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一ノ瀬紅羽の場合
40話
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――そう、だから――ありが――あぁ!?
夢心地だった僕の耳に、少し乱暴な颯介の声が入ってきた。うっすらと目を開ける。カーテンから漏れてくる白い光は、今が朝だということを物語っていた。
「朝……!?」
身体を勢いよく起こし、腰に走った鈍い痛みに撃沈され再び横になる。
僕はロフトベッドに寝かされていた。動かせる範囲で身体を確認すれば、僕の身体は綺麗にされていて、身体を冷やさないよう服を着せられていた。
昨日まで感じていた熱っぽさはない。むしろすっきりしたような、そんな感覚だ。
「……風邪、治った、のかな」
若干声が枯れてるが、これは昨夜のだろう。てか、今は何時だ? 今日は平日のはず。仕事に行かなきゃ……。痛みが残る身体に鞭を打ち、まるで壊れた機械みたいに動かしていると、
「あ、紅羽さん、おはようございます。起きてたんですね」
と扉を開けて颯介が入ってきた。昨日着ていたスーツではなく、泊まり用に置いてある服を身につけている。
「おはよ……。誰か来たのか?」
僕がギギギと音が鳴りそうな動きをしていると、颯介がロフトベッドまで近寄り「電話です」と手を取ってくれた。
「電話……? あ、仕事!」
「休みの連絡なら入れました」
「あ、ありがと」
今が何時かわからないが、颯介が先に起きていたのを見るに、朝早い時間ではなさそうだ。颯介に支えられながらロフトから降りる。僕の目元を颯介の指先が拭って、それから額同士をコツンと合わされた。
「ひぁ……!?」
「うん。だいぶん落ち着いたみたいでよかったです。腕も……、痕になってない。よかった」
痕? なんのこと……と少しだけ考えて、それが昨夜のことだとすぐに気づいた。
なんだか恥ずかしいことを言った気がする。いや、絶対言ってた。だって覚えてるし。
「あ、の、颯介」
「はい?」
額を離した颯介が、僕の服一式を用意しながら返事をする。背中に話しかけるのは気が引けるけれど、むしろこの赤い顔を見られなくていいかもしれない。
「昨日、の、こと、なんだけど」
「あー」
服を用意し終えたのか、それとも気まずさからなのか、颯介の手がぴたりと止まり、歯切れが悪そうな返事をした。
「僕、その、颯介との赤ちゃ」
「今から白石さんのとこに行こうと思うんです。連絡ならさっき入れたんで」
「え? あ、あの」
僕の言葉を遮る物言いに、胸の奥がずくんと傷んだ。昨日のあれは、やっぱり颯介にとって迷惑だったんだろうか。
高くなった体温も一気に冷めて、顔に集まっていた熱が引いていく。僕だけだったのかな、なんて気持ちが溢れてきて、泣きそうになる。そんな顔を見られたくなくて、僕は「うん」と頷いて、俯いた。
「……紅羽さん、勘違いしないでほしいんですが」
頭に何かがぽすりと置かれた。それは僕の服のようだけど、頭を上げようにも微妙に力が込められていて上げられない。
「昨日のあれ、俺は嬉しかったです。だからこそ、簡単に口にしないでほしい。歯止めが効かなくなるんで」
「それって……」
力が緩んで、頭を上げれるようになる。颯介の顔を見ようとしたけれど、代わりに服を顔に押しつけられた。口から蛙が潰れたような声が出て、それに颯介が笑う。やっとの思いで服を受け取れば、颯介は「早く着替えてください」と玄関へと向かってしまった。
どうやら僕は、だいぶんぐっすりと眠っていたらしい。寝てる間に颯介が借りたレンタカー、その備えつけの時計はもう十一時を過ぎていた。
