【本編完結済】僕はあんたのΩじゃない!

とかげになりたい僕

文字の大きさ
上 下
42 / 56
一ノ瀬紅羽の場合

42話

しおりを挟む
 頭の中を整理しよう。
 白石先生は、颯介のお母様のことを知ってるふうで、なんかすごい悪く言ってて、颯介はそのお母様を育てたのは白石先生だって言ってる。つまり、これが示すのは――

「颯介のお母様は……、この施設出身ってこと?」
「違います」

 即答で否定され、僕は「へ?」と頭を傾げる。

「正真正銘、俺の祖父にあたる人です。一応は」

 冷静になったのか、颯介がいつもの丁寧な口調で答えてくれた。先生も頭が冷えたのか、胸ぐらを掴んでいた手を離し、呆れたようにため息をつく。

「ま、そういうことだ。一ノ瀬くん、今回は馬鹿な孫が」
「ちょちょ、ちょっと今整理してるんで、待ってもらっていいですか!?」

 失礼かとは思ったけれど、先生を遮り僕は言葉を重ねた。先生が颯介のお祖父様? 身内のかた? ならばまずは、しないといけないことがある。

「お祖父様!」

 すくっと立ち上がり、僕は腰を九十度に曲げる。部長に平謝りしてきたスキルがこんなところで役に立つなんて。部長、ありがとうございます。普段は苛つくことばっかりだったけど。

「この間はろくな挨拶も出来ず、誠に申し訳ございませんでした!」
「え、ちょ、紅羽さん」

 颯介が慌てた声を上げるけれど、頭を下げたままの僕にはその表情はよく見えない。

「颯介、あ、いや、颯介くんとお付き合いさせて頂いている一ノ瀬紅羽と申します! 真剣に、真っ当な、清い交際を続けて、ゆくゆくは颯介くんと籍を入れたいと考えております! なので、颯介くんを僕にください!」

 ……。……?
 あれ? 何も反応がない。もしかして僕は、挨拶の仕方を間違えたのだろうか。お祖父様の機嫌を損ねて、ひと昔の頑固親父みたいに“お前に颯介はやらん”と言われてしまうのだろうか。
 いや。言われたとしても、僕の気持ちは変わらない。颯介が好きだし、これからもずっと一緒にいたい。

「……あの」

 流石に気まずくなってきたので、そうっと頭を上げてみる。
 目の前に立つ先生は顔を背け、口元に手をやり肩を震わせていた。僕は何かおかしいことでも言ったのかと、助けを求めるように颯介に視線を送ってみる。けれど颯介も苦笑い、というか微妙そうな顔をしていて、何かを聞けるような雰囲気ではない。

「な、颯介」

 肩を震わせる先生が、微妙な顔をする颯介を見やる。

「いつもこんなんか?」
「まぁ、大抵。真面目な人なんで」
「清いって……、ヤることヤッてんだろうが」
「そりゃあ、はい」

 ぶふうっと先生が盛大に吹いた。
 指摘されて僕も気づく。どこも何も清くない。なんなら昨日“赤ちゃんほしい”なんて口走ったばっかりだ。
 段々顔を赤くしていく僕を横目に、先生が「おいおい」とにやりと笑う。その顔が颯介に似ているものだから、さらに僕は、居た堪れない気持ちになっていく。

「颯介がもらわれる立場になんのか?」
「いえ。俺としては、紅羽さんをもらう立場だと思っていたんですが。相違があったみたいですね」

 さらに肩を震わせる先生とは逆に、颯介の顔は険しさを増していく。僕としては、色々大失態をおかしたことに気づいて、肩をすくめることしか出来ない。

「紅羽さん」
「ひゃ、ひゃい!」

 すくめた肩がびくりと動く。もう恥ずかしい。消えたい。颯介の指先が頬に触れ、僕の身体が大袈裟に震えて、反射で目を閉じる。

「紅羽さんは、俺のとこに来るの、嫌ですか?」
「ぁ……」

 うっすらと目を開け、颯介の顔を伺うようにちらりと見やる。不安そうな表情を見て、僕は「や、じゃない」と頬に触れる颯介の手に自分の手を重ね、その暖かさに頬を緩めた。

「嫌じゃない。颯介のとこが、いい」
「よかったです」

 颯介がほっとしたように息を吐いて、僕の首筋に顔を埋めてきた。鼻を掠める颯介の甘い香りに、つい声が漏れる。チリッとした痛みに身体をよじったところで「おい」と先生の声が聞こえて我に返った。

「ち、違うんです、先生、これは」

 先生は有無も言わさない力で僕の腕を掴むと、自分のほうへと引き寄せる。そのまま首、それからうなじあたりに顔を寄せて鼻を鳴らすと「一ノ瀬くん」と身体を離して僕を正面から見据えた。

「お前さん、生まれ月は三月か?」
「へぁ? あ、は、はい」

 頭がついていかず、反射で間抜けな返事をしてしまう。でもなんで先生は、僕の生まれ月がわかったんだろ。

「もういいでしょう? 早く離れてください」

 今度は颯介に引っ張られた。先生は気にした様子も見せず、顎に手をやり頭を捻ってから「颯介」と颯介が巻いているマフラーを指差す。

「それ、一ノ瀬くんに巻いてみろ」
「……」

 指示されるのが心底気に喰わないって顔をしつつ、颯介が僕にマフラーを巻いてくれた。自分のも巻いてるのもあり、二重になって少し暑苦しい。ほら、体温が上がって、上がって……?

「ひ、ぃ……っ」

 颯介の香りが全身を巡り、ぶわりと血が湧きだつ感覚に襲われる。ひと呼吸するたび颯介の匂いが、鼻、喉、頭、胸にも行き渡り、それは体温とは別の熱を僕に与えてくる。

「なるほど。確かにこりゃあヒートだな」
「貴方ねぇ……」

 颯介が僕を落ち着かせるためか、両頬を両手で挟んで「紅羽さん」と顔を覗き込んでくれるけれど、今の状態じゃ逆効果だ。颯介が愛しくて恋しくて、もっと触れてほしくて、僕は颯介の右手を、その親指をそっと口へと含んだ。

「紅羽、さん……ッ」

 くちゅ、ちゅ、と厭らしい音が頭に響く。口内で、舌で爪と皮膚の堺目あたりをぺろぺろと舐める。親指だけじゃ足りなくなってきて、人差し指も、と一旦口を離したところで、僕は首根っこを掴まれ引き離された。

「話が変わった。一ノ瀬くん、処置室に行くぞ」
「ぅ……、ふぁ、そ、すけ……、や、そうすけっ」

 やだ、離されてしまう。
 手を伸ばし、必死で颯介の名前を呼ぶ。

「おい颯介、ソレ自分でなんとかしてから薬飲んで処置室まで来いや。外から回れよ」
「あぁもう、わかりましたよ……」
「そうす、やぁっ、そうすけぇッ」

 まるで親猫が子猫を連れて行くように、半ば無理やり処置室に詰め込まれた。その間、僕はずっと颯介の名前を呼びながら泣き叫んでいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【本編完結済】巣作り出来ないΩくん

こうらい ゆあ
BL
発情期事故で初恋の人とは番になれた。番になったはずなのに、彼は僕を愛してはくれない。 悲しくて寂しい日々もある日終わりを告げる。 心も体も壊れた僕を助けてくれたのは、『運命の番』だと言う彼で…

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

王冠にかける恋【完結】番外編更新中

毬谷
BL
完結済み・番外編更新中 ◆ 国立天風学園にはこんな噂があった。 『この学園に在籍する生徒は全員オメガである』 もちろん、根も歯もない噂だったが、学園になんら関わりのない国民たちはその噂を疑うことはなかった。 何故そんな噂が出回ったかというと、出入りの業者がこんなことを漏らしたからである。 『生徒たちは、全員首輪をしている』 ◆ 王制がある現代のとある国。 次期国王である第一王子・五鳳院景(ごおういんけい)も通う超エリート校・国立天風学園。 そこの生徒である笠間真加(かさままなか)は、ある日「ハル」という名前しかわからない謎の生徒と出会って…… ◆ オメガバース学園もの 超ロイヤルアルファ×(比較的)普通の男子高校生オメガです。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

生徒会長の包囲

きの
BL
昔から自分に自信が持てず、ネガティブな考えばっかりしてしまう高校生、朔太。 何もかもだめだめで、どんくさい朔太を周りは遠巻きにするが、彼の幼なじみである生徒会長だけは、見放したりなんかしなくて______。 不定期更新です。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

処理中です...