157 / 190
一月
大パニック!? 寒中マラソン大会 その7
しおりを挟む
益洲先輩に捕まった猫汰に別れを告げ、俺と太刀根は再び走り始めた。
芝生で遊んでいる子供たちの「がんばれー!」や「まけるなー!」などといった声援に、目頭に熱いものが込み上げる。これは負けてられないと心に誓い直し、俺は「ありがとよー!」と子供たちに手を振った。
その中に、いつか見たことのある黒髪が見えて、俺は「あ」と太刀根を放っといて脇に逸れた。
「愛ちゃん!」
名前を呼べばその女の子、人形愛ちゃんは、黒髪につけた牡丹の髪飾りを揺らしながら頭を下げてきた。
「あぁよかった、あの時の人ですね!」
変わらない可愛らしい笑顔を向け、愛ちゃんは「会えてよかった」と胸を撫で下ろした。夏に会った時は薄着で、それこそ、身体のラインがはっきりと見えていたが、今着ている少し厚手のセーターも、これはこれでもっふりしていて似合っている。
「でもなんで愛ちゃんが?」
「実は、四月から正式にデビューすることが決まりまして。私を応援してくれた貴方に、せめてお礼をと思ってたんです」
「お礼って……。俺は何もしてないよ」
夏。小さなブースで自分の写真集を売っていた愛ちゃんを思い出し、そして同時に俺は「あれ?」と疑問に思った。
「名前、俺言ってなかったよね?」
そうなのだ。
確か愛ちゃんに名前を言おうとした時、ちょうど会長に見つかってしまい、そのまま必死で逃げたはずだ。その後も、結局愛ちゃんとは会っていないし、もちろん雑誌や動画を見たことすらない。
頭を傾げる俺に、愛ちゃんは「それはですね」と自分の後ろに視線をやった。
「久しぶりでござるな」
「あれ、あんた……」
小太りの、いかにもオタクって感じの眼鏡野郎がいる。もちろん覚えてるさ。愛ちゃんを応援していて、俺が冊子を半強制的に買わせた奴だ。
「ええと、誰だっけ?」
「失礼でござるな、我が同胞よ。小田久道でござる」
「そうだった、そうだった。同胞になったつもりはないけど、まぁ久しぶり」
そういやそんな名前だったか。
「同胞のことは調べさせてもらったでござるよ。この学園の二年生で、複数人と関係があることも」
「ねぇよバカ。どこ情報よ」
反射でつい小田の腹をグーパンしてしまったが、分厚い脂肪の前には全く歯が立たなかった。
「それでこの時期、通例のマラソン大会で会えるのではと思い、ジブンが愛ちゃんに教えたでござるな」
「お前の情報源がどこか気にはなるけど、とりあえず礼は言っとくわ。サンキュな」
今度は礼の代わりに腹を軽く叩いてやった。やっぱり効かなかった。
「それでですね、お礼といってはなんですが、私に気づいた貴方にこれを」
そう言って、愛ちゃんは自分の首に下げていたネックレスを外し、それを俺に差し出してきた。
小さな笛(不審者撃退用の高音のあれだ)がついた、銀色の少しお洒落な感じのネックレス。
「え、いや、これって、でも、それはちょっと」
見た目はアレだが、仮にも笛だ。ということは、もしかして、もしかしなくても愛ちゃんと間接キスをすることに……!?
「あ! 安心してください! この笛、使うと崩れ去るタイプなので! まだ新品未使用です!」
「あー、うん、そっか、ありがと」
内心がっくりしたのを悟られないように笑ってみせ、俺はネックレスを首から下げた。ひやりとした感触が首から伝わって、少し汗ばんだ身体を冷やしてくれた。
「そろそろ行くわ。ありがとう、愛ちゃん」
「はい、頑張ってくださいね!」
「愛ちゃんも。無理はしないように」
嬉しそうに笑った愛ちゃんに背を向けて、少し先で待っていた太刀根に並んだ。その辺の自販機で買ったであろうスポーツドリンクを受け取って、それで喉を潤してから。
俺は最後のふんばりとばかりに、公園を駆け抜けた。
芝生で遊んでいる子供たちの「がんばれー!」や「まけるなー!」などといった声援に、目頭に熱いものが込み上げる。これは負けてられないと心に誓い直し、俺は「ありがとよー!」と子供たちに手を振った。
その中に、いつか見たことのある黒髪が見えて、俺は「あ」と太刀根を放っといて脇に逸れた。
「愛ちゃん!」
名前を呼べばその女の子、人形愛ちゃんは、黒髪につけた牡丹の髪飾りを揺らしながら頭を下げてきた。
「あぁよかった、あの時の人ですね!」
変わらない可愛らしい笑顔を向け、愛ちゃんは「会えてよかった」と胸を撫で下ろした。夏に会った時は薄着で、それこそ、身体のラインがはっきりと見えていたが、今着ている少し厚手のセーターも、これはこれでもっふりしていて似合っている。
「でもなんで愛ちゃんが?」
「実は、四月から正式にデビューすることが決まりまして。私を応援してくれた貴方に、せめてお礼をと思ってたんです」
「お礼って……。俺は何もしてないよ」
夏。小さなブースで自分の写真集を売っていた愛ちゃんを思い出し、そして同時に俺は「あれ?」と疑問に思った。
「名前、俺言ってなかったよね?」
そうなのだ。
確か愛ちゃんに名前を言おうとした時、ちょうど会長に見つかってしまい、そのまま必死で逃げたはずだ。その後も、結局愛ちゃんとは会っていないし、もちろん雑誌や動画を見たことすらない。
頭を傾げる俺に、愛ちゃんは「それはですね」と自分の後ろに視線をやった。
「久しぶりでござるな」
「あれ、あんた……」
小太りの、いかにもオタクって感じの眼鏡野郎がいる。もちろん覚えてるさ。愛ちゃんを応援していて、俺が冊子を半強制的に買わせた奴だ。
「ええと、誰だっけ?」
「失礼でござるな、我が同胞よ。小田久道でござる」
「そうだった、そうだった。同胞になったつもりはないけど、まぁ久しぶり」
そういやそんな名前だったか。
「同胞のことは調べさせてもらったでござるよ。この学園の二年生で、複数人と関係があることも」
「ねぇよバカ。どこ情報よ」
反射でつい小田の腹をグーパンしてしまったが、分厚い脂肪の前には全く歯が立たなかった。
「それでこの時期、通例のマラソン大会で会えるのではと思い、ジブンが愛ちゃんに教えたでござるな」
「お前の情報源がどこか気にはなるけど、とりあえず礼は言っとくわ。サンキュな」
今度は礼の代わりに腹を軽く叩いてやった。やっぱり効かなかった。
「それでですね、お礼といってはなんですが、私に気づいた貴方にこれを」
そう言って、愛ちゃんは自分の首に下げていたネックレスを外し、それを俺に差し出してきた。
小さな笛(不審者撃退用の高音のあれだ)がついた、銀色の少しお洒落な感じのネックレス。
「え、いや、これって、でも、それはちょっと」
見た目はアレだが、仮にも笛だ。ということは、もしかして、もしかしなくても愛ちゃんと間接キスをすることに……!?
「あ! 安心してください! この笛、使うと崩れ去るタイプなので! まだ新品未使用です!」
「あー、うん、そっか、ありがと」
内心がっくりしたのを悟られないように笑ってみせ、俺はネックレスを首から下げた。ひやりとした感触が首から伝わって、少し汗ばんだ身体を冷やしてくれた。
「そろそろ行くわ。ありがとう、愛ちゃん」
「はい、頑張ってくださいね!」
「愛ちゃんも。無理はしないように」
嬉しそうに笑った愛ちゃんに背を向けて、少し先で待っていた太刀根に並んだ。その辺の自販機で買ったであろうスポーツドリンクを受け取って、それで喉を潤してから。
俺は最後のふんばりとばかりに、公園を駆け抜けた。
0
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説

誰も要らないなら僕が貰いますが、よろしいでしょうか?
伊東 丘多
ファンタジー
ジャストキルでしか、手に入らないレアな石を取るために冒険します
小さな少年が、独自の方法でスキルアップをして強くなっていく。
そして、田舎の町から王都へ向かいます
登場人物の名前と色
グラン デディーリエ(義母の名字)
8才
若草色の髪 ブルーグリーンの目
アルフ 実父
アダマス 母
エンジュ ミライト
13才 グランの義理姉
桃色の髪 ブルーの瞳
ユーディア ミライト
17才 グランの義理姉
濃い赤紫の髪 ブルーの瞳
コンティ ミライト
7才 グランの義理の弟
フォンシル コンドーラル ベージュ
11才皇太子
ピーター サイマルト
近衛兵 皇太子付き
アダマゼイン 魔王
目が透明
ガーゼル 魔王の側近 女の子
ジャスパー
フロー 食堂宿の人
宝石の名前関係をもじってます。
色とかもあわせて。

【幸せスキル】は蜜の味 ハイハイしてたらレベルアップ
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアーリー
不慮な事故で死んでしまった僕は転生することになりました
今度は幸せになってほしいという事でチートな能力を神様から授った
まさかの転生という事でチートを駆使して暮らしていきたいと思います
ーーーー
間違い召喚3巻発売記念として投稿いたします
アーリーは間違い召喚と同じ時期に生まれた作品です
読んでいただけると嬉しいです
23話で一時終了となります
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。


屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる