搔き入れ時のため、休み返上覚悟で働いている。それは僕もそうで、居酒屋、コンビニ、さらに連休中のみの短期バイトも入れて、毎日が目まぐるしく進んでいった。
「……はぁ」
それは連休最後の日だ。居酒屋のバイト中、ちょっと客足が途切れたタイミングでため息が出てしまった。
「リッちゃん、浮かない顔してる。どったの?」
注文を取り終えたスイに言われ、僕は慌てて顔を上げると「なんでもないよ」と苦笑いをした。
「そ? ならいいんだけどさ。やっぱあれ? 大学三年て忙しい?」
「忙しい……、忙しいかなぁ……」
卒論のことを考えたり、就活もあるし、まぁ単位は余裕があるから大丈夫だとは思うけど……。これに加えてバイトもしているから、確かに忙しいといえば忙しいのかもしれない。
厨房から料理を出してきた店長が「ははっ」と歯を見せて笑い、
「こいつ、恋人のことで悩んでんだよ。そうだろ?」
と当たらずとも遠からずなことを言う。スイが「本当!?」と目を光らせるのを「料理を運ぼうよ」と困ったように笑い、半ば話を無理やり終わらせた。
あれから、ユーリとは会えていない。
大学もないし、バイトもあったし、というか連絡先すら知らなくないか? 今さらそれに気づいて、僕は「はぁ」とまたため息を零す。
「ほれ、リヒト。お客さん来てるぞ。出迎え行ってこい」
店長に肩を押され、僕は暖簾をくぐってきたお客さんを迎えるために出入口へと向かう。
「いらっしゃい、ま、せ……」
いつかのように、ユーリが佇んでいる。僕は会えた嬉しさと、逃げた罪悪感から、上手く言葉を発することが出来なくなってしまう。
そんな僕に呆れたのか、ユーリは困ったように頭を掻いてから、
「混んでるなら、帰ります」
と背中を向けた。
ここで引き止めないと、もうユーリに会えなくなりそうで、僕は仕事中だというのも忘れ「待って」と袖を慌てて掴んだ。
「空いてる。空いてるから。だから、その、えっと……」
いつもなんて言ってたっけ。お一人様への席の案内って、どうしてたっけ。
それ以上続けられない僕を見て、ユーリはふ、と優しく微笑んでから、隣を通り過ぎてカウンターへと着いた。
「注文、頼めますか?」
「あ、あぁうん、大丈夫」
弾かれたように僕は動き出し、あの時みたいに注文を取っていく。
ここで気持ちを伝えてしまう? いや、また気まずくなるのは嫌だ。そんなことを考えながら厨房へオーダーを通す。
注文を眺めていた店長が「リヒト」とドリンクを運ぼうとしていた僕を呼び止めた。
「は、はい」
「今日はもうちょっとしたら上がっていいぞ」
「え?」
何かやらかしたのかな。
でもお皿を割ったわけでもないし、注文間違いをしたわけでもない。皆目見当もつかず、難しい顔で頭を捻る。
「来てんだろ、あいつ。顔見りゃわかる」
それだけ言って、店長はまた厨房へ引っ込んでしまう。僕は手に持ったドリンクを急いでテーブルへ運んでから、ユーリから受けたウーロン茶をグラスに注いだ。
カウンターへ座るユーリの前に、グラスを少し乱暴に置く。ユーリが見上げてくる。僕が何を言うのか待っているようだった。
「……もう少ししたら、上がれるから」
「そう」
一言で返されて、僕はその先を一瞬言えなくなる。けれどすぐに「だから」と絞り出すよう続けた。
「待っててくれないか。話したいことがあるんだ」
「そう」
これ以上ユーリを見るのが怖くて、僕は何も言わずに背中を向けた。
ユーリが料理を食べ終える頃を見計らって、店長が「お疲れさん」と声をかけてくれた。僕はお礼もそこそこに裏手から一旦出ると、出入口から入り直し、ユーリに「お待たせ」とだけ言って先に外へ出た。
スマフォで時間を見れば、今はまだ夜の九時。いや、もう九時かもしれない。
「話って、何」
出てきたユーリに声をかけられ、僕は返事もそこそこに帰路へとつく。少し後ろを黙ってついてくるユーリは、今一体、どんな顔をしているのだろう。
まるで恋人が別れ話を切り出す直前のような、なんともいえない空気の中、僕は夜ご飯の安い弁当でも買うかと、閉店間際のスーパーに入っていった。
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