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三月
下獄 嬢
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体育館には椅子がずらりと並べられていた。前のほうが三年生で、後ろのほうが一年生。では二年生はどこかといえば、二階で高見の見物、いや見学というわけだ。
二階へ続く階段へ向かっていると「護先輩!」と人懐っこい声が後ろから聞こえてきた。仕方なしに振り返れば、一年生の最後尾に座っていたらしい下獄が、微かに息を切らせながら駆け寄ってきた。
「よ、下獄」
「はい、おはようございます!」
蕩けそうな笑顔を見せてくるが、正直ガチムチ体型の野郎にやられて嬉しいことではない。その逞しい筋肉はとても羨ましいけど。つい自分の、特に割れてもない腹を思い浮かべ、自嘲した笑みが浮かんだ。
「先輩? ウチ、何かしましたか?」
「あ、いや、何もないよ」
しまったしまった。
俺は取り繕うように苦笑いして「下獄は」と話を続ける。
「一番後ろの席なんだな。大丈夫か? 見えるか?」
この身長なら最後尾でも当然だとは思うのだが、そこには触れずに聞いてみる。下獄は「それはですね!」と元気に答え、
「ウチが真ん中だと、周囲に誰が座るかで揉めちゃうので、それなら一番後ろでいいですってウチから言ったんです!」
と最後尾にある空いた椅子を示した。
確かによく見れば、最後尾は最後尾でも、周囲とは微妙に距離が空いている。人気者も大変なんだなと、感心と呆れが入り混じった複雑な気持ちで眺めていると「それに」と下獄が俺の手を取った。
「後ろにいれば、護先輩が来てもわかるかなって思って……」
「痛い痛い痛い。ちょっと、力、力強すぎ」
みしみしと骨の軋む音が聞こえた気がして、俺は離すよう下獄に促した。すみませんと言いながらも離す気はないようで、若干握る力が弱まったものの手は取ったままだ。
これでは早く二階に行きたくとも行けないではないか。さてどうするかと考えていると、倉庫の扉がガタンと音を立てて揺れた。ビクリと肩を震わせる俺とは反対に、下獄はむしろ嬉しそうに笑みを深くした。
「ね、護先輩」
「ん?」
「知ってます? 体育館倉庫の噂」
「いや……。知らない、けど」
知りたくもないが。つかあの倉庫、確か猫汰と牧地がいる倉庫だよな? 噂よりもそっちのほうが俺にとっては重要だ。
「体育館倉庫の噂、それはですね」
ガタン!
「卒業式の日に、想いを寄せる人と」
バタン!
「中にあるロッカーで」
ドゴン!
「……ちょっと煩いですね」
下獄は煩わしそうなため息をつくと、倉庫の前まで歩いていき、扉に右ストレートをぶちかました。べゴン! と扉の中央が凹んだ。
「ひっ」
そのあまりの強さに、思わず情けない悲鳴が漏れたが、今だけは恥も外聞もないだろう。
シン、と静まった扉に満足した下獄が「それでですね」とこちらを向いた時だ。凹んだ扉の隙間から、真っ黒な細長い手が、それこそ何本も出てきたのは。
「下獄!」
「へぁ?」
その手は後ろから下獄の口を塞ぎ、また別の手は、下獄の両手を後ろ手に縛りあげ、逃げられないように足を拘束した。
「んんん……!」
下獄が抵抗するように声を上げるも、少しざわつき始めた体育館では誰にも届かない。唯一現状を把握している俺はといえば、巻き込まれたくないので静観を決め込んでいる。
「んー!」
「すまんな、下獄。たぶん先生がなんとかしてくれるから」
「んん、んん……」
何を言っているのかわからんが、たぶん納得してくれただろう。
下獄を掴んだ無数の手は、そのままずるずると下獄を引きずっていき、倉庫内へと下獄を引き入れていく。一瞬だけ開いた扉の奥に、ゲーム内でよく見るような暗黒空間が広がっていた気もしたが、俺は何も見なかったことにして二階へ上がっていった。
二階へ続く階段へ向かっていると「護先輩!」と人懐っこい声が後ろから聞こえてきた。仕方なしに振り返れば、一年生の最後尾に座っていたらしい下獄が、微かに息を切らせながら駆け寄ってきた。
「よ、下獄」
「はい、おはようございます!」
蕩けそうな笑顔を見せてくるが、正直ガチムチ体型の野郎にやられて嬉しいことではない。その逞しい筋肉はとても羨ましいけど。つい自分の、特に割れてもない腹を思い浮かべ、自嘲した笑みが浮かんだ。
「先輩? ウチ、何かしましたか?」
「あ、いや、何もないよ」
しまったしまった。
俺は取り繕うように苦笑いして「下獄は」と話を続ける。
「一番後ろの席なんだな。大丈夫か? 見えるか?」
この身長なら最後尾でも当然だとは思うのだが、そこには触れずに聞いてみる。下獄は「それはですね!」と元気に答え、
「ウチが真ん中だと、周囲に誰が座るかで揉めちゃうので、それなら一番後ろでいいですってウチから言ったんです!」
と最後尾にある空いた椅子を示した。
確かによく見れば、最後尾は最後尾でも、周囲とは微妙に距離が空いている。人気者も大変なんだなと、感心と呆れが入り混じった複雑な気持ちで眺めていると「それに」と下獄が俺の手を取った。
「後ろにいれば、護先輩が来てもわかるかなって思って……」
「痛い痛い痛い。ちょっと、力、力強すぎ」
みしみしと骨の軋む音が聞こえた気がして、俺は離すよう下獄に促した。すみませんと言いながらも離す気はないようで、若干握る力が弱まったものの手は取ったままだ。
これでは早く二階に行きたくとも行けないではないか。さてどうするかと考えていると、倉庫の扉がガタンと音を立てて揺れた。ビクリと肩を震わせる俺とは反対に、下獄はむしろ嬉しそうに笑みを深くした。
「ね、護先輩」
「ん?」
「知ってます? 体育館倉庫の噂」
「いや……。知らない、けど」
知りたくもないが。つかあの倉庫、確か猫汰と牧地がいる倉庫だよな? 噂よりもそっちのほうが俺にとっては重要だ。
「体育館倉庫の噂、それはですね」
ガタン!
「卒業式の日に、想いを寄せる人と」
バタン!
「中にあるロッカーで」
ドゴン!
「……ちょっと煩いですね」
下獄は煩わしそうなため息をつくと、倉庫の前まで歩いていき、扉に右ストレートをぶちかました。べゴン! と扉の中央が凹んだ。
「ひっ」
そのあまりの強さに、思わず情けない悲鳴が漏れたが、今だけは恥も外聞もないだろう。
シン、と静まった扉に満足した下獄が「それでですね」とこちらを向いた時だ。凹んだ扉の隙間から、真っ黒な細長い手が、それこそ何本も出てきたのは。
「下獄!」
「へぁ?」
その手は後ろから下獄の口を塞ぎ、また別の手は、下獄の両手を後ろ手に縛りあげ、逃げられないように足を拘束した。
「んんん……!」
下獄が抵抗するように声を上げるも、少しざわつき始めた体育館では誰にも届かない。唯一現状を把握している俺はといえば、巻き込まれたくないので静観を決め込んでいる。
「んー!」
「すまんな、下獄。たぶん先生がなんとかしてくれるから」
「んん、んん……」
何を言っているのかわからんが、たぶん納得してくれただろう。
下獄を掴んだ無数の手は、そのままずるずると下獄を引きずっていき、倉庫内へと下獄を引き入れていく。一瞬だけ開いた扉の奥に、ゲーム内でよく見るような暗黒空間が広がっていた気もしたが、俺は何も見なかったことにして二階へ上がっていった。
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