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14話
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僕と颯介が付き合って、二ヶ月が経った。
週末は映画や水族館に行ってみたり、僕がお茶が好きという話からお茶屋さんに行ってみたりとか、あとは互いの家に泊まったりもしている。そう、至って普通の恋人として過ごしているのだけど。
「十三くん、よかったら今日一緒にご飯行かない?」
「何度もお断りしていますが、お付き合いしている人がいますので」
公にはしてないけれど、流石α。仕事を効率的にこなして、今じゃ女性社員の中では一番の注目の的だ。
こうしてご飯のお誘いとか、飲みとか、個人的なお誘いをされているのを見るのも、一度や二度じゃない。
しかも休憩時間、僕とコーヒーを飲んでる時にお誘いの声がかかってくるのだ。
「えー、いつもそうやって断ってるじゃない。本当はそんな人いなくて、断る口実なんじゃないかって噂になってるよ」
「ははは、困ったものですね。本当にいるんですけれど」
隣にな。
でも会社では上司と部下なわけだし、そうしようって言い出したのは僕からだし、今さら“僕が彼氏です”なんて公表する勇気もない。
というか、隣に僕がいるのにいつまで話をしてるつもりなんだろう。
「バレなきゃいいじゃない。ね、ご飯だけ」
颯介の腕にまとわりつくように、女性社員が身体を寄せてきた。僕には絶対にない柔らかな膨らみを、わざとらしく颯介の腕に当てるようにして明らかに誘っている。
「……これ以上しつこいなら、流石に上層部に相談させていただきますけれど」
冷たく見おろす颯介の圧に負けて、女性社員が「も、もう」と慌てて離れた。
「そこまで言わなくてもいいじゃない。冗談が通じないんだからー」
そそくさと部署に戻る背中。それが見えなくなってから、僕は「別に」と小さく切り出した。
「行っても、よかったのに」
「それ本気で言ってます?」
颯介が飲み終えた空き缶をゴミ箱に捨てる。
僕はまだ半分くらい残っているそれを、飲みきることも出来ずに、両手で持ったまま視線を足元へと移した。
「綺麗だったじゃないか。や、柔らかそうだし、男の僕より、たぶん、きもち……んぐっ」
颯介の長い指が僕の口に押し込まれ、僕はこれ以上何も言えなくなってしまう。
「紅羽さん、それ以上言うなら本気で塞ぎますよ」
「ふ……っ」
本気で? 指じゃなく、口で塞ぐってこと?
颯介にキスされることを想像するだけで、身体が嘘みたいに熱くなって、持っていた缶を危うく落としかけるぐらいには力が入らなくなってしまう。
「……なんて顔してるんですか」
「ん、ふ、くっ」
どんな顔をしてるんだろう。
颯介が口から指を引き抜けば、それには僕の唾液がたっぷりと絡みついていて、ねっとりとした透明の糸を僕らの間に作っていく。ぷつん、と切れたのを合図に、颯介がため息をつきながら僕の首筋にぐりぐりと頭を押しつけてきた。
「俺たち、来月で三ヶ月経ちますね」
「う、うん」
「そろそろ抱こうと思うんですけど、いいですよね?」
「へぁっ!?」
コンッと乾いた音を立てて、床に缶が転がった。まだ入っていたそれは、これまた派手に中身をぶち撒けてしまう。
「え、あ!? あ! これ、片していくから、と、十三は先に戻ってていいぞ! スーツ! スーツ、大丈夫か!?」
掃除用具どこだっけ。掃除のおばちゃんに聞けばわかるかな。
あからさまな慌てように、颯介が「慌てすぎですよ」と小さく吹き出すのが聞こえる。というか、会社でそんな話をするな。僕が仕事どころじゃなくなってしまう。
「紅羽先輩、手伝いま」
「あ、おーい十三ぁ! ちょっと来てくれー!」
手伝おうとした颯介に、部署から出てきた同僚が手招きしている。顔をしかめた颯介に手をヒラヒラ振って「行ってこい」とせっついてやれば、颯介は「すみません」と僕に聞こえるぐらいの小さな声で謝って、同僚の元へと行ってしまった。
「……はぁ、慌てすぎだろ、僕」
しゃがみ込み転がった缶を摘んで立たせる。そのままため息を吐けば「イチちゃん、どったの」と声をかけられた。
「あ、おばちゃん……」