白石さん、いや白石先生は、八重さんのことでお世話になったきりだ。特に困ったこともなかったし、別にいいかなと思っていたのだけど、βなのにヒート状態になったのは流石に不味い。
そう判断して、颯介が急遽連絡をしてくれたようだった。
「ちょうど俺も薬なくなるとこだったんで、都合がいいです」
「抑制剤、だっけ」
「えぇ」
前と同じように助手席に座り、朝昼兼用で買ったコンビニのおにぎりをかじりながら、流れる田畑を眺める。相変わらずのどかな場所だ。落ち着いてて、時間の流れがゆっくりに感じる。
「その抑制剤って、僕には効かないのか?」
効くのなら、僕もそれを飲めばいいと思うのだけど。
「俺のこれはα用ですし、何より強めのやつなんで」
「そんなきついのか? なんか、その、飲ませてごめんな」
「それは、まぁ、大丈夫です。薬の処方を頼めるとこが少ないってくらいですし」
「大変なんだな」
爪楊枝に唐揚げを刺して一個食べる。隣の颯介が「あ」と口を開けてきたけれど「駄目」と断った。
「ちゃんと前見ないと危ない」
「教習所のおっさんみたいなこと言いますね」
「うるさい」
ちゃんと残しておくし、着いたらあげればいいだけだ。ペットボトルからお茶を飲んだところで、僕はまた一個唐揚げを爪楊枝に刺した。あと二十分くらいだし、そんなに冷めないはずだ。
と、なぜか颯介が車を路肩に止めた。
「……?」
口に唐揚げを咥えたまま、何事かと颯介を見る。ずいと身を乗り出してきた颯介の顔が間近に迫り、咥えていた唐揚げを口移しの要領で取られてしまう。微かに触れた唇が妙に柔らかくて、僕は「は、な!?」と意味のない言葉を口にした。
「このへん、信号もないから止まるタイミングないんですよね」
唐揚げを飲み込んだ颯介が、さらりと言ってのける。道を通るおじいさんやおばあさんがちらちらと見ていくのに我に帰り、
「てぃ、てぃーぴーおおおお!?」
と色気のない叫びを上げた。
夢心地だった僕の耳に、少し乱暴な颯介の声が入ってきた。うっすらと目を開ける。カーテンから漏れてくる白い光は、今が朝だということを物語っていた。
「朝……!?」
身体を勢いよく起こし、腰に走った鈍い痛みに撃沈され再び横になる。
僕はロフトベッドに寝かされていた。動かせる範囲で身体を確認すれば、僕の身体は綺麗にされていて、身体を冷やさないよう服を着せられていた。
昨日まで感じていた熱っぽさはない。むしろすっきりしたような、そんな感覚だ。
「……風邪、治った、のかな」
若干声が枯れてるが、これは昨夜のだろう。てか、今は何時だ? 今日は平日のはず。仕事に行かなきゃ……。痛みが残る身体に鞭を打ち、まるで壊れた機械みたいに動かしていると、
「あ、紅羽さん、おはようございます。起きてたんですね」
と扉を開けて颯介が入ってきた。昨日着ていたスーツではなく、泊まり用に置いてある服を身につけている。
「おはよ……。誰か来たのか?」
僕がギギギと音が鳴りそうな動きをしていると、颯介がロフトベッドまで近寄り「電話です」と手を取ってくれた。
「電話……? あ、仕事!」
「休みの連絡なら入れました」
「あ、ありがと」
今が何時かわからないが、颯介が先に起きていたのを見るに、朝早い時間ではなさそうだ。颯介に支えられながらロフトから降りる。僕の目元を颯介の指先が拭って、それから額同士をコツンと合わされた。
「ひぁ……!?」
「うん。だいぶん落ち着いたみたいでよかったです。腕も……、痕になってない。よかった」
痕? なんのこと……と少しだけ考えて、それが昨夜のことだとすぐに気づいた。
なんだか恥ずかしいことを言った気がする。いや、絶対言ってた。だって覚えてるし。
「あ、の、颯介」
