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47話

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「先生から連絡がきまして」

 クリスマス当日。お昼を社食で取らず、僕と颯介はコンビニで買った菓子パンとカフェオレを持って、人のいない部署で話していた。僕は自分のデスクで、颯介は隣の須王さんのデスクをお借りして。

「結果出るのって、結構遅いんだなぁ」

 チョコチップフランスパンをかじり、咀嚼してから飲み込む。絶妙な歯応えとチョコのバランスが最高だ、また買おう。

「これでもまだ早いほうですよ。合わせて、先輩が匂うことも言っておきました」
「言い方。先生はなんて?」

 カフェオレを飲んでから、またパンをかじる。骨つき肉をかじる要領でブチッと前歯で噛み切れば、颯介から「食べ方……」と突っ込まれた。いちいち煩いやつだな。

「徐々に変化しているんじゃないかって言ってましたよ。人体なんて複雑なもの、すぐに変わるわけがないだろってどやされましたけど」
「はは、言いそう」

 最後のひと口を食べて、デザートに買ってきたシュークリームの袋を開ける。季節限定のチョコのやつだ。真ん中から真っ二つに割って、右手に持ってるほうからかぶりついた。

「それは割るんですね」
「んー」
「これ以上変化がありそうなら、ちゃんと病院行けって言ってましたよ。それには俺も同意します」
「ん」

 両手のシュークリームを食べ終わり、指先についたクリームを舐め取ろうとしたのだけど、颯介に腕を掴まれてそのまま指先を舐められた。肩が大袈裟なくらいに揺れて、小さく息が漏れる。

「颯、介……っ」

 ちゅ、ちゅく、とわざとらしく音を立てて、颯介の舌が、指の腹、爪、皮膚の合間を見せつけるように舐め上げる。それから第一関節くらいまで口に含んだかと思えば、たっぷりの唾液を絡ませてから離れていく。

「ね、紅羽さん」

 少し身を寄せた颯介が、僕のチョーカーに触れる。首とチョーカーの間に下から差し込むように人差し指を入れたかと思うと、そのまま引っ張られてしまう。

「うっ」
「今日、俺の家、来ますよね?」
「ん……」

 小さく頷けば、颯介は優しく微笑んで、チョーカーから指を離した。颯介も自分のコロッケパンを食べてから、コーヒーで喉を潤し「実は」と真剣な表情を僕に向けてきた。

「紅羽さんに謝りたいことがあって」
「僕に?」
「その、前、“好きなやつ、自分のモンにして何が悪い”って言ったと思うんですけど」
「ん?」

 記憶を手繰り寄せる。
 あ。もしかして先生に会いに行った時のことか? そういえば、そんなことを言っていた気もするけど、僕は颯介が気にするほど、それを気にしてはいなかった。

「紅羽さんをモノみたいに言って、本当にすみませんでした。そんなこと、全然思ってなくて」
「知ってる」

 颯介が買ったからあげをひとつ摘んで、口へと放り込む。僕の好きなチーズ味だった。

「売り言葉に買い言葉ってやつだろ? それに、颯介が僕を大事にしてくれてるの、わかってるから」
「紅羽さん……」

 颯介が手の甲で僕の頬を撫でる。あ、これはキスされるやつだと思い、僕も目を閉じ――

「あ」

 聞き覚えのある声に、僕は大袈裟に飛び上がり、閉じかけていた目をぱっちりと開いた。そのまま部署の出入り口に視線をやり「すすすすすおーさん!」とわざとらしい大声を出す。

「別にいいけど」

 須王さんは本当に気にした様子も見せず、ずかずかとデスクへとやって来ると「ごめんなさい」と引き出しを開けた。

「私は二人を応援してるし、邪魔もしないけど、十三くん」
「はい」

 引き出しから長方形の箱を出して、また引き出しを閉めた須王さんが、少しうんざりしたようにため息をついた。

「私のデスクでいちゃつかれると、フェロモンがついちゃうから。移って困るのは、私も、あなたもでしょ?」
「あー……、それは失念してました。すみません」

 すぐに立ち上がり、颯介が軽く頭を下げた。それにもう一度「こっちこそ、ごめんね」と返して、慌ただしくまた出ていった。

「……あれなんだろ」

 あれ、というのは須王さんが持っていた箱のことだ。

「時計じゃないですか。たぶんですけど」
「……クリスマスの?」
「まぁ、そうでしょうね。相手のαの人、確か技術課なんで、今日残業になったのかもしれないですし。今渡すんじゃないですか?」

 興味がなさそうで、案外他人を見ているじゃないか。と言ったら、機嫌を損ねそうだから言わないでおく。

「……ちなみに僕は、何も用意してない」
「知ってます」
「それはそれで悲しいな」

 ふたつ目のからあげを摘んだところで、からあげが全部なくなってしまった。

「ごちそうさま」

 空っぽになった容器を袋に入れて、足元のゴミ箱に放り込んだ。颯介もゴミをまとめると、僕の私用のゴミ箱に入れてきた。

「おい」
「いいじゃないですか」

 当たり前のように言って、颯介が須王さんのデスクから立ち上がる。僕が“いいわけないだろ”と言いたくて顔を上げたところで、唇を重ねられた。それは触れ合うだけの、本当に軽いものだったけれど、僕の顔を真っ赤にさせるには十分だった。

「続きは、帰ってからしましょう?」
「ん……」

 赤くなった顔を隠すように、口元を手で覆う。夜が楽しみだな、なんてにやけていると、颯介のスマフォが音を立てた。画面を見た颯介が、やけに慌てた様子で「はい」と電話に出る。聞かれたくない内容なのか、こそこそと僕から離れながら。

「はい、あぁ……、では今日……、はい」

 いくつか会話をし、電話を切った颯介が気まずそうにこちらを振り返った。そしてこう、切り出したのだ。

「今日なんですが、先に帰ってもらっていいですか」

と。
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