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28話
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大学三年の冬。入試一日目。
僕は入試の手伝いで、高校生の案内をしていた。
試験は午前で終わって、帰りにコンビニでご飯を買って帰ろうかな、と楽しみにしながらホールへ向かう。
このあたりは雪は降らないけれど、代わりに雨はよく降る。その日も外は生憎の雨模様で、帰る高校生の差す傘がカラフルな道を作っていて、いつもより少しだけ賑やかだった。
その中、屋根の下で、ズボンのポケットに両手を突っ込んで立ち尽くす男子高校生がいた。髪はくすんだ茶色で、耳にはピアスホール開いてるし、背は高いしで、明らかに関わりたくない人種である。
親御さんのお迎えでも待ってるのだろうか。いや、家が遠いなら自分で帰るのかもしれないし、もしかして傘持ってないのか?
「あ、あの」
話しかけてしまった。
どう見ても、ボサボサ黒髪で黒縁眼鏡の陰キャな僕とは真反対のやつに、自分から話しかけてしまった。でも相手はブレザーだし、この子が高校生なら案内役として僕がなんとかしないと駄目だと思ったし!?
意味のわからない理由をつけ、勇気を出して声をかけたというのに、男子高校生は何も反応してくれない。
「ね、ねぇ、君さ」
もう一度話しかけてみる。彼は突っ込んでいたポケットからスマフォを取り出して、わざとらしく何やら操作をし始めた。鮮やかに無視を決め込まれている。
そこで僕も諦めればいいのに、真面目な僕は「ちょっと」と三度目の声がけをした。
「……無視してんの、わかんねぇ?」
やっと発した台詞がそれだった。僕よりも低い声だ。それで童謡を読んでくれたら、男の僕でも聞き惚れてしまうくらい、とても落ち着く声。なのに。
「わかってて声をかけてるんだけど!? そっちこそ、それがわかんないかな!?」
「うわ。やべぇ奴じゃん……」
「高校生でピアスホール開けてる子に言われたくないよ!?」
僕なんて大学生でも開けてないのに。というか、怖いから開けたくない。コンタクトでさえ怖いから眼鏡でいいのに。
色々言いたいことはあるけど、相手は高校生。ここで僕が怒りに任せて言っちゃ駄目だ。こほん、と喉を鳴らしてから、
「親御さん待ち?」
と彼をちらりと見上げた。
「あー……、傘待ち」
「誰か友達が取りに行ってるとか?」
「いや? ん」
そう彼が顎で示してきたのは、僕の持っている折り畳み傘だ。
「……これ僕のですけど!?」
大事そうに傘を抱える僕がよほど可笑しかったのか、彼は小さく吹き出して顔を反らした。笑うと年相応に見えて、最初は怖かったはずなのに、僕は彼を怖いと思わなくなっていた。
「そのでっかい鞄に、折り畳み傘入ってないのか?」
「持ち歩く奴いるんすか。あ、いたわ、ここに」
「遠回しに馬鹿にしてるだろ」
大学生と高校生。傍から見れば、なんの接点もないのになぜ一緒にいるのか疑問だっただろう。僕にだってわからない。でも、大学で友人といる時より、彼女といる時よりも、彼と話すこの時が一番、自分らしく話せている気がした。
「全く。高校生で髪染めて、しかもピアスホールまで開けて、そんなんじゃ入試受からないぞ?」
「少し前まで金だったし、別に今さらどうだっていいんだけど、世話んなってる人に無理やり戻されたんだよ。ピアスも外せってうっせぇし」
“世話になってる人”という言い方が引っかかったけど、もしかしたら、受験するのに親戚の家に泊めてもらってるのかもしれない。ならその人は良識的な人だ。
「ま、流石にここは外してねぇけど」
「ここ? んん!?」
彼が「んべ」と出した舌には、銀色のピアスが光っていた。見慣れない場所にあるピアスはあまりにも痛そうで、僕は「んー!」と目を閉じて思いきり顔を反らした。
「あ。こーゆーの、苦手な人?」
「苦手だし、嫌いだ」
「あー、あんたもあれ? 親からもらった体をーとか言っちゃう人?」
激しくなってきた雨音の中、彼の声色が淋しそうに響く。僕は反らした顔を戻して、彼の顔色を伺うように片目を開けた。
「別に、それを僕がどうこう言うあれはないけど」
「けど?」
「例えば、君と一緒にご飯食べる時とか、気になってご飯どころじゃなくなると思う。い、痛くないのかなとか、味覚あるのかな、とか……。すごく、気になる……」
最後のほうは上手く言えなくて、上手く口から言葉が出なかった。彼は一瞬意外そうに目を丸くして、でもすぐに歯を見せて笑いだした。
「なん……っ、それっ。はははっ、何、俺と飯でも行くつもり? やっぱ年上は違うわ。何奢ってもらおっかなー」
「奢らないし!? 僕もう帰るし!?」
なんだ、この陽キャ高校生は。
人のこと弄びやがって。
「君も早く帰れよ? 明日も試験だろ?」
折り畳み傘をカバーから出して、棒部分を伸ばす。
「傘、ないんで。小降りになったら帰りますわ」
「小降りって……」
激しさを増した雨は、一向に止みそうにない。いや、まだ昼過ぎだし、もしかしたら夕方までには止むのかもしれない。傘を差し、屋根から半分出た状態のまま振り返る。
「……家、どこだよ」
「さぁ?」
「君、嫌な奴だな」
嫌味を言ってやったというのに、彼は嫌な顔ひとつせず「だろうな」と当たり前のように肯定した。
「……明日も、僕、いるから。だから」
差していた傘をずいと突き出した。
「明日、ここで返せ」
「や、強引すぎ……」
渋る彼の手に無理やり握らせ、僕は雨の中、走り出す。背後で何か言ってたけど、ここで止まったらさらに濡れるだけだ。
びしょ濡れで、当時住んでたアパートに駆け込んだ。すぐにシャワーを浴びたのだけど、僕はものの見事に熱を出し、次の日寝込んでしまった。以降、あの傘の行方はわからなくなったのだ。
僕は入試の手伝いで、高校生の案内をしていた。
試験は午前で終わって、帰りにコンビニでご飯を買って帰ろうかな、と楽しみにしながらホールへ向かう。
このあたりは雪は降らないけれど、代わりに雨はよく降る。その日も外は生憎の雨模様で、帰る高校生の差す傘がカラフルな道を作っていて、いつもより少しだけ賑やかだった。
その中、屋根の下で、ズボンのポケットに両手を突っ込んで立ち尽くす男子高校生がいた。髪はくすんだ茶色で、耳にはピアスホール開いてるし、背は高いしで、明らかに関わりたくない人種である。
親御さんのお迎えでも待ってるのだろうか。いや、家が遠いなら自分で帰るのかもしれないし、もしかして傘持ってないのか?
「あ、あの」
話しかけてしまった。
どう見ても、ボサボサ黒髪で黒縁眼鏡の陰キャな僕とは真反対のやつに、自分から話しかけてしまった。でも相手はブレザーだし、この子が高校生なら案内役として僕がなんとかしないと駄目だと思ったし!?
