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25話

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 診察室にあるような簡易ベッド。患者が座るような丸椅子。医者が使う灰色の机。
 処置室の名前通り、本当にここは病院のようだった。

「いつまで突っ立ってるつもりだ、座れ」

 物言いが厳しい人だな。
 言われるまま丸椅子に座り、先生と正面から向き合う形になる。颯介は簡易ベッドに座り、僕を心配そうに見つめてくれる。
 さっきはよく見てなかったけれど、こうして見るとそれなりに整った顔の男性ひとだと気づいた。色黒のほどよく焼けた肌、深く刻まれたシワは彼の渋さを引き立てていて、白髪交じりの頭も似合っている。

「なぁに見てんだ。俺と浮気でもすっかぁ?」

 先生はそう冗談っぽくケタケタと笑ってみせるが、颯介は苛立ちを隠そうもせず「先生?」といつもより数段低い声で口角を上げた。

「冗談だ。人のモンに手ぇ出す趣味はねぇよ。αだろうとΩだろうと、βでもな」

 最後の“β”で僕を見た。
 それだけで、この人は僕がβだと気づいてることがわかる。βだと気づいた上で、颯介の番として扱ってくれている。見た目に反して、彼はすごく優しい人なのだろう。

「で。だいぶ上書きしてるようだが、身体は大丈夫なのか」
「……っ」

 何も言っていないのに。もしかして颯介が事前に連絡してた? ちらりと颯介を見る。颯介は首を横に振った。

「一応言っとくが、俺は何も聞いちゃいねぇ。が、そんだけドぎつい匂いさせてりゃあ、カンのいい奴は気づく」
「……」

 僕は視線を床へ落としてから、おずおずと服を捲り上げ、赤黒くなった腹を見せる。まだ生々しいそれを見た先生が、ベッドに座る颯介に「おい」と一瞥した。颯介はすぐにベッドからどいて、僕に来るよう促す。

「横になって腹を見せろ」

 言われるまま横になり、また服を捲る。側に来た先生の指が何度か行き来して「他は?」と少し後ろにいる颯介へと聞いた。

「声が出ないみたいです」
「そうか。ま、それはお前が支えてやれ。俺にゃあ、なんも出来ん。腹ならそんなに酷くねぇよ。頑丈に産んでもらったことに感謝でもしとけ」

 先生は「もういいぞ」と無愛想に言い、また椅子に座った。服を戻してから起き上がって、僕もまた丸椅子に座る。机に向かって何かを書いていた先生が「颯介」と気怠そうに手をひらひらと振った。

「お前は外へ出てろ」
「え?」

 僕を心配して連れてきた颯介だ。昔からの顔馴染みでも、流石にすんなりと言うことを聞く気はないらしい。

「いくら先生の言うことでも……」
「出ろっつってんだ。これ以上言わせんなら帰れ」

 有無も言わせない物言いに、颯介が渋々ながらも部屋を出ていった。外で聞き耳を立てていたらしい子供たちが「あそぼー」と嬉しそうに笑っている。その声が聞こえなくなった頃、先生が「本題だ」と真剣な目を僕へと向けた。

「俺はお前さんがβでよかったと思ってる」
「……」

 それはそうだろう。
 妊娠しないし、どれだけ乱暴にされたって――

「勘違いするな。βだからって、好きにしていいわけじゃねぇし、それを肯定するわけでもねぇ。ただな、もしお前さんがΩで颯介と番っていた場合、お前さんは死んでたかもしれねぇ」

 死ぬ……?
 確かに精神的にはショックだったし、実際声は出なくなってしまった。今回の出来事が軽いものだったとは決して思わないけれど、それで自分が死を選んだかといえば、僕はそれを選んではないと思う。

「番ってのはなぁ」

 僕の疑問に答えるように、先生は話を続ける。

「うなじ噛んで“はい終わり”じゃねぇんだわ。特にΩ側は身体に変化が表れる。わかりやすいのが、番以外と性交渉出来なくなることだな。いや、語弊があるか……? 出来るが、Ω側に多大なストレスがかかって、結果死ぬ」

 背筋に寒気が走った。
 先生は引き出しから一枚の写真を取り出す。今よりだいぶ若いが、この先生と、隣に写る色白の男の人。説明されなくてもわかる。きっと、この人は先生の番だった人だ。

「酷いと思うだろうが、俺はお前さんがβでよかったと思ってるよ」

 写真を見つめるその目は、とても穏やかで、優しくて、でも二度と会えない悲しさに満ちていた。

「ま、それはそれとして、だ。お前さん、颯介とどこまでヤッた?」
「……!」

 昨夜肌を重ね合いました、なんて言えるわけがない。どうせ言えないけど! でも僕の反応でわかったのか、先生はケタケタと笑って「そうかそうか」とニッと歯を見せた。

「いやぁ、あいつがなぁ。無愛想だったあいつがなぁ……。優しいか? 大事にされてるか?」

 小さく、でもはっきりと頷いた。

「ならいい」

 先生は写真をまた引き出しに仕舞って、代わりに手のひらサイズの紙を一枚取り出した。名刺だった。白石しらいし助久たすくとある。連絡先と、ここの住所もきっちりと書かれてある。

「ま。困ったことがあれば連絡してきな。一応あいつの番なんだ。面倒ぐらい見てやらんこともねぇ」

 最後まで口の悪い人だ。
 そう苦笑いしながら受け取った。続けて机に出された紙とペンを拝借して、僕も一ノ瀬紅羽と名前を書いた。
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