137 / 190
十二月
七匹のオオカミと一人の人間、そして牡蠣? その12
しおりを挟む
白煙がたちこめる。俺は煙から顔を庇うように手をかざし、どうなったのか見ようと目を凝らす。
奥にうっすらと揺れる影が見え、額から冷や汗が零れ落ちた。
「やっぱ駄目か……」
煙が晴れてくる。その銀髪のラスボスは、マントで自身を守るように立っていた。マントは黒く焦げているが、本体にダメージは一切通っていない。
会長が「ほう……?」と楽しくて仕方がないとばかりに笑い、マントを床へと放った。床に落ちた瞬間にマントは炭になって崩れ、あの光の強さがよくわかる。
「護くん。キミがそれをどこから、どのように、どうやって手に入れたのか。全く気にならないわけではないが、それよりも今は喜ぼうではないか。やっと、このオレを楽しませるに足る相手が現れたことを!」
「いや、これ量販店で二千円で売ってたやつっすよ。会長んとこの技術力なら造れるんじゃないすかね」
第一、この被り物の性能については俺が一番驚いている。むしろ最初は脱ぎたかったくらいだ。
けれども会長は人の話を聞いておらず、高笑いをし続け、ひとしきり笑った後、やっと満足したのか俺を見てにやりとその口元を歪めた。悪寒からか、それとも戦慄からか、ぶるりと全身が震えた。
「さぁ護くん、始めようじゃあないか。オレがキミを手にするか、キミがオレを手にするのか、その天下分け目の闘いを!」
「そんなんで天下取りたくないっすわ!」
会長がダン! と強く床を蹴る。それは一瞬にして俺との距離(約十メートル)を詰め、俺の首元目掛けて手刀が薙ぎ払われた。
あ、これ駄目だわ、当た――
「マモル!」
脇に抱えていた牡蠣が叫んだ。
次の瞬間、俺は強い衝撃を食らい横に吹っ飛ぶ。そのまま床に倒れる。何が起こったのか確認しようと、なんとか身体を動かして顔を上げれば。
カラン、と牡蠣の殻(上か下かは知らん)が乾いた音を経てて床へと落ちたところだった。
「ほう、咄嗟に護くんを突き飛ばして助けるとは……。この牡蠣はどうやら普通ではないらしい」
そう言って会長は、左手に握りしめた牡蠣をゴリゴリと握り潰した。
「牡蠣!」
身から出た汁やら貝の破片やらが、混じり合って手から落ちていく。会長がその手を開くと、原型をほとんど留めていない牡蠣がべたりと床に落ちた。
「あ、あぁ……、おい、嘘だろ……」
声をかけてみるが、返事はない。それに俺は絶望を募らせていく。
会長がぐちゃぐちゃになった牡蠣を跨ぎ、未だ身体を動かしきれていない俺の襟元を掴み、そのまま無理やり立たせてきた。俺を見る翠の目が、まっすぐ俺を、俺だけを見つめてくる。
「はぁ……。やはり“キミ”も、今までと変わらないということか」
「会、長?」
なんだ、どういうことだ? なんで会長も、俺みたいに、何かを諦めたような目をしているんだ?
だけどそれを聞くより前に、何かが会長の頭に飛んできた。会長が「がはっ」と呻き声を漏らしながら手を離し、ぶつかってきた何かを鋭く睨みつける。
「マモル、大丈夫か?」
「お前、潰されたんじゃないのかよ!?」
それは牡蠣だった。
ぐちゃぐちゃになったはずだが、なぜか元の丸々とした牡蠣に戻っている。ちなみに貝殻はない。中身のあの状態のままだ。
「いやぁ、普段からママさんにお風呂入れてもらってたからさ。水分たっぷりだったわけ。それが搾り取られただけだからさ、安心していいぞ」
「なんだそりゃ」
心配して損した。牡蠣は身軽な身体(中身か?)で跳ねると、俺の肩に乗ってきた。さっきより幾分か軽く、ごつごつしてなくていい感じだ。
「くくっ……、そうか」
「げ、会長」
会長は頭から血を流しながら、しかしそれを構う素振りなんて見せずに「そういうことか」と何かを納得したように呟いている。
「ま、まだやるつもりっすか」
正直もうやりたくないんだが。
しかし会長は「いや」と胸ポケットからハンカチを取り出し、それで頭を押さえながら、
「興がそれた。護くん、キミがその先を求めるのなら行くといい。だが覚えておくといい。定めとは、かくも無慈悲で、無情だということを」
と壁に寄りかかり、そのまま会長はずるずると腰を下ろすと深く息を吐き出した。その顔はなんだか穏やかで、ともすれば駆け寄りたくもなったのだが「マモル」と呼ばれ、俺ははっとして足を教室へと向けた。
奥にうっすらと揺れる影が見え、額から冷や汗が零れ落ちた。
「やっぱ駄目か……」
煙が晴れてくる。その銀髪のラスボスは、マントで自身を守るように立っていた。マントは黒く焦げているが、本体にダメージは一切通っていない。
会長が「ほう……?」と楽しくて仕方がないとばかりに笑い、マントを床へと放った。床に落ちた瞬間にマントは炭になって崩れ、あの光の強さがよくわかる。
「護くん。キミがそれをどこから、どのように、どうやって手に入れたのか。全く気にならないわけではないが、それよりも今は喜ぼうではないか。やっと、このオレを楽しませるに足る相手が現れたことを!」
「いや、これ量販店で二千円で売ってたやつっすよ。会長んとこの技術力なら造れるんじゃないすかね」
第一、この被り物の性能については俺が一番驚いている。むしろ最初は脱ぎたかったくらいだ。
けれども会長は人の話を聞いておらず、高笑いをし続け、ひとしきり笑った後、やっと満足したのか俺を見てにやりとその口元を歪めた。悪寒からか、それとも戦慄からか、ぶるりと全身が震えた。
「さぁ護くん、始めようじゃあないか。オレがキミを手にするか、キミがオレを手にするのか、その天下分け目の闘いを!」
「そんなんで天下取りたくないっすわ!」
会長がダン! と強く床を蹴る。それは一瞬にして俺との距離(約十メートル)を詰め、俺の首元目掛けて手刀が薙ぎ払われた。
あ、これ駄目だわ、当た――
「マモル!」
脇に抱えていた牡蠣が叫んだ。
次の瞬間、俺は強い衝撃を食らい横に吹っ飛ぶ。そのまま床に倒れる。何が起こったのか確認しようと、なんとか身体を動かして顔を上げれば。
カラン、と牡蠣の殻(上か下かは知らん)が乾いた音を経てて床へと落ちたところだった。
「ほう、咄嗟に護くんを突き飛ばして助けるとは……。この牡蠣はどうやら普通ではないらしい」
そう言って会長は、左手に握りしめた牡蠣をゴリゴリと握り潰した。
「牡蠣!」
身から出た汁やら貝の破片やらが、混じり合って手から落ちていく。会長がその手を開くと、原型をほとんど留めていない牡蠣がべたりと床に落ちた。
「あ、あぁ……、おい、嘘だろ……」
声をかけてみるが、返事はない。それに俺は絶望を募らせていく。
会長がぐちゃぐちゃになった牡蠣を跨ぎ、未だ身体を動かしきれていない俺の襟元を掴み、そのまま無理やり立たせてきた。俺を見る翠の目が、まっすぐ俺を、俺だけを見つめてくる。
「はぁ……。やはり“キミ”も、今までと変わらないということか」
「会、長?」
なんだ、どういうことだ? なんで会長も、俺みたいに、何かを諦めたような目をしているんだ?
だけどそれを聞くより前に、何かが会長の頭に飛んできた。会長が「がはっ」と呻き声を漏らしながら手を離し、ぶつかってきた何かを鋭く睨みつける。
「マモル、大丈夫か?」
「お前、潰されたんじゃないのかよ!?」
それは牡蠣だった。
ぐちゃぐちゃになったはずだが、なぜか元の丸々とした牡蠣に戻っている。ちなみに貝殻はない。中身のあの状態のままだ。
「いやぁ、普段からママさんにお風呂入れてもらってたからさ。水分たっぷりだったわけ。それが搾り取られただけだからさ、安心していいぞ」
「なんだそりゃ」
心配して損した。牡蠣は身軽な身体(中身か?)で跳ねると、俺の肩に乗ってきた。さっきより幾分か軽く、ごつごつしてなくていい感じだ。
「くくっ……、そうか」
「げ、会長」
会長は頭から血を流しながら、しかしそれを構う素振りなんて見せずに「そういうことか」と何かを納得したように呟いている。
「ま、まだやるつもりっすか」
正直もうやりたくないんだが。
しかし会長は「いや」と胸ポケットからハンカチを取り出し、それで頭を押さえながら、
「興がそれた。護くん、キミがその先を求めるのなら行くといい。だが覚えておくといい。定めとは、かくも無慈悲で、無情だということを」
と壁に寄りかかり、そのまま会長はずるずると腰を下ろすと深く息を吐き出した。その顔はなんだか穏やかで、ともすれば駆け寄りたくもなったのだが「マモル」と呼ばれ、俺ははっとして足を教室へと向けた。
0
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

