177 / 190
二月
涙の防災訓練、今からお前を追放する!? その10
しおりを挟む
「……なぁ」
静かになった林に、俺の声だけが響き渡る。ラスは「なーにー?」と跳ねて俺のほうを向き直った。
「お前の願いって、何よ」
結構真剣に聞いたつもりだが、ラスにはあまり伝わっていなかったらしく、会った時と変わらぬ笑い声を出しながら、
「にんげんとすむことだってばー。さいしょにいったよー?」
と首を捻るように身体を左右にふるふると揺らした。
「引っかかってたんだよ。家族、いや仲間がいるなら、仲間と一緒に住めばいいだろ。なのになんでわざわざ人間と住みたがるのかって」
「そ、それは……」
「本当は家族も仲間もいないんだろ? 自分たちは弱いって言ってたもんな」
俺の言葉にラスは黙り込み、震わせていた身体もぴたりと止まった。俯いているつもりなのか、目線はずっと地面を見たままだ。
「……一緒に来るか?」
ラスが、そうっと視線を上げる。おどおどするように見開かれた目は(元から丸いけど)、俺には“いいの?”と言っているように見えた。
あーあ。こういう小動物みたいな目、本当苦手なんだよなぁ。
「ま、どうやって一緒に連れてけばいいかなんて知らねぇんだけど」
そう苦笑いしてやれば、ラスはやっと笑って、
「ちゃんとかんがえてよ、にーとにき!」
といつもみたいに元気に跳ねた。
母さんにはなんて言おうとか、こんな変な生き物飼って大丈夫かとか考えなくもないが、そもそも牡蠣が話す世界なのだ。ラスみたいなのが一人二人、いや二匹に増えたところで構いやしないだろう。
「ん、なんだ? なんか空が……」
突然空が光りだし、その眩しさに目を細めていると、その光は凝縮されていき、小さな、手の平サイズの男になった。虹色の羽根を生やしたそれは、一見すれば妖精に見えなくもないが、ふかしたタバコがその幻想を全否定している。
「誰!?」
「まーったく。困るんだよねぇ。ポンポンポンポン世界を移動されちゃあさ」
状況が飲み込めず、俺は、俺の手の平にちょこんと降り立ったソイツと、丸い目をさらに丸くするラスを交互に見る。ラスが「よーせーさん?」と首、いや身体を傾げるのに、ソイツが「あん?」と睨み返した。
「さ、帰るぞ。用意しろ、よししたな? 行くぞ」
「ま、待ってくれ」
ソイツが指先から小さな光の玉を出現させる。それを制して、俺は代わりにラスを指差した。この際コイツがナニなのか、もうどうでもいい。
「こいつは? ラスは連れてけないのか?」
頼むよ、と片手で拝むように懇願するも、
「無理に決まってんだろ。世界移動舐めてんのか?」
と口悪く罵ってきた。俺は必死にラスをもう片手で引っ掴みソイツにぐいと近づける。
「ちゃんと面倒見るから!」
「お、おさんぽひとりでできるよ!」
「意思疎通も出来るし!」
「まいごにもならないようにする!」
「ほら、もっと自分をアピールするんだ!」
「ええっと、ええっと……」
捨て犬を拾った時の、子供みたいなことをしていると自分でも思う。でもさ、見捨てられないんだよな。あんなに俺を馬鹿にしてきたのに。
でも俺とラスの訴えも虚しく、ソイツは「うっせぇなぁ」と至極面倒くさそうに耳を小指でほじり、ふっと息を吹きかけた。
「おら、諦めろ」
「……」
ラスを見る。大きな目からは、今にも涙が零れそうだった。
「ラス……」
「いいよ。ありがとう、にーとにき」
「ラス……!」
ソイツが指先から光を出現させる。それは大きな玉になっていくと、みるみるうちに俺を包み込んでいく。
それに呑まれまいと、ラスがぴょこんと俺の手から降りた。笑顔になったラスの目から、ぽろりと涙が零れた。
「ばいばい、まもるおにいさん」
「ラス!」
世界が、違うから?
それだけの理由で、悲しそうな顔をするあいつを置いてくのか?
家族も仲間もいない場所に?
そんなの、そんなもの。
「させるかよ! ラス! 自分しかいない世界なら、そんな淋しい場所なら、捨てちまえ!」
「おにいさん……!」
ラスの声が聞こえ――
「あ? なんだお前、そうか、あいつの……」
舌打ちと共にあの男の声が遠くに響いた――
そして光が収まった時、俺は家の前に突っ立っていた。
「帰って、きた、のか……」
見慣れた家。振り返れば、会長の住む立派なマンションがそびえ立っている。
「わー! ここがにーとにきのせかい?」
「んんん!?」
声に釣られて足元を見れば、なんとラスが嬉しそうに跳ねていた。
「なんでお前がここにいんだよ」
「なんかね。ひかりがぱーっとなって、ぱぱぱーってなったら、ここのまえにいた」
「意味わかんね……」
とりあえず玄関の扉を開ける。すると待ち構えていたように、牡蠣が「おかえりー」と出迎えてくれた。それに「ただいま」といつも通り返してから、靴を脱いで揃える。
と、そこで気づいた。ラスが驚いたように、目も口もあんぐりと開いたまま、俺を、いや牡蠣を見つめている。
「にいちゃん!」
「ん? もしかしてラスか? 久しぶりだなぁ」
ニイチャン?
俺は顔が引きつるのを感じながらも、なんとか笑顔を張りつけた。
「ラス。家族も仲間もいないんじゃなかったのか?」
「いるよ? いないなんていってないもーん」
「なんだマモル、早とちりしたのかよ! 馬鹿だなぁ!」
楽しげに、ケタケタと笑う二匹。俺は無言で、鞄を重力に任せて落としてやった。もちろん母さんからは怒られた。
静かになった林に、俺の声だけが響き渡る。ラスは「なーにー?」と跳ねて俺のほうを向き直った。
「お前の願いって、何よ」
結構真剣に聞いたつもりだが、ラスにはあまり伝わっていなかったらしく、会った時と変わらぬ笑い声を出しながら、
「にんげんとすむことだってばー。さいしょにいったよー?」
と首を捻るように身体を左右にふるふると揺らした。
「引っかかってたんだよ。家族、いや仲間がいるなら、仲間と一緒に住めばいいだろ。なのになんでわざわざ人間と住みたがるのかって」
「そ、それは……」
「本当は家族も仲間もいないんだろ? 自分たちは弱いって言ってたもんな」
俺の言葉にラスは黙り込み、震わせていた身体もぴたりと止まった。俯いているつもりなのか、目線はずっと地面を見たままだ。
「……一緒に来るか?」
ラスが、そうっと視線を上げる。おどおどするように見開かれた目は(元から丸いけど)、俺には“いいの?”と言っているように見えた。
あーあ。こういう小動物みたいな目、本当苦手なんだよなぁ。
「ま、どうやって一緒に連れてけばいいかなんて知らねぇんだけど」
そう苦笑いしてやれば、ラスはやっと笑って、
「ちゃんとかんがえてよ、にーとにき!」
といつもみたいに元気に跳ねた。
母さんにはなんて言おうとか、こんな変な生き物飼って大丈夫かとか考えなくもないが、そもそも牡蠣が話す世界なのだ。ラスみたいなのが一人二人、いや二匹に増えたところで構いやしないだろう。
「ん、なんだ? なんか空が……」
突然空が光りだし、その眩しさに目を細めていると、その光は凝縮されていき、小さな、手の平サイズの男になった。虹色の羽根を生やしたそれは、一見すれば妖精に見えなくもないが、ふかしたタバコがその幻想を全否定している。
「誰!?」
「まーったく。困るんだよねぇ。ポンポンポンポン世界を移動されちゃあさ」
状況が飲み込めず、俺は、俺の手の平にちょこんと降り立ったソイツと、丸い目をさらに丸くするラスを交互に見る。ラスが「よーせーさん?」と首、いや身体を傾げるのに、ソイツが「あん?」と睨み返した。
「さ、帰るぞ。用意しろ、よししたな? 行くぞ」
「ま、待ってくれ」
ソイツが指先から小さな光の玉を出現させる。それを制して、俺は代わりにラスを指差した。この際コイツがナニなのか、もうどうでもいい。
「こいつは? ラスは連れてけないのか?」
頼むよ、と片手で拝むように懇願するも、
「無理に決まってんだろ。世界移動舐めてんのか?」
と口悪く罵ってきた。俺は必死にラスをもう片手で引っ掴みソイツにぐいと近づける。
「ちゃんと面倒見るから!」
「お、おさんぽひとりでできるよ!」
「意思疎通も出来るし!」
「まいごにもならないようにする!」
「ほら、もっと自分をアピールするんだ!」
「ええっと、ええっと……」
捨て犬を拾った時の、子供みたいなことをしていると自分でも思う。でもさ、見捨てられないんだよな。あんなに俺を馬鹿にしてきたのに。
でも俺とラスの訴えも虚しく、ソイツは「うっせぇなぁ」と至極面倒くさそうに耳を小指でほじり、ふっと息を吹きかけた。
「おら、諦めろ」
「……」
ラスを見る。大きな目からは、今にも涙が零れそうだった。
「ラス……」
「いいよ。ありがとう、にーとにき」
「ラス……!」
ソイツが指先から光を出現させる。それは大きな玉になっていくと、みるみるうちに俺を包み込んでいく。
それに呑まれまいと、ラスがぴょこんと俺の手から降りた。笑顔になったラスの目から、ぽろりと涙が零れた。
「ばいばい、まもるおにいさん」
「ラス!」
世界が、違うから?
それだけの理由で、悲しそうな顔をするあいつを置いてくのか?
家族も仲間もいない場所に?
そんなの、そんなもの。
「させるかよ! ラス! 自分しかいない世界なら、そんな淋しい場所なら、捨てちまえ!」
「おにいさん……!」
ラスの声が聞こえ――
「あ? なんだお前、そうか、あいつの……」
舌打ちと共にあの男の声が遠くに響いた――
そして光が収まった時、俺は家の前に突っ立っていた。
「帰って、きた、のか……」
見慣れた家。振り返れば、会長の住む立派なマンションがそびえ立っている。
「わー! ここがにーとにきのせかい?」
「んんん!?」
声に釣られて足元を見れば、なんとラスが嬉しそうに跳ねていた。
「なんでお前がここにいんだよ」
「なんかね。ひかりがぱーっとなって、ぱぱぱーってなったら、ここのまえにいた」
「意味わかんね……」
とりあえず玄関の扉を開ける。すると待ち構えていたように、牡蠣が「おかえりー」と出迎えてくれた。それに「ただいま」といつも通り返してから、靴を脱いで揃える。
と、そこで気づいた。ラスが驚いたように、目も口もあんぐりと開いたまま、俺を、いや牡蠣を見つめている。
「にいちゃん!」
「ん? もしかしてラスか? 久しぶりだなぁ」
ニイチャン?
俺は顔が引きつるのを感じながらも、なんとか笑顔を張りつけた。
「ラス。家族も仲間もいないんじゃなかったのか?」
「いるよ? いないなんていってないもーん」
「なんだマモル、早とちりしたのかよ! 馬鹿だなぁ!」
楽しげに、ケタケタと笑う二匹。俺は無言で、鞄を重力に任せて落としてやった。もちろん母さんからは怒られた。
0
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
愛無き子供は最強の神に愛される
神月るあ
ファンタジー
この街には、『鬽渦者(みかみもの)』という子供が存在する。この子供は生まれつき悪魔と契約している子供とされ、捨てられていた。13歳になった時の儀式で鬽渦者とされると、その子供を捨てる事で世界が救われる、としていたらしい。
捨てられた子供がどうなったかは誰も知らない。
そして、存在が生まれるのはランダムで、いつ生まれるかは全くもって不明らしい。
さて、捨てられた子供はどんな風に暮らしているのだろうか。
※四章からは百合要素、R13ぐらいの要素を含む話が多くなってきます。
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる