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52話

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「なん……っ、ですか、これは」

 颯介の第一声がそれだった。
 あれから考えに考えた。考えすぎて二日が経った。
 僕をどうしても強制発情させたくない颯介を説得すべく、僕が用意したのは、一枚の紙切れだ。でかでかと“同意書”と書いて文面も載せた上で、僕は署名をして颯介に提出した。

「同意が必要なんだろ? だから」
「言いました。えぇ、確かに俺は言いましたけど。だからってこんな……」

 明日からは年末年始の休みに入る。それもあって、この機を逃すまいと用意してきたのだ。
 颯介のアパートで、颯介はベッドに座り、僕はその前に正座をして返事を待つ。まるで告白の返事を待つ女子高生みたいな気分だ。

「……いらないでしょ」
「あぁ!?」

 颯介はため息をひとつ吐いてから、心底くだらなさそうに紙切れを破いた。折角作ってきたのに、の意を込めて下から睨みつければ、颯介は「あ」と何かを思い出したように立ち上がった。それからいそいそとコートを着込むと、鍵やら財布、スマフォを持って部屋を出ようとする。

「颯介……?」

 不安げな僕の声に立ち止まり、颯介がちらりとこちらを見る。

「……ちょっと買い物に出るんで、風呂お願いしていいですか?」
「あ、う、うん」

 なら仕方ない、な。
 正座のまま颯介が出るのを見送る。鍵のかかる音がして、部屋の中には静けさが満ちた。

「僕のためなのはわかってる、けど」

 膝の上で握りしめた拳に、涙が落ちる。

「あーもー! あいつ、肝心な時に本当頼りにならないな!」

 嘘だ。本当は頼りにしてる。
 前に言っていた“大切だから迂闊に番えない”の言葉も覚えている。でも、でもさぁ。

「……お風呂しよ」

 言われたことくらいやらないとな。正座をしていた足を動かし立ち上がろうとして――

「おぅわ!?」

 僕は派手にバランスを崩して、ベッドに頭からダイブした。足に微妙に力が入らない。どうやら痺れたらしい。滅多に正座なんてしないから。

「はぁ……」

 痺れたままじゃ動けないし、とりあえず落ち着くまではこのままでいようと、思いきり息を吸う。颯介の匂いに身体が疼いて、ついシーツを緩く噛んでしまう。ぷは、と一旦口を離せば、透明の糸がだらりと伸びた。

「ぁ……」

 身体が熱い。これ、この感覚、ヒートな気がする。
 通常、ヒートは二、三ヶ月に一度、一週間ほどの期間でくるらしいのだけど、僕にはまだ周期がないから、こうして突発的にくるかもしれないとは聞いていた。
 颯介の匂いが欲しい。包まれたい。βの時も感じていたけれど、それとは比べ物にならないくらい強い。

「颯、介……っ」

 隅のウォークインクローゼットが目に入る。あの中、確か颯介の私物ばかりだったよな。
 痺れの取れた足をよたよたと動かして、クローゼットを開ける。むわりと鼻を掠める甘い香りが、僕のなけなしの理性を簡単に崩す。ハンガーにかかる、きちんと整理された夏用のスーツ、夏用のブランケット、替えの下着や服。その優しい香りは、例えるならケーキ屋さんに入った時の感覚と似ていた。

「……っ」

 一歩、その中に踏み入れた。途端、全身に鳥肌が立つような感覚に襲われ、動悸が一層激しくなる。口から漏れる吐息は熱く荒く、自分でも欲情しているのがわかるくらいだ。
 カバーをかけられたスーツに手を伸ばす。そのまま顔を近づけて、鼻を鳴らす。あ、これ、匂いあんまりしないな。そりゃそうか。今は冬だし。
 なら今度は、と違う服に目をやってから、そうだと気づく。巣づくりをすると聞いたけれど、別に作る必要はないじゃないか。服を仕舞ってある場所に、僕自身が行けばいい。そうすれば片付けなくて済む。

「服……、ふく」

 クローゼットから出て、今度は颯介のシャツが入っているボックスへと歩いていく。傘が入っていたあれだ。案の定、そのボックスの中のシャツも下着も、クローゼットの中とは段違いに匂いがついていた。

「は……あっ、そうす、け……っ」

 開けたボックスの中に顔を埋める。大好きな匂いだ。幸せだな、なんて堪能していると「ただいま戻りました」と颯介の声がして、部屋の扉が開いた。慌ててボックスから顔を上げたけれど、僕を見る颯介の表情が怖くて、正面から見ることが出来ない。

「そ、颯介、これは、ちがくて」
「紅羽さん……」

 颯介が背後に腰を降ろして、僕を抱き締めてきた。耳の裏側に息を吹きかけられ「ひぁっ」と甲高い声が出る。

「ヒート、来たんですね」
「んっ」

 耳を甘噛されて身体がびくびくと反応する。身体の中心の熱はもう勃ち上がっていて、はち切れんばかりにズボンを押し上げていた。

「……今日、するつもりだったんですけど」
「何、を?」
「強制発情を」

 スーツの上着を脱がされ、Yシャツ姿を明かりの元に晒す。颯介の指が、つんと立った胸の突起を弾く。

「んあぁっ」

 背中を仰け反らせ軽く達した僕を見て、颯介が嬉しそうに、愉しそうに笑う。

「ゴム、足りるといいんですけど」

 身体が動いた先で、カサリとビニール袋の擦れる音がした。まだ残る理性でそちらを見る。袋から覗く箱が三つなことに、僕の喉から「ひっ」と小さな悲鳴が上がった。
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