掃除用具のカゴを押すおばちゃんが、僕を心配そうに見ていた。
「おばちゃん、なんで……」
この掃除のおばちゃんは、僕が入社した頃からよく話していて、親元を離れた僕によくしてくれた。もちろん今も。
でも今はこの階の担当じゃなかったはず。
「たまたまよぉ。そしたらイチちゃんが困ってるのが見えたから」
「ぁ……」
「イチちゃん、最近どう? 新しい子が来てから、楽しそうに見えるけど」
「あ、はい、まぁ……、うん、楽しい、かな」
このおばちゃんの息子さんはβだったらしい。けれど、僕と同じようにβ同士の格差に悩んで、最終的に病んでしまったのだと聞いた。だから僕をほっとけないの、と笑って話してくれたことを思い出す。
「……彼氏、なんだ」
自然と、そう話していた。
「あら!」
「内緒ね」
「えぇ、もちろん」
おばちゃんは自分のことみたいに、嬉しそうに笑ってくれた。
「でも悩んでるんだ」
床を磨くおばちゃんが「あら」と軽い相槌を打つ。
「いや、悩んでる、のかな。変な話、だけど、僕、ほら、男、だし。へ、変な声とか、い、色っぽいとこもないし……」
「あらあら」
「ごめん、こんな話されても困る、よね」
いくらおばちゃんでも、話していいことと駄目なことくらいあるだろうが。僕は一体、何を話しているんだ。
抱くって言われて、嬉しくないわけじゃない。むしろ期待してる。だからこそ、ちゃんとできるかなとか、変なことしたらどうしようとか、色々考えてしまう。
「おばちゃんは、イチちゃんが可愛いと思ってるわ」
「かわ……っ!?」
「そういうところよ。彼氏さんも、イチちゃんの素直なところを好きになったと思うから、変に色っぽさを出さなくていいと思うの」
「……そっか」
床を拭き終わったおばちゃんが「それじゃあね」と次の場所に向かっていくのを見送る。
素直さ、か。そういえばあいつ、颯介も、いつも僕の挙動に笑っていた気がする。
「変に構えなくていいのかな……」
憂いげにため息を零す。
小休憩終わりの時間は過ぎていた。
週末は映画や水族館に行ってみたり、僕がお茶が好きという話からお茶屋さんに行ってみたりとか、あとは互いの家に泊まったりもしている。そう、至って普通の恋人として過ごしているのだけど。
「十三くん、よかったら今日一緒にご飯行かない?」
「何度もお断りしていますが、お付き合いしている人がいますので」
公にはしてないけれど、流石α。仕事を効率的にこなして、今じゃ女性社員の中では一番の注目の的だ。
こうしてご飯のお誘いとか、飲みとか、個人的なお誘いをされているのを見るのも、一度や二度じゃない。
しかも休憩時間、僕とコーヒーを飲んでる時にお誘いの声がかかってくるのだ。
「えー、いつもそうやって断ってるじゃない。本当はそんな人いなくて、断る口実なんじゃないかって噂になってるよ」
「ははは、困ったものですね。本当にいるんですけれど」
隣にな。
でも会社では上司と部下なわけだし、そうしようって言い出したのは僕からだし、今さら“僕が彼氏です”なんて公表する勇気もない。
というか、隣に僕がいるのにいつまで話をしてるつもりなんだろう。
「バレなきゃいいじゃない。ね、ご飯だけ」
颯介の腕にまとわりつくように、女性社員が身体を寄せてきた。僕には絶対にない柔らかな膨らみを、わざとらしく颯介の腕に当てるようにして明らかに誘っている。
「……これ以上しつこいなら、流石に上層部に相談させていただきますけれど」
冷たく見おろす颯介の圧に負けて、女性社員が「も、もう」と慌てて離れた。
「そこまで言わなくてもいいじゃない。冗談が通じないんだからー」
そそくさと部署に戻る背中。それが見えなくなってから、僕は「別に」と小さく切り出した。
「行っても、よかったのに」
「それ本気で言ってます?」
颯介が飲み終えた空き缶をゴミ箱に捨てる。
僕はまだ半分くらい残っているそれを、飲みきることも出来ずに、両手で持ったまま視線を足元へと移した。
「綺麗だったじゃないか。や、柔らかそうだし、男の僕より、たぶん、きもち……んぐっ」
颯介の長い指が僕の口に押し込まれ、僕はこれ以上何も言えなくなってしまう。
「紅羽さん、それ以上言うなら本気で塞ぎますよ」
「ふ……っ」
本気で? 指じゃなく、口で塞ぐってこと?
