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53話

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 背後から抱きしめる颯介の手が、Yシャツのボタンを外し、僕から衣類を取っ払っていく。エアコンのおかげで暖かいとはいえ、急に外気に晒された肌は寒さを感じて微かに震える。

「そう、すけ……っ」

 今さら急激に恥ずかしくなり、僕は前を腕で隠して背中を少しだけ丸めた。そんな僕の反応を愉しむように、颯介が肩、それから背中に唇を滑らせて、指先で軽くチョーカーに触れた。

「これ、外してくれますよね……?」
「……ん」

 ズボンのポケットから、小さな鍵を取り出し、チョーカーの鍵穴へと差す。乾いた音を立てて外れたそれを、颯介が丁寧にローテーブルへと置いた。何もなくなった首筋に、熱く湿った舌が這う。颯介が吐く息すらも快感として拾い上げ、僕は「ぁ、ぅ」と息を漏らした。

「ね、紅羽さん」
「ぅ……?」

 颯介が示したのは、開けたままだったボックスだ。顔の形だけくっきり沈んでいる。なんなら涎までしっかりついているから、僕は羞恥から、さらに体温が上がってしまう。

「巣でも作ろうとしました?」

 耳元で笑い声が響く。鼓膜を揺さぶり、僕の身体を蕩けさせる声。颯介の右手が、前を隠そうと頑張る腕の隙間から入り込み、面白がるように僕の胸、へそを円を描くように動かした。

「だした、ら、かたづけ、めんどくさいかと、おもっ……て」

 荒い息の中、なんとかそう口にする。颯介が肩に緩く歯を立て、ニ、三度甘噛してから、

「面倒くさくないです。むしろ作ってくれませんか?」

と左手を伸ばして、ボックスから適当なシャツを一枚引っ掴んだ。

「いりません?」

 からかうような、面白がるような声に反抗したいのに、僕は自分の中から湧き上がる欲にも熱にも逆らえなくて、そのシャツを引ったくるようにして奪った。堪らず顔に押しつけて、颯介の匂いを身体に巡らせる。

「ふ……ぅっ」

 涎がつくのも構わず、鼻からも口からも取り込むように息をする。ひと呼吸、ひと呼吸ずつ満たされた気持ちになるのに、身体の奥にある疼きは酷くなるばかりだ。

「はは、必死で可愛い。あぁでも、妬いちゃうなぁ」
「あ……っ」

 颯介がシャツを半ば強引に引き剥がし、ベッドへとシャツを放る。それを追いかけるように顔を動かせば、その先で颯介に顎をすくわれた。そのまま口を塞がれて、互いの吐息と唾液が混ざり合う。

「は……、ぁ、もっ……と」

 口を離した颯介の首に鼻を寄せ、甘えるように僕からも首筋に緩く吸い付いてみる。けれども颯介が僕にするようには出来ず、上手く赤い痕がつけられない。仕方なく、子猫がミルクを飲むような感じで控えめに舐めるだけにする。

「……ッ、紅羽さん、ベッド、行きましょう?」

 颯介が額、それから鼻先に軽く口づけをしてから、僕を横抱きにしてベッドへと寝かせてくれた。ズボンも下着も剥ぎ取られ、その際、昂りに少し引っかかりぶるりと震えたのが恥ずかしい。
 今まで互いの裸なんてそれなりに見てきたし、身体を重ねたのも一度や二度じゃない。なのに、こうして改めて行為をするとなると、まるで初夜みたいだ。

「……っ」

 颯介が自分のシャツを脱ぐのを待つ間、僕はなんとなくいたたまれなくなって、身体を“く”の字に曲げて全部を見せないようにしてみる。

「紅羽さん、恥ずかしいんです?」

 こくこくと頷けば、颯介は軽く笑って僕に何かを被せてきた。真っ白なそれは、颯介の着ていたシャツだ。

「いります?」

 荒い息遣いの中、髪を掻き上げる颯介が酷く妖艶に見えて、正面からまともに見ることが出来ない。僕は渡されたシャツに顔を埋めて小さく頷いた後、おずおずとシャツに袖を通した。

「そ、すけの、におい……」

 余った袖の部分で口を覆う。身長差は十センチと少しくらいなのに、袖も、肩の広さも、裾の長さも、何もかもが違う。同じくベッドに乗り上げ、上半身だけを晒した颯介が、膝立ちの格好で僕を見おろす。

「あんま煽んないでくれます? マジで理性飛びそう……ッ」

 苦しげに呻いて、颯介が口を押さえる。端から涎が滴り落ちるのを見て、無性に愛しさが込み上げてくるのだから、もう末期かもしれない。右手は袖に隠したままで、左手を颯介に伸ばす。袖から出た指先を颯介が絡め取り、その先端に唇を寄せてくれた。
 その甘さに身体が震え、僕は何も考えられなくなってしまう。でも、言わなきゃいけないこと、伝えなきゃいけないことを、僕は口にしないといけないから。

「りせいなんて、なくしちゃえよ。ぜんぶ、ぜんぶ、うけとめてやるから」

 颯介が僕を受け止めて、抱き締めてくれたように。
 僕も、颯介に返したい。これからの人生を一緒に歩んで、互いに笑って、抱き締め合いたい。

「紅羽、さん……っ」

 指先から颯介の唾液が伝い、それが腕、二の腕まで滑り落ちる。僕は自分から指を離すと、“く”の字に曲げていた身体を戻し、右手も伸ばして「颯介」と愛しい名前を口にした。

「颯介を、ぼくの、運命にして」

 散々僕を“運命”だと言っていたんだ。なら、僕の選ぶ運命みちは颯介しかいないだろう?

「俺の運命は、最初から紅羽さん、あなただけですよ」

 伸ばした腕に抱かれるように、颯介が覆い被さった。広い背中に手を回す。颯介も同じように僕の腰を引き寄せて、僕たちはどちらからともなく、唇を重ねた。
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