「はい?」
額を離した颯介が、僕の服一式を用意しながら返事をする。背中に話しかけるのは気が引けるけれど、むしろこの赤い顔を見られなくていいかもしれない。
「昨日、の、こと、なんだけど」
「あー」
服を用意し終えたのか、それとも気まずさからなのか、颯介の手がぴたりと止まり、歯切れが悪そうな返事をした。
「僕、その、颯介との赤ちゃ」
「今から白石さんのとこに行こうと思うんです。連絡ならさっき入れたんで」
「え? あ、あの」
僕の言葉を遮る物言いに、胸の奥がずくんと傷んだ。昨日のあれは、やっぱり颯介にとって迷惑だったんだろうか。
高くなった体温も一気に冷めて、顔に集まっていた熱が引いていく。僕だけだったのかな、なんて気持ちが溢れてきて、泣きそうになる。そんな顔を見られたくなくて、僕は「うん」と頷いて、俯いた。
「……紅羽さん、勘違いしないでほしいんですが」
頭に何かがぽすりと置かれた。それは僕の服のようだけど、頭を上げようにも微妙に力が込められていて上げられない。
「昨日のあれ、俺は嬉しかったです。だからこそ、簡単に口にしないでほしい。歯止めが効かなくなるんで」
「それって……」
力が緩んで、頭を上げれるようになる。颯介の顔を見ようとしたけれど、代わりに服を顔に押しつけられた。口から蛙が潰れたような声が出て、それに颯介が笑う。やっとの思いで服を受け取れば、颯介は「早く着替えてください」と玄関へと向かってしまった。
どうやら僕は、だいぶんぐっすりと眠っていたらしい。寝てる間に颯介が借りたレンタカー、その備えつけの時計はもう十一時を過ぎていた。
白石さん、いや白石先生は、八重さんのことでお世話になったきりだ。特に困ったこともなかったし、別にいいかなと思っていたのだけど、βなのにヒート状態になったのは流石に不味い。
そう判断して、颯介が急遽連絡をしてくれたようだった。
「ちょうど俺も薬なくなるとこだったんで、都合がいいです」
「抑制剤、だっけ」
「えぇ」
前と同じように助手席に座り、朝昼兼用で買ったコンビニのおにぎりをかじりながら、流れる田畑を眺める。相変わらずのどかな場所だ。落ち着いてて、時間の流れがゆっくりに感じる。
「その抑制剤って、僕には効かないのか?」
効くのなら、僕もそれを飲めばいいと思うのだけど。
「俺のこれはα用ですし、何より強めのやつなんで」
「そんなきついのか? なんか、その、飲ませてごめんな」
「それは、まぁ、大丈夫です。薬の処方を頼めるとこが少ないってくらいですし」
「大変なんだな」
爪楊枝に唐揚げを刺して一個食べる。隣の颯介が「あ」と口を開けてきたけれど「駄目」と断った。
「ちゃんと前見ないと危ない」
「教習所のおっさんみたいなこと言いますね」
「うるさい」
ちゃんと残しておくし、着いたらあげればいいだけだ。ペットボトルからお茶を飲んだところで、僕はまた一個唐揚げを爪楊枝に刺した。あと二十分くらいだし、そんなに冷めないはずだ。
と、なぜか颯介が車を路肩に止めた。
「……?」
口に唐揚げを咥えたまま、何事かと颯介を見る。ずいと身を乗り出してきた颯介の顔が間近に迫り、咥えていた唐揚げを口移しの要領で取られてしまう。微かに触れた唇が妙に柔らかくて、僕は「は、な!?」と意味のない言葉を口にした。
「このへん、信号もないから止まるタイミングないんですよね」
唐揚げを飲み込んだ颯介が、さらりと言ってのける。道を通るおじいさんやおばあさんがちらちらと見ていくのに我に帰り、
「てぃ、てぃーぴーおおおお!?」
と色気のない叫びを上げた。
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