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八月
恐怖体験、コミックマーケット! その6
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「こんにちは!」
あるブースの前で声をかけられ目をやれば、めっちゃ可愛い女の子が微笑んでいた。肩まである黒髪に、牡丹をモチーフにした髪飾りをつけている。A4ほどの冊子が積んであり、その表紙には、その子が可愛らしいポーズをして笑っていた。
「えと……、君は?」
「私はアイドルを目指している人形愛ですっ。よかったら見ていきませんか?」
そう言い、試し読みの冊子を俺にずいと差し出してきた。それを受け取りパラリと二ページほど捲れば、愛ちゃんがロリータ服やら際どい水着やらを着て、可憐に笑っているのが目についた。
「へぇ。愛ちゃんはアイドルなんだ」
「まだまだ有名でもなんでもないんですけどねっ」
舌を出し「えへへ」と笑った時に、えくぼが出来た。それすらも可愛く見えるくらい、愛嬌のある子だ。そんな俺の隣から、ものすごい負のオーラを感じ見てみれば、猫汰が氷のような視線で愛ちゃんを見ていた。
「ど、どうした? 猫……巧巳?」
「君が見たいというならそれで構いはしないけど。ただそうだな、僕もいつまでも甘いわけじゃないよ?」
それは俺に対してなのか。それともブースできょとんとしている愛ちゃんになのか。なんにしろ、女の子に対してこの態度はない。
「猫、巧巳。あのさ」
「愛ちゃんのブースはこちらでござるか!?」
注意をしようとした俺を突き飛ばす勢いで、少し小太りの男が愛ちゃんの前に並ぶ。ついていけない愛ちゃんが「は、はい?」と頭に疑問符を浮かべながら首を傾げた。
「おお! いつも見てるでござるよ!」
「あ、あの……」
戸惑う愛ちゃんの手を取って、小太り男は鼻息荒く愛ちゃんに詰め寄る。なんだ、この女版観手みたいな奴は。
「ジブンは小田久道というものです! 愛ちゃんの出てる雑誌、インタビュー、更には動画もくまなく見てるでござるよ!」
矢継ぎ早に捲し立てると、小田とかいう奴は愛ちゃんのブースから冊子を三つほど手に取った。
「これは保存用、これは拝む用、これは致す用でござるよ!」
「声高々に何言ってんだお前! 場所考えろ、場所を! 推し本人の前で言うことでもないだろ!」
しまった。つい突っ込んでしまったが……。
愛ちゃんを見れば、一応笑ってはいるようだが、その口元は引き結んだままピクピクと震えている。
「第一、お前……小田だっけ? 小田、お前は愛ちゃんを推したいんだろ?」
「当たり前でござるよ!」
「それじゃお前が愛ちゃんを応援して、布教しないと駄目だろうが!」
小田は「確かに……」と考えた後、
「それじゃ、保存用、拝む用、布教用に、それぞれ三冊ずつ買うでござるよ!」
「ヌルい! 五冊ずつ買え!」
「ご、ごぉ!?」
「なんだ小田。お前の愛ちゃんへの愛はその程度か!?」
「あ、愛、愛ちゃん……」
それでも迷う小田が、愛ちゃんを伺うようにちらりと見る。俺は小田に気づかれないように、愛ちゃんに小さくウインクしてみせた。それに気づいた愛ちゃんが、効果音でも鳴りそうなくらい勢いよく頭を下げる。
「お、お願いします! 私、もっと頑張りますから!」
トドメとばかりに、愛ちゃんは小田の手を両手で包み込むように握り、その潤んだ瞳で小田を見つめた。
「愛ちゃん! ふおおおお! 買うでござる! 買うでござるよ! 五冊、いや十冊ずつ!」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
愛ちゃんは手際よく冊子を十冊ずつ取っていくと、これまた自家製であろう袋に冊子を詰め込んだ。表にプリントしてある愛ちゃんの写真が歪になる。
「また動画見るでござるよ!」
「お願いしますっ!」
上機嫌に手を振って消えていく小田。荷物が重そうだが、俺の荷物じゃあるまいし、別に構うまい。
「あ、あのっ!」
「ん?」
遠慮がちに俺を見上げてくる愛ちゃん。その熱がこもった視線に、俺もまた顔に熱が集まる。Tシャツの首元から、微妙に見えそうで見えないのがもどかし……いやいや、俺は何を見ようとしてんだ。
「よろしければ、お名前を教えてくれませんかっ?」
「あ、うん、俺は……」
「見つけたぞ、猫汰巧巳! 護くんを独り占めするのはそこまでだ!」
「げ、会長!?」
高笑いと共に、会長がしゃかしゃかと速歩きでこっちに向かってきている(走るのは厳禁だからな)。
肩からぶら下げたトートバッグには、さっき見た学ラン二人のイラストが入っている。観手のとこ以外で買ったのだろうか、絵柄が違った。
「チッ、見つかった。行こう、御竿くん」
「え? えぇ!? 名前、名前は!?」
