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33話
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腰が痛い。いや、腰だけじゃない。喉も、腕も、お腹だって痛い。
「あの、紅羽さん、水、飲みます……?」
ぐちゃぐちゃになった服を洗濯機に放り込み、部屋に戻ってきた颯介が、口まですっぽりとシーツに隠れる僕にペットボトルを差し出す。飲みたいけれど、正直身体が痛くて起き上がれたもんじゃない。颯介自身、多少手酷くした自覚はあるみたいで、目尻が少しだけ下がって見えた。
「飲む、から、起こせ……」
「はい」
颯介が、一旦枕の横にペットボトルを置いて、僕の身体を支えて起こしてくれた。そのまま自分でペットボトルに手を伸ばして、やっとの思いでひと口飲み込む。
「体、大丈夫ですか……?」
さっきまで好き勝手に腰を振ってた奴とは思えない発言だ。そのギャップが可笑しくて、僕は小さく吹き出した。その際、お腹に力が少し入ったのか腰からビギッと嫌な音が鳴った。痛い。
「……大丈夫じゃない」
いつも意地の悪いことを言われているのだ。今くらい、こっちがトゲのある言い方をしてもいいだろう。
「でも」
支えてくれる颯介にもたれかかる。僕より引き締まった身体が、少しだけ羨ましい。
「気持ちよかった、から……。たまになら、してやらんことも、ない」
鼻を鳴らして颯介の香りを嗅ぐ。優しくて甘い香りが満ちて、それは僕を酷く安心させた。と、聞きたかったことがあったのを思い出して「あ」と小さく声を上げた。
「颯介、べろ出せ」
「え? ひゃ、ひゃい、ひょーほ」
颯介が出した舌をよくよく観察する。あの時ついていた銀色のピアスはない。親指と人差し指で摘むように、ふにふにと触ってみる。穴もない。
「穴って塞がるんだ……」
ふにふに、ふにふに。あ、これ結構いい感触かもしれない。分厚くて、柔らかくて、暖かくて……。これで足を舐めていたのかと思い出し、急に顔に熱が集まるのを自覚した。
「あ、ありがと、颯介。もういい……って、ひうっ」
急に舌が意思を持って、僕の指先を舐め上げる。引っ込めようとした腕を掴まれ、ねちっこく舌先が動くものだから、僕は嫌でもさっきまでの行為を思い出す。
「舌は簡単に塞がりますよ。あと、もう耳も空けてないし」
颯介が耳を見やすいように顔を傾けてくれた。言われた通り、そこにはもう何もなかった。
「な、んで、外した、んだよっ」
「……紅羽さんが」
わざとらしく音を立てて、颯介が口を離す。
「痛そうで嫌だって言ってたんで」
「そんな、の……っ」
期待するだろ、馬鹿。と言いたいのを抑え込んで、ふいと顔を背けた。顔を見られたくなかったからだけど、隠せてる自信はない。
「……来週から、仕事復帰する」
それだけ言って、僕はまた横になった。颯介が、枕横にあったペットボトルをテーブルに置いて、僕の隣に潜り込む。腕を頭の下に入れてきたから、仕方なく枕代わりにしてやって、颯介に甘えるように身体を擦り寄せた。
「須王さんが、心配してましたよ」
「須王さんが?」
隣のデスクに座る彼女を思い浮かべ、何か心配させることをしたっけな、と考えを巡らせる。
「“私が頼み事をしたから”って自分を責めてました」
「須王さんは悪くないのにな……」
確かに、頼み事をされて営業課へ行ったのが発端ではあるけど。それが原因なわけじゃない。あいつが悪いんであって……、と顔を思い出してしまって、体が小さく震えた。
「……もう寝ましょう。今日は無理をさせすぎましたし」
「全然、無理してない」
「はいはい。俺は眠いんで先に寝ますね」
そう言い、颯介は目を閉じる。でも僕を抱きしめてくれる力が強まるのがわかって、僕が寝るまで寝るつもりないんじゃないかと改めて思う。だから僕も目を閉じて「おやすみ」と颯介の胸板に顔をうずめた。
「異動、した……?」
週明け。久しぶりに出社した僕は、八重さんが異動したことを須王さんから聞かされた。
「うん。先週の半ばぐらいかな。営業課の友達から聞いたのよ」
いつも通りの作業をこなしながら、須王さんが淡々と話す。彼女からは第一声に謝罪され、その後すぐにこの話題に移った。
「一ノ瀬くん、手、止まってるよ」
「ご、ごめんなさい。びっくりして……」
「いきなりだったみたい。先週、八重さんがここに“十三ァァアア!”って鬼みたいに怒鳴り込んできたから」
「そうす……、十三を?」
須王さんの口から颯介の名前が出て、僕は首だけ後ろに少し向ける。ここ何ヶ月間ですっかり部署に馴染んだ颯介は、今や周囲からも頼られる存在になり、よく仕事を引き受けているようだ。
「あれから十三くんもαって公バレしちゃったしね。一ノ瀬くん、取られないように頑張りなよ?」
「あー……、ああ!?」
聞き逃がせない単語に、つい大声が出てしまう。しまった、また部長からの怒号が……と恐る恐る部長のデスクへ顔を向ける。部長は僕をちらりと見て「コホン」と小さく咳払いをしてから、
「一ノ瀬、くん。少し声を抑えなさい」
と今までとは打って変わった態度で、僕に注意を促した。
「あの、紅羽さん、水、飲みます……?」
ぐちゃぐちゃになった服を洗濯機に放り込み、部屋に戻ってきた颯介が、口まですっぽりとシーツに隠れる僕にペットボトルを差し出す。飲みたいけれど、正直身体が痛くて起き上がれたもんじゃない。颯介自身、多少手酷くした自覚はあるみたいで、目尻が少しだけ下がって見えた。
「飲む、から、起こせ……」
「はい」
颯介が、一旦枕の横にペットボトルを置いて、僕の身体を支えて起こしてくれた。そのまま自分でペットボトルに手を伸ばして、やっとの思いでひと口飲み込む。
「体、大丈夫ですか……?」
さっきまで好き勝手に腰を振ってた奴とは思えない発言だ。そのギャップが可笑しくて、僕は小さく吹き出した。その際、お腹に力が少し入ったのか腰からビギッと嫌な音が鳴った。痛い。
「……大丈夫じゃない」
いつも意地の悪いことを言われているのだ。今くらい、こっちがトゲのある言い方をしてもいいだろう。
「でも」
支えてくれる颯介にもたれかかる。僕より引き締まった身体が、少しだけ羨ましい。
「気持ちよかった、から……。たまになら、してやらんことも、ない」
鼻を鳴らして颯介の香りを嗅ぐ。優しくて甘い香りが満ちて、それは僕を酷く安心させた。と、聞きたかったことがあったのを思い出して「あ」と小さく声を上げた。
「颯介、べろ出せ」
「え? ひゃ、ひゃい、ひょーほ」
颯介が出した舌をよくよく観察する。あの時ついていた銀色のピアスはない。親指と人差し指で摘むように、ふにふにと触ってみる。穴もない。
「穴って塞がるんだ……」
ふにふに、ふにふに。あ、これ結構いい感触かもしれない。分厚くて、柔らかくて、暖かくて……。これで足を舐めていたのかと思い出し、急に顔に熱が集まるのを自覚した。
「あ、ありがと、颯介。もういい……って、ひうっ」
急に舌が意思を持って、僕の指先を舐め上げる。引っ込めようとした腕を掴まれ、ねちっこく舌先が動くものだから、僕は嫌でもさっきまでの行為を思い出す。
「舌は簡単に塞がりますよ。あと、もう耳も空けてないし」
颯介が耳を見やすいように顔を傾けてくれた。言われた通り、そこにはもう何もなかった。
「な、んで、外した、んだよっ」
「……紅羽さんが」
わざとらしく音を立てて、颯介が口を離す。
「痛そうで嫌だって言ってたんで」
「そんな、の……っ」
期待するだろ、馬鹿。と言いたいのを抑え込んで、ふいと顔を背けた。顔を見られたくなかったからだけど、隠せてる自信はない。
「……来週から、仕事復帰する」
それだけ言って、僕はまた横になった。颯介が、枕横にあったペットボトルをテーブルに置いて、僕の隣に潜り込む。腕を頭の下に入れてきたから、仕方なく枕代わりにしてやって、颯介に甘えるように身体を擦り寄せた。
「須王さんが、心配してましたよ」
「須王さんが?」
隣のデスクに座る彼女を思い浮かべ、何か心配させることをしたっけな、と考えを巡らせる。
「“私が頼み事をしたから”って自分を責めてました」
「須王さんは悪くないのにな……」
確かに、頼み事をされて営業課へ行ったのが発端ではあるけど。それが原因なわけじゃない。あいつが悪いんであって……、と顔を思い出してしまって、体が小さく震えた。
「……もう寝ましょう。今日は無理をさせすぎましたし」
「全然、無理してない」
「はいはい。俺は眠いんで先に寝ますね」
そう言い、颯介は目を閉じる。でも僕を抱きしめてくれる力が強まるのがわかって、僕が寝るまで寝るつもりないんじゃないかと改めて思う。だから僕も目を閉じて「おやすみ」と颯介の胸板に顔をうずめた。
「異動、した……?」
週明け。久しぶりに出社した僕は、八重さんが異動したことを須王さんから聞かされた。
「うん。先週の半ばぐらいかな。営業課の友達から聞いたのよ」
いつも通りの作業をこなしながら、須王さんが淡々と話す。彼女からは第一声に謝罪され、その後すぐにこの話題に移った。
「一ノ瀬くん、手、止まってるよ」
「ご、ごめんなさい。びっくりして……」
「いきなりだったみたい。先週、八重さんがここに“十三ァァアア!”って鬼みたいに怒鳴り込んできたから」
「そうす……、十三を?」
須王さんの口から颯介の名前が出て、僕は首だけ後ろに少し向ける。ここ何ヶ月間ですっかり部署に馴染んだ颯介は、今や周囲からも頼られる存在になり、よく仕事を引き受けているようだ。
「あれから十三くんもαって公バレしちゃったしね。一ノ瀬くん、取られないように頑張りなよ?」
「あー……、ああ!?」
聞き逃がせない単語に、つい大声が出てしまう。しまった、また部長からの怒号が……と恐る恐る部長のデスクへ顔を向ける。部長は僕をちらりと見て「コホン」と小さく咳払いをしてから、
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