意味のわからない理由をつけ、勇気を出して声をかけたというのに、男子高校生は何も反応してくれない。
「ね、ねぇ、君さ」
もう一度話しかけてみる。彼は突っ込んでいたポケットからスマフォを取り出して、わざとらしく何やら操作をし始めた。鮮やかに無視を決め込まれている。
そこで僕も諦めればいいのに、真面目な僕は「ちょっと」と三度目の声がけをした。
「……無視してんの、わかんねぇ?」
やっと発した台詞がそれだった。僕よりも低い声だ。それで童謡を読んでくれたら、男の僕でも聞き惚れてしまうくらい、とても落ち着く声。なのに。
「わかってて声をかけてるんだけど!? そっちこそ、それがわかんないかな!?」
「うわ。やべぇ奴じゃん……」
「高校生でピアスホール開けてる子に言われたくないよ!?」
僕なんて大学生でも開けてないのに。というか、怖いから開けたくない。コンタクトでさえ怖いから眼鏡でいいのに。
色々言いたいことはあるけど、相手は高校生。ここで僕が怒りに任せて言っちゃ駄目だ。こほん、と喉を鳴らしてから、
「親御さん待ち?」
と彼をちらりと見上げた。
「あー……、傘待ち」
「誰か友達が取りに行ってるとか?」
「いや? ん」
そう彼が顎で示してきたのは、僕の持っている折り畳み傘だ。
「……これ僕のですけど!?」
大事そうに傘を抱える僕がよほど可笑しかったのか、彼は小さく吹き出して顔を反らした。笑うと年相応に見えて、最初は怖かったはずなのに、僕は彼を怖いと思わなくなっていた。
「そのでっかい鞄に、折り畳み傘入ってないのか?」
「持ち歩く奴いるんすか。あ、いたわ、ここに」
「遠回しに馬鹿にしてるだろ」
大学生と高校生。傍から見れば、なんの接点もないのになぜ一緒にいるのか疑問だっただろう。僕にだってわからない。でも、大学で友人といる時より、彼女といる時よりも、彼と話すこの時が一番、自分らしく話せている気がした。
「全く。高校生で髪染めて、しかもピアスホールまで開けて、そんなんじゃ入試受からないぞ?」
「少し前まで金だったし、別に今さらどうだっていいんだけど、世話んなってる人に無理やり戻されたんだよ。ピアスも外せってうっせぇし」
“世話になってる人”という言い方が引っかかったけど、もしかしたら、受験するのに親戚の家に泊めてもらってるのかもしれない。ならその人は良識的な人だ。
「ま、流石にここは外してねぇけど」
「ここ? んん!?」
彼が「んべ」と出した舌には、銀色のピアスが光っていた。見慣れない場所にあるピアスはあまりにも痛そうで、僕は「んー!」と目を閉じて思いきり顔を反らした。
「あ。こーゆーの、苦手な人?」
「苦手だし、嫌いだ」
「あー、あんたもあれ? 親からもらった体をーとか言っちゃう人?」
激しくなってきた雨音の中、彼の声色が淋しそうに響く。僕は反らした顔を戻して、彼の顔色を伺うように片目を開けた。
「別に、それを僕がどうこう言うあれはないけど」
「けど?」
「例えば、君と一緒にご飯食べる時とか、気になってご飯どころじゃなくなると思う。い、痛くないのかなとか、味覚あるのかな、とか……。すごく、気になる……」
最後のほうは上手く言えなくて、上手く口から言葉が出なかった。彼は一瞬意外そうに目を丸くして、でもすぐに歯を見せて笑いだした。
「なん……っ、それっ。はははっ、何、俺と飯でも行くつもり? やっぱ年上は違うわ。何奢ってもらおっかなー」
「奢らないし!? 僕もう帰るし!?」
なんだ、この陽キャ高校生は。
人のこと弄びやがって。
「君も早く帰れよ? 明日も試験だろ?」
折り畳み傘をカバーから出して、棒部分を伸ばす。
「傘、ないんで。小降りになったら帰りますわ」
「小降りって……」
激しさを増した雨は、一向に止みそうにない。いや、まだ昼過ぎだし、もしかしたら夕方までには止むのかもしれない。傘を差し、屋根から半分出た状態のまま振り返る。
「……家、どこだよ」
「さぁ?」
「君、嫌な奴だな」
嫌味を言ってやったというのに、彼は嫌な顔ひとつせず「だろうな」と当たり前のように肯定した。
「……明日も、僕、いるから。だから」
差していた傘をずいと突き出した。
「明日、ここで返せ」
「や、強引すぎ……」
渋る彼の手に無理やり握らせ、僕は雨の中、走り出す。背後で何か言ってたけど、ここで止まったらさらに濡れるだけだ。
びしょ濡れで、当時住んでたアパートに駆け込んだ。すぐにシャワーを浴びたのだけど、僕はものの見事に熱を出し、次の日寝込んでしまった。以降、あの傘の行方はわからなくなったのだ。
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