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35話
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アパートに着くなり、玄関先で颯介に背後から抱きしめられた。うなじに鼻を押し当てられて、何度か匂いを嗅がれる。
「ま、まだお風呂入ってない、から、汗臭い……っ」
「そんなことないです」
吐息がかかるたび、腰にぞくぞくとした感覚が走って、僕は身をよじって「んんぅ」と背中を丸くする。自分から颯介に尻を押しつけるような動きになり、その際、颯介の膨らんだ熱が腰に当たる。
「な、なんっ、なんで、当たって」
「当ててるんです。マーキング、してほしいんですよね?」
生暖かい舌が首筋を伝って、耳の上のほうを緩く噛む。つい力が抜けそうになって、慌てて両手で持ったままの鞄を抱え直した。
「ロフトベッド、行きましょう」
そんな僕に気づいたのか、颯介が僕から離れて靴を脱ぐ。こんな時でもきちんと揃えるあたり、よほど白石先生の躾がよかったんだなと頭の片隅で考える。いや、でも、颯介の口の悪さって先生と似てたよな、とも思い直して、やっぱりよくわからなくもなる。
「あ、あの、颯介」
「シャワーを浴びたいなら後でお願いします」
颯介が僕から鞄を奪い取って、自分のものと一緒にローテーブルの近くに置く。その流れでスーツのボタンを外され、ネクタイを緩められたところで「颯介!」とその手を制した。
「……なんですか。俺、もう限界なんですけど」
僕を見おろす目が“用件を早く言え”と急かしてくる。そんな颯介に一旦背を向け、僕は颯介の布団を閉まってある押入れを開けた。ずるずると布団を引きずり出して、いつもの位置、ロフトベッドの下のスペースに敷く。
「紅羽さん……?」
訝しむ声が聞こえたけど、それも無視して、置いてある颯介の服やら下着も出して、布団の上に適当に置いた。最後にハンガーを持って「上着」とスーツの裾を引っ張れば、颯介は理解したみたいで、すぐに脱いで渡してくれた。ハンガーをロフトベッドにかけ、僕は布団の真ん中に座り「ん」と両手を広げる。
「満足、しました?」
颯介がネクタイを緩めて、それも僕に投げて寄越す。頭にかかったネクタイの端を持って鼻に近づける。一瞬だけ甘い、花みたいな香りがして、僕は小さく首を傾げた。
「紅羽さん?」
シャツのボタンを外した颯介が、同じように布団に座り、そのまま僕の背中に手を回し、ゆっくりと寝かせてくれた。
「匂い、が……」
「匂い?」
僕のネクタイ、それからYシャツのボタンを全部外されて、つんと尖った突起が空気に晒される。早く颯介に触ってほしくて少しだけ身体を反らせば、颯介は左側を摘んで、右側を口へと含んだ。
「ひぅ……、ぁ、ん……っ」
摘まれたほうを引っ張られ、時に先端を人差し指でぐりぐりとこねられる。口の中に入れられたほうは、颯介の舌でねっとりと舐められて、何も出ないというのに吸われた。
「で。匂いがどうしました?」
突起から口を離して、颯介が舌先を下へと移動させていく。代わりに両方の突起を指で摘まれ、いいように遊ばれる。左はカリカリと引っ掻くような、少しの痛みを。右は労るようなこねる動きに、僕は腰をびくつかせた。
「そ、すけの、匂い……。いっぱい、つけてほし……」
「今つけてるじゃ」
「こっち。こっちに、も」
僕は手元にあった服を引っ掴んで「これ」と示す。
「ひとりで寝る時、さみし……から、ぜんぶ、つけて……っ」
体を起こした颯介が、僕の手から服を乱暴に奪う。匂いをつけてくれるのかと思いきや「紅羽さん」と服をそのへんに放った。
「なんで……?」
つけてくれると思った僕は、颯介の行動に悲しさが込み上げてきて、顔をくしゃりと歪ませた。何もなくなった手が虚しい。颯介はそんな僕の手を取り、手首に軽い痺れを残してから、
「……もう、一緒に住みませんか?」
と予想外の言葉を言った。思考が停止した僕は、でもすぐに冷静になり「無理だけど」と当たり前のように返してしまう。
「……ほう。理由を、お伺いしても?」
空気が張り詰める。また僕は、言葉足らずなことを言ってしまった。
「や、あの、嫌じゃない、嬉しい。でもまだ、ここの契約が残ってて、違約金払うのは勿体ないっていうか」
「……いつ」
「へ?」
完全に体を離して、左手を額にやりながら颯介がため息をついた。
「だから、契約はいつまでですか」
「あ、えと、来年の三月……」
今はまだ雪も降らない季節。もう少しだけ契約期間がある。
「わかりました。それまでに住むとこ決めて引っ越しましょう」
「颯介と……」
先週過ごした時間を思い出し、自然と顔が緩んでしまう。
「へへ、楽しみだなぁ」
「はぁ……ったく、あなたは」
颯介が苦笑いとともに立ち上がる。外したボタンを閉めて、ハンガーから上着を手にしたのを見て、僕は慌てて「そ、颯介!?」と手を伸ばした。
「シ、シないのか!?」
「萎えたついでに、コンビニで適当に飯買ってきます。それから紅羽さん」
部屋を出る際、颯介が振り返ってにやりと笑った。
「ローション、どうせ新しいの買ってないんでしょ」
「あ、あるし! たぶん。颯介が買ったやつ……」
自分じゃ恥ずかしくて、まだ買えたことないけど。
「買ってくるんで、風呂やっといてください」
颯介には全部お見通しだ。ガチャンと扉の閉まる音と共に、僕は弾かれたように動き始めた。たぶんある、まだあるし。
押入れを開く。いつもここにある。布団を出した時には……見てないけど。
「……ない」
そういえば僕、自分で使ったことないから残量がどれぐらいあるかを知らない。だとすると、颯介はそれを知った上で言い出してくれたのか?
「僕が馬鹿すぎる……」
後でお金を渡そう。そう決めて、とりあえずお風呂の用意をやり始めた。
「ま、まだお風呂入ってない、から、汗臭い……っ」
「そんなことないです」
吐息がかかるたび、腰にぞくぞくとした感覚が走って、僕は身をよじって「んんぅ」と背中を丸くする。自分から颯介に尻を押しつけるような動きになり、その際、颯介の膨らんだ熱が腰に当たる。
「な、なんっ、なんで、当たって」
「当ててるんです。マーキング、してほしいんですよね?」
生暖かい舌が首筋を伝って、耳の上のほうを緩く噛む。つい力が抜けそうになって、慌てて両手で持ったままの鞄を抱え直した。
「ロフトベッド、行きましょう」
そんな僕に気づいたのか、颯介が僕から離れて靴を脱ぐ。こんな時でもきちんと揃えるあたり、よほど白石先生の躾がよかったんだなと頭の片隅で考える。いや、でも、颯介の口の悪さって先生と似てたよな、とも思い直して、やっぱりよくわからなくもなる。
「あ、あの、颯介」
「シャワーを浴びたいなら後でお願いします」
颯介が僕から鞄を奪い取って、自分のものと一緒にローテーブルの近くに置く。その流れでスーツのボタンを外され、ネクタイを緩められたところで「颯介!」とその手を制した。
「……なんですか。俺、もう限界なんですけど」
僕を見おろす目が“用件を早く言え”と急かしてくる。そんな颯介に一旦背を向け、僕は颯介の布団を閉まってある押入れを開けた。ずるずると布団を引きずり出して、いつもの位置、ロフトベッドの下のスペースに敷く。
「紅羽さん……?」
訝しむ声が聞こえたけど、それも無視して、置いてある颯介の服やら下着も出して、布団の上に適当に置いた。最後にハンガーを持って「上着」とスーツの裾を引っ張れば、颯介は理解したみたいで、すぐに脱いで渡してくれた。ハンガーをロフトベッドにかけ、僕は布団の真ん中に座り「ん」と両手を広げる。
「満足、しました?」
颯介がネクタイを緩めて、それも僕に投げて寄越す。頭にかかったネクタイの端を持って鼻に近づける。一瞬だけ甘い、花みたいな香りがして、僕は小さく首を傾げた。
「紅羽さん?」
シャツのボタンを外した颯介が、同じように布団に座り、そのまま僕の背中に手を回し、ゆっくりと寝かせてくれた。
「匂い、が……」
「匂い?」
僕のネクタイ、それからYシャツのボタンを全部外されて、つんと尖った突起が空気に晒される。早く颯介に触ってほしくて少しだけ身体を反らせば、颯介は左側を摘んで、右側を口へと含んだ。
「ひぅ……、ぁ、ん……っ」
摘まれたほうを引っ張られ、時に先端を人差し指でぐりぐりとこねられる。口の中に入れられたほうは、颯介の舌でねっとりと舐められて、何も出ないというのに吸われた。
「で。匂いがどうしました?」
突起から口を離して、颯介が舌先を下へと移動させていく。代わりに両方の突起を指で摘まれ、いいように遊ばれる。左はカリカリと引っ掻くような、少しの痛みを。右は労るようなこねる動きに、僕は腰をびくつかせた。
「そ、すけの、匂い……。いっぱい、つけてほし……」
「今つけてるじゃ」
「こっち。こっちに、も」
僕は手元にあった服を引っ掴んで「これ」と示す。
「ひとりで寝る時、さみし……から、ぜんぶ、つけて……っ」
体を起こした颯介が、僕の手から服を乱暴に奪う。匂いをつけてくれるのかと思いきや「紅羽さん」と服をそのへんに放った。
「なんで……?」
つけてくれると思った僕は、颯介の行動に悲しさが込み上げてきて、顔をくしゃりと歪ませた。何もなくなった手が虚しい。颯介はそんな僕の手を取り、手首に軽い痺れを残してから、
「……もう、一緒に住みませんか?」
と予想外の言葉を言った。思考が停止した僕は、でもすぐに冷静になり「無理だけど」と当たり前のように返してしまう。
「……ほう。理由を、お伺いしても?」
空気が張り詰める。また僕は、言葉足らずなことを言ってしまった。
「や、あの、嫌じゃない、嬉しい。でもまだ、ここの契約が残ってて、違約金払うのは勿体ないっていうか」
「……いつ」
「へ?」
完全に体を離して、左手を額にやりながら颯介がため息をついた。
「だから、契約はいつまでですか」
「あ、えと、来年の三月……」
今はまだ雪も降らない季節。もう少しだけ契約期間がある。
「わかりました。それまでに住むとこ決めて引っ越しましょう」
「颯介と……」
先週過ごした時間を思い出し、自然と顔が緩んでしまう。
「へへ、楽しみだなぁ」
「はぁ……ったく、あなたは」
颯介が苦笑いとともに立ち上がる。外したボタンを閉めて、ハンガーから上着を手にしたのを見て、僕は慌てて「そ、颯介!?」と手を伸ばした。
「シ、シないのか!?」
「萎えたついでに、コンビニで適当に飯買ってきます。それから紅羽さん」
部屋を出る際、颯介が振り返ってにやりと笑った。
「ローション、どうせ新しいの買ってないんでしょ」
「あ、あるし! たぶん。颯介が買ったやつ……」
自分じゃ恥ずかしくて、まだ買えたことないけど。
「買ってくるんで、風呂やっといてください」
颯介には全部お見通しだ。ガチャンと扉の閉まる音と共に、僕は弾かれたように動き始めた。たぶんある、まだあるし。
押入れを開く。いつもここにある。布団を出した時には……見てないけど。
「……ない」
そういえば僕、自分で使ったことないから残量がどれぐらいあるかを知らない。だとすると、颯介はそれを知った上で言い出してくれたのか?
「僕が馬鹿すぎる……」
後でお金を渡そう。そう決めて、とりあえずお風呂の用意をやり始めた。
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