誰も要らないなら僕が貰いますが、よろしいでしょうか?
伊東 丘多
ファンタジー
ジャストキルでしか、手に入らないレアな石を取るために冒険します
小さな少年が、独自の方法でスキルアップをして強くなっていく。
そして、田舎の町から王都へ向かいます
登場人物の名前と色
グラン デディーリエ(義母の名字)
8才
若草色の髪 ブルーグリーンの目
アルフ 実父
アダマス 母
エンジュ ミライト
13才 グランの義理姉
桃色の髪 ブルーの瞳
ユーディア ミライト
17才 グランの義理姉
濃い赤紫の髪 ブルーの瞳
コンティ ミライト
7才 グランの義理の弟
フォンシル コンドーラル ベージュ
11才皇太子
ピーター サイマルト
近衛兵 皇太子付き
アダマゼイン 魔王
目が透明
ガーゼル 魔王の側近 女の子
ジャスパー
フロー 食堂宿の人
宝石の名前関係をもじってます。
色とかもあわせて。

【幸せスキル】は蜜の味 ハイハイしてたらレベルアップ
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアーリー
不慮な事故で死んでしまった僕は転生することになりました
今度は幸せになってほしいという事でチートな能力を神様から授った
まさかの転生という事でチートを駆使して暮らしていきたいと思います
ーーーー
間違い召喚3巻発売記念として投稿いたします
アーリーは間違い召喚と同じ時期に生まれた作品です
読んでいただけると嬉しいです
23話で一時終了となります

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

異世界人生を楽しみたい そのためにも赤ん坊から努力する
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前は朝霧 雷斗(アサギリ ライト)
前世の記憶を持ったまま僕は別の世界に転生した
生まれてからすぐに両親の持っていた本を読み魔法があることを学ぶ
魔力は筋力と同じ、訓練をすれば上達する
ということで努力していくことにしました

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる