9 / 56
9話
しおりを挟む
先にラーメンを食べ終えた僕は、手伝うという名目で十三が頼んだ炒飯を食べていた。味噌で味つけをしているらしく、焼きおにぎりみたいな感覚で結構美味しい。
「先輩、それ俺の……」
「僕が奢るんだからいいだろ。ほら、早く食えよ」
と急かすようなことを言ってはみたが、もう半分以上は終わってるし、別に僕が手伝う必要は全くなかった。まぁ、炒飯は食べれたし、僕的には満足している。
「ほら早く……」
にやにやしながら言いかけた時、後ろの席から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「じゃ、やっぱり別れたんだー」
「まぁね。もう金も出してくれなくなったし」
心臓が嫌な音を立てる。
いや、まさか。こんなとこにいるわけない。だって彼女は大人しそうな感じで、ラーメン屋とか、来るような子じゃなかったし。
「βって堅実でお金貯めてそうだったから、それ使ってくれるかなって思ってたんだけど」
嘘だ。違う、違うに決まってる。
「キスぐらいしかしてこなかったし、それで金出してくれるなら楽でアリだったんだけど、ご飯も連れてってくれなくてさー」
あぁ嫌だな。折角、十三がご飯誘ってくれたのに、こんなことで泣きそうになって、じめっぽくなるなんて。
「せんぱ」
「大丈夫。僕は、大丈夫だから。違う人かもしれないだろ?」
ほら、笑えよ僕、笑えったら。十三が、変な顔してるじゃ――
「なんだっけ名前、地味の瀬クンだったけ?」
「そーそー、地味の瀬。ちょっと好きって言ったら勘違いしちゃったやつ!」
「普通さ、五年も遊ばれてたら気づくでしょ!」
女性特有の少し高い声が、それほど大きくはないはずなのに、今の僕には嫌というほど響いてくる。
薄々感づいてはいたんだ。
彼女は本気じゃないんだろうな、とか。
違う人がいるんだろうな、とか。
都合のいい、お金を出すだけの存在なんだろうな、とか。
「先輩」
「……ふぇ?」
僕は自分が泣いてることに、そこでやっと気づいた。
でも、でも違うんだ、十三。僕は、彼女にそう思われていたことが悲しくて泣いてるんじゃないんだ。
僕は、十三にこれを知られたことが悲しい。十三が好きだって言ってくれた僕が、こんなにみっともなくて、惨めで、馬鹿なやつだって知られて、それが悲しいんだ。
「ごめ、ごめん、十三……」
好きになったやつが、こんなんでごめんな。
情けなくて、本当にごめん。
「ぅ、うぅ……っ」
あんまり泣いてると、声を聞かれて、気づかれるかもしれない。こんな僕といるとこを見られたら、十三まで馬鹿にされてしまうかもしれない。なるべく声を出さないよう、口を引き結んで、ずずっと汚く鼻をすする。
「先輩、ちょっと失礼します」
「ぇ……」
視界が少し暗くなる。
十三が自分のスーツの上着を、僕の頭から被せてきたからだ。
「と、さ……?」
十三が伝票をくしゃりと掴んで、僕の手を引っ張り立たせてくれた。慌ててもう片手で鞄を引っ掴んで、引っ張られるままよたよたとレジまで歩いていく。
十三はスマフォでスマートにお会計を済ませると、早く出ようとばかりに店をあとにした。
「と、とさ……!」
「先輩、家どこです? 送っていきます」
「い、いい、別に、いい……!」
「送ります」
繋いだ手がに、少しだけ力が入る。そこから伝わってくる強い感情に、僕も「……ん」と微かに頷いて、少しだけ強く握り返した。
僕のアパートは、一階にコンビニが入っているワンルーム。家賃が安いからワンルームにして、近くにコンビニがあればいいな