颯介にキスされることを想像するだけで、身体が嘘みたいに熱くなって、持っていた缶を危うく落としかけるぐらいには力が入らなくなってしまう。
「……なんて顔してるんですか」
「ん、ふ、くっ」
どんな顔をしてるんだろう。
颯介が口から指を引き抜けば、それには僕の唾液がたっぷりと絡みついていて、ねっとりとした透明の糸を僕らの間に作っていく。ぷつん、と切れたのを合図に、颯介がため息をつきながら僕の首筋にぐりぐりと頭を押しつけてきた。
「俺たち、来月で三ヶ月経ちますね」
「う、うん」
「そろそろ抱こうと思うんですけど、いいですよね?」
「へぁっ!?」
コンッと乾いた音を立てて、床に缶が転がった。まだ入っていたそれは、これまた派手に中身をぶち撒けてしまう。
「え、あ!? あ! これ、片していくから、と、十三は先に戻ってていいぞ! スーツ! スーツ、大丈夫か!?」
掃除用具どこだっけ。掃除のおばちゃんに聞けばわかるかな。
あからさまな慌てように、颯介が「慌てすぎですよ」と小さく吹き出すのが聞こえる。というか、会社でそんな話をするな。僕が仕事どころじゃなくなってしまう。
「紅羽先輩、手伝いま」
「あ、おーい十三ぁ! ちょっと来てくれー!」
手伝おうとした颯介に、部署から出てきた同僚が手招きしている。顔をしかめた颯介に手をヒラヒラ振って「行ってこい」とせっついてやれば、颯介は「すみません」と僕に聞こえるぐらいの小さな声で謝って、同僚の元へと行ってしまった。
「……はぁ、慌てすぎだろ、僕」
しゃがみ込み転がった缶を摘んで立たせる。そのままため息を吐けば「イチちゃん、どったの」と声をかけられた。
「あ、おばちゃん……」
掃除用具のカゴを押すおばちゃんが、僕を心配そうに見ていた。
「おばちゃん、なんで……」
この掃除のおばちゃんは、僕が入社した頃からよく話していて、親元を離れた僕によくしてくれた。もちろん今も。
でも今はこの階の担当じゃなかったはず。
「たまたまよぉ。そしたらイチちゃんが困ってるのが見えたから」
「ぁ……」
「イチちゃん、最近どう? 新しい子が来てから、楽しそうに見えるけど」
「あ、はい、まぁ……、うん、楽しい、かな」
このおばちゃんの息子さんはβだったらしい。けれど、僕と同じようにβ同士の格差に悩んで、最終的に病んでしまったのだと聞いた。だから僕をほっとけないの、と笑って話してくれたことを思い出す。
「……彼氏、なんだ」
自然と、そう話していた。
「あら!」
「内緒ね」
「えぇ、もちろん」
おばちゃんは自分のことみたいに、嬉しそうに笑ってくれた。
「でも悩んでるんだ」
床を磨くおばちゃんが「あら」と軽い相槌を打つ。
「いや、悩んでる、のかな。変な話、だけど、僕、ほら、男、だし。へ、変な声とか、い、色っぽいとこもないし……」
「あらあら」
「ごめん、こんな話されても困る、よね」
いくらおばちゃんでも、話していいことと駄目なことくらいあるだろうが。僕は一体、何を話しているんだ。
抱くって言われて、嬉しくないわけじゃない。むしろ期待してる。だからこそ、ちゃんとできるかなとか、変なことしたらどうしようとか、色々考えてしまう。
「おばちゃんは、イチちゃんが可愛いと思ってるわ」
「かわ……っ!?」
「そういうところよ。彼氏さんも、イチちゃんの素直なところを好きになったと思うから、変に色っぽさを出さなくていいと思うの」
「……そっか」
床を拭き終わったおばちゃんが「それじゃあね」と次の場所に向かっていくのを見送る。
素直さ、か。そういえばあいつ、颯介も、いつも僕の挙動に笑っていた気がする。
「変に構えなくていいのかな……」
憂いげにため息を零す。
小休憩終わりの時間は過ぎていた。
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