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一ノ瀬紅羽の場合

37話

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 コートの裾が長くてよかった。濡れたズボンが見えなくなるから。
 駅に着いて、颯介に引っ張られるまま足早にアパートに向かう。風が吹くたびに、少し前を歩く颯介から甘い香りが漂った。それが鼻腔をくすぐるたびに、さっき出したばかりの熱がズボンを押し上げ主張する。

「そうす、け……、なんか、へん、だ……」

 身体が熱い。お腹の奥が疼いてたまらない。颯介が欲しい。

「颯介っ」

 堪らず名前を呼べば、颯介は手首を引いていた手を一旦離して、でもすぐに指を絡ませるように手を握ってくれた。

「わかってます。体がつらいんですよね? だから早く帰りましょう」

 確かに、つらい。
 こんなに疼いて、欲しくて、颯介に奥をぐちゃぐちゃに掻き回してほしくて堪らないなんて、今までになかったから。
 アパートが見えてくる。家の前で颯介が手を離し、僕の鞄から鍵を取り出し開けてくれた。いつもは僕が先に入るのに、珍しく颯介が先に上がる。その背中が愛しくて、離れたくなくて、僕は手を伸ばしてコートを遠慮がちに摘んだ。

「颯介……、嫌だ、離れるな……っ」
「大丈夫です。むしろ俺があなたを離しませんから」

 颯介がコートを脱いで、それを僕に包むようかけてくれた。途端ふわりと漂った香りに、まるで全身の血が沸騰するような感覚に襲われ、ぶわりと毛が逆立つ。

「ひ、やっ、これ、なにっ」

 今まで感じたことのない感覚に戸惑う。焦る僕とは反対に、颯介が「ヒート、だと思います」と冷静に返して、靴を脱ぐよう促してきた。
 ヒート? それってΩに起こるもの、だよな。でも僕は結局βのままで、Ωにはなれなかったはず……。
 僕の肩口に顔を寄せた颯介が、何度か鼻を鳴らす。その仕草にも身体がびくびくと反応して、僕は小さく声を上げ、ずるずると座り込んでしまった。

「なん……っ、さっきイッたばっか、なのにっ」

 もう恥ずかしい。座ったことで、ぐっしょりとした感触が尻にまで伝う。自分のズボンとコートだけでなく、かけてくれた颯介のコートまで汚してしまって、僕は意味がわからないやら、恥ずかしいやら、どうなるのやらで、涙が溢れてきた。

「どうしよ、そうす……、ぼく、やだあっ」
「紅羽さん」

 屈んだ颯介が、僕から鞄を取り上げて、自分のと一緒に廊下の隅へと置く。そのまま抱き寄せられ、さらに颯介の香りが強くなる。

「ぁ……、そうす、け」

 頭の中がぼーっとする。何も考えられなくなっていくみたいだ。
 いや、厳密には何も、じゃない。颯介が欲しい。颯介に抱かれて、何もかわらなくなるぐらい抱かれて、気持ちよくなりたい。

「紅羽さんのやりたいこと、してほしいこと、全部わかってます。俺、これくらいじゃ嫌いになりませんから」

 颯介の言葉は、僕の理性を簡単に崩してしまう。

「……い」
「紅羽さん?」

 颯介の首に頭を擦り寄せて、匂いをつけるようにぐりぐりと押しつける。そのまま颯介の頬を両手で挟むように触れて、

「そうすけの、ほしい」

と目を見てはっきりと口にした。
 途端に口を塞がれて、颯介の舌が歯列をなぞる。裏まで舐められ、僕の口から飲みきれない唾液が顎を伝う。そっと目を開ければ、同じく目を開けていた颯介とばっちり目が合った。

「ぅえ!? な、んでっ」

 驚いて離れれば、颯介が「残念」とにやりと笑い、僕の靴を脱がせ、それから横抱きにして部屋へと向かった。

「紅羽さんのキス顔、ほんと堪んなくて」

 そう言い扉を簡単に開けた颯介が、敷きっぱなしの布団を見て困ったように息を吐く。

「一人で淋しかったんです?」
「ん……、でも最近、匂いがうすくなって、きてて……っ」
「じゃあ、またつけないと、ですね」

 颯介が僕の額に唇を寄せ、軽いリップ音を立ててから離れていく。僕の口から吐かれた息は熱く、お腹の奥にきゅうっと切ない疼きを残す。

「そ、すけ、はやくっ」

 横抱きにされたまま、颯介の胸板に顔を埋める。

「はいはい、わかってますから」

 僕を降ろして、まずはコート二つとスーツを脱がされた。上半身全てを取っ払われてから、布団に寝かされる。カチャカチャとベルトを外され、ズボンごと下着も全部はがされてしまう。

「や、だ……、はずかし」

 早くしてほしいのに、見られるのが恥ずかしい。矛盾を言っている自覚はあるのに、僕の身体は颯介がくれるであろう快楽を期待して、ふるふると小さく震えていた。
 布団を敷く際に出したボトルの中身を、颯介がいつもみたいに手のひらに垂らして、指先が窄みに触れる。冷たい感触になぜか淋しさが募って、僕は「そ、すけ……っ」と少し体を起こしてその行為を制した。

「どうしました……?」

 指先についたローションを、僕につかないよう気を使いながら、反対の手で頬を撫でてくれる。それだけで堪らない気持ちになって、思わず息が漏れてしまう。けれどそれが目的ではないから、僕はさらに体を動かして、胡座をかいた状態の颯介に、向き合う形で跨った。

「……くっついてたい」

 自分でも驚くぐらいに甘い声だった。
 颯介の首元にぐりぐりと顔を押しつけて、まるで子供が甘えるように背中に手を回して体をくっつける。その格好で鼻を鳴らせば颯介の匂いがして、思わず足の指先に力が入った。

「っは、そうす……ッ」

 くちゅ、と音が聞こえて、恐る恐る目線を下へとやる。僕から出された真っ白な欲が、まだ脱いでいなかった颯介のシャツに派手にかかっていた。

「ごめっ」
「いいですから」

 逃げようと引いた腰を、颯介がぐいと引き寄せた。

「何も考えないで。俺にだけ集中してください」
「……ん、ぁ」

 後ろから回された颯介の指先が、ひくつく窄みを撫でるように滑り、それからゆっくりと埋められた。
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