愛ちゃんにまともな挨拶すら出来ないままに、俺は猫汰に引かれ、更に奥のエリアへと連れて行かれるのであった。
あるブースの前で声をかけられ目をやれば、めっちゃ可愛い女の子が微笑んでいた。肩まである黒髪に、牡丹をモチーフにした髪飾りをつけている。A4ほどの冊子が積んであり、その表紙には、その子が可愛らしいポーズをして笑っていた。
「えと……、君は?」
「私はアイドルを目指している人形愛ですっ。よかったら見ていきませんか?」
そう言い、試し読みの冊子を俺にずいと差し出してきた。それを受け取りパラリと二ページほど捲れば、愛ちゃんがロリータ服やら際どい水着やらを着て、可憐に笑っているのが目についた。
「へぇ。愛ちゃんはアイドルなんだ」
「まだまだ有名でもなんでもないんですけどねっ」
舌を出し「えへへ」と笑った時に、えくぼが出来た。それすらも可愛く見えるくらい、愛嬌のある子だ。そんな俺の隣から、ものすごい負のオーラを感じ見てみれば、猫汰が氷のような視線で愛ちゃんを見ていた。
「ど、どうした? 猫……巧巳?」
「君が見たいというならそれで構いはしないけど。ただそうだな、僕もいつまでも甘いわけじゃないよ?」
それは俺に対してなのか。それともブースできょとんとしている愛ちゃんになのか。なんにしろ、女の子に対してこの態度はない。
「猫、巧巳。あのさ」
「愛ちゃんのブースはこちらでござるか!?」
注意をしようとした俺を突き飛ばす勢いで、少し小太りの男が愛ちゃんの前に並ぶ。ついていけない愛ちゃんが「は、はい?」と頭に疑問符を浮かべながら首を傾げた。
「おお! いつも見てるでござるよ!」
「あ、あの……」
戸惑う愛ちゃんの手を取って、小太り男は鼻息荒く愛ちゃんに詰め寄る。なんだ、この女版観手みたいな奴は。
「ジブンは小田久道というものです! 愛ちゃんの出てる雑誌、インタビュー、更には動画もくまなく見てるでござるよ!」
矢継ぎ早に捲し立てると、小田とかいう奴は愛ちゃんのブースから冊子を三つほど手に取った。
「これは保存用、これは拝む用、これは致す用でござるよ!」
「声高々に何言ってんだお前! 場所考えろ、場所を! 推し本人の前で言うことでもないだろ!」
しまった。つい突っ込んでしまったが……。
愛ちゃんを見れば、一応笑ってはいるようだが、その口元は引き結んだままピクピクと震えている。
「第一、お前……小田だっけ? 小田、お前は愛ちゃんを推したいんだろ?」
「当たり前でござるよ!」
「それじゃお前が愛ちゃんを応援して、布教しないと駄目だろうが!」
小田は「確かに……」と考えた後、
「それじゃ、保存用、拝む用、布教用に、それぞれ三冊ずつ買うでござるよ!」
「ヌルい! 五冊ずつ買え!」
「ご、ごぉ!?」
「なんだ小田。お前の愛ちゃんへの愛はその程度か!?」
「あ、愛、愛ちゃん……」
それでも迷う小田が、愛ちゃんを伺うようにちらりと見る。俺は小田に気づかれないように、愛ちゃんに小さくウインクしてみせた。それに気づいた愛ちゃんが、効果音でも鳴りそうなくらい勢いよく頭を下げる。
「お、お願いします! 私、もっと頑張りますから!」
トドメとばかりに、愛ちゃんは小田の手を両手で包み込むように握り、その潤んだ瞳で小田を見つめた。
「愛ちゃん! ふおおおお! 買うでござる! 買うでござるよ! 五冊、いや十冊ずつ!」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
愛ちゃんは手際よく冊子を十冊ずつ取っていくと、これまた自家製であろう袋に冊子を詰め込んだ。表にプリントしてある愛ちゃんの写真が歪になる。
「また動画見るでござるよ!」
「お願いしますっ!」
上機嫌に手を振って消えていく小田。荷物が重そうだが、俺の荷物じゃあるまいし、別に構うまい。
「あ、あのっ!」
「ん?」
遠慮がちに俺を見上げてくる愛ちゃん。その熱がこもった視線に、俺もまた顔に熱が集まる。Tシャツの首元から、微妙に見えそうで見えないのがもどかし……いやいや、俺は何を見ようとしてんだ。
「よろしければ、お名前を教えてくれませんかっ?」
「あ、うん、俺は……」
「見つけたぞ、猫汰巧巳! 護くんを独り占めするのはそこまでだ!」
「げ、会長!?」
高笑いと共に、会長がしゃかしゃかと速歩きでこっちに向かってきている(走るのは厳禁だからな)。
肩からぶら下げたトートバッグには、さっき見た学ラン二人のイラストが入っている。観手のとこ以外で買ったのだろうか、絵柄が違った。
「チッ、見つかった。行こう、御竿くん」
「え? えぇ!? 名前、名前は!?」
愛ちゃんにまともな挨拶すら出来ないままに、俺は猫汰に引かれ、更に奥のエリアへと連れて行かれるのであった。
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