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十一月

球技大会は保健室で! その5

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 戻りたくない。
 当たり前だ、こんな姿を全校生徒が集まっているであろう体育館に晒すなんて。なのになぜ下獄は、こうも上機嫌に戻っているのだろうか。

「なぁ下獄」
「なんですか、護先輩!」

 少し先を歩く下獄が立ち止まった。明るい人懐っこそうな笑顔に押されて、俺は「いや、その……」と口籠ってしまう。いや、ここで負けてどうする。

「あー、その、そうだ。一緒にサボろうぜ、球技大会」
「え? でも護先輩、球技大会戻りたいんじゃ……」
「ほら、折角下獄が可愛くしてくれたんだし? このまま戻るのも勿体ないだろ?」

 もちろんだが、そんなことはこれっぽっちも思っていない。可愛いのは女子だけで結構だし、それこそゆるコットで事足りている。
 しかし下獄は納得してくれたのか、大袈裟なほどに頷くと、俺の両手を握って上下に力いっぱい振りやがった。

「護先輩からそう言ってくれるなんて! いいですよ! 中庭に行きましょう!」
「いで、いででで! 強い強い、強いって!」

 肩の関節が外れる! この馬鹿力が!

「ふふふ。憧れの先輩と歩けるなんて、夢みたいです!」
「夢ねぇ……」

 腕を組まれながら中庭へ歩いていく。普段から思っていたが、下獄は女になった俺よりも小さい。男からの人気があって当然か。その辺のモブより可愛い。

「それで? なんで下獄は俺を可愛くしたいと思ったんだよ」
「顔が良かったからです!」
「即答かよ、ざけんな」

 こういう時は普通、性格とか素行を褒めないか? いや顔も嬉しいけどさ(イケメンになりたいって言ったし)。
 呆れる俺を他所に、下獄は腕に巻き付いたまま話を続けていく。

「ウチ、小さい時から可愛いものが大好きだったんですけど……。でもこんなナリじゃないですか」
「うんごめん、それはどっちのナリのこと?」
「そうやって悩んでいた時に、教えて頂いたんです。自分が可愛くなれないなら、誰かを可愛くして愛せばいいって」
「お前もなかなか歪んでんなぁ……」

 BLゲームなんぞやったことないが、何? 設定こんなんばっかなの?
 中庭に着いた俺たちは、隅にある適当なベンチに座る。小川の落ち葉すくいをするシルバーの方々から「アツいねぇ」と冷やかされた。つか中庭に小川って。

「ん? 教えてもらったって……誰に?」

 さっきはするりと流してしまったが、誰だよ下獄に変なことを教えたのは。

「会長です! といっても、ウチが中二の時なので、会長は覚えていないかもしれないですけど」
「やっぱりあいつか! あの変人変態野郎めが!」

 このゲーム、全ての元凶はあの会長をなんじゃないか? あいつを倒せば、俺は平和な日常を取り戻せる気がする(断じてそういうゲームではない)。

「ウチが悩んでいた時、会長が言ってくれたんです。“ヒトに限らず、生物にはすべからく性が付きまとう。自らその性を望むか望まないかは別だがな。そしてその性には分かり合えない部分も多い。だがそこを補い生きていけるのが、ヒトだ。だから下獄嬢、貴様が自身に足りないと思うのならば、補えばいい”って」
「相変わらず意味わかんねぇな、あの人……」

 会長が仁王立ちして言っているのが簡単に想像出来る。そしてそれに感銘を受ける下獄の図も。
 頭を抱え深くため息をつく。そしてそんな俺を慰めるように、いや、下獄を称賛するように、落ち葉掬いをしていたシルバーの方々が、皆一斉に立ち上がり拍手をしだした。中には涙ぐんでるシルバーの人もいる。

「え? 何?」

 思わず俺も立ち上がって、どうしたものかと狼狽える。

「流石は壱坊ちゃん。当時中等部だった後輩様にまでお声がけされていたとは……」
「儂ら全員、坊ちゃんについていきます……!」

 おんおんと泣き出したシルバー、いや爺さんたち。えぇ何この空気。もしかして、もしかしなくてもさ。

「あの、爺さん、じゃなくてシルバーの皆さんってもしかして」
「はい。儂らは皆、元はホームレスだったのですじゃ。そこを坊ちゃんに“ゴミ拾いしか出来ん? ふはは、いい、気に入った。世の中にはゴミすら拾えん奴もいる、そんな奴らより断然使えるではないか。貴様らまとめてオレの元に来い!”と、雇用して頂いたのですじゃ」
「そーいう……はは」

 やっぱりあの会長は、この世界のラスボス的存在なのだと、俺の中で確信に変わった瞬間だった。
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