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三月

太刀根 攻

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 三月一日。
 桜の花びらが舞う道を、いつも通りに登校する。いつもと違うところといえば、今日が卒業式ということぐらいか。
 三年生だけ式に出ればいいのにと思わなくもないが、そういうわけにもいかない。何より、俺には生徒会の仕事という名の雑務がある。特になんの打ち合わせもしてないが、まぁ、なんとかなるだろう。

「あ! 護!」

 約束したわけではないのだが、校門前で待っていた太刀根と合流する。なぜか太刀根は、全裸にマワシだけをつけた状態で仁王立ちしていた。
 マワシって知ってるか? そう、お相撲さんがつけているあれだ。なんでつけてるのか? 知るか。

「護、おはよ!」

 無視して通り過ぎようとしたのに、太刀根は俺が聞こえてないとでも思ったのか、もう一度呼んできやがった。もちろん返事するはずもなく、俺は黙って校門をくぐり抜けた。

「護!」

 後ろから小走りに駆け寄ってきた太刀根が、先に行かせまいと俺の前に立ち塞がった。俺は明らかに嫌そうな顔でため息をついたのだが、太刀根は構うことなく、満面の笑顔を浮かべた。

「なぁ、護。ちょっと話があるんだ」
「俺はない」
「ちょっとでいいからさ。さきっちょだけでいいから」
「同意がない限り少しでも犯罪は犯罪なんだよ。わかったら早くどけ、遅刻するだろ」

 太刀根をよけるように横にずれて、俺はまた歩き出した。少し早めに家を出たから余裕があるとはいえ、こんなところでエセ相撲野郎と話す時間は惜しい。
 若干早足で歩く俺の背に、それでも太刀根が「護!」と半ば叫ぶようにして名前を呼んでくる。誰が止まるかと、振り返ることもせずに歩き続けようとし、

「俺さ、俺、護には感謝してるんだ!」
「は?」

 つい足が止まってしまった。

会長あいつに……、壱に俺が負けた時。何もかもを、それこそ自分の尊厳さえも失くした俺に、護は言ってくれたよな? 緩いほうが好きだって」
「言ってない。断じて“俺”は言ってない」
「その言葉に俺は救われたし、俺はまた生きる希望を見出したんだ。それで俺、その時に、護……、お前を」

 キーンコーン――
 予鈴だ。やばい。早いとこ教室に向かわないと。

「じゃ、太刀根。俺先に教室向かうわ。お前も、ほら、あれだ。早く着替えてこいよ?」
「大丈夫だ、護。牧地に“護と肌と肌のぶつかり合いするから遅れる”って伝えてあるから」
「全然大丈夫じゃねぇよ! むしろ卒業式にナニやってんだ!」
「肌と肌のぶつかり合いといえば、相撲だろ? ほら、護の分のマワシもあるから」

 どうやって仕舞っていたのか、太刀根は自身のマワシから、新品未使用のマワシを出してきて俺に差し出してきやがった。

「護、初めては恥ずかしいと思うけど、俺がついてるからさ」
「誰がするか!」
「ああっ、護!」

 太刀根の手からマワシをぶんどると、俺はそれを校門の外に向かって投げつけた。慌ててマワシを取りに行く太刀根を放っといて、俺は急いで校舎へ向かっていく。
 背後では、風紀委員が校門を閉める音が響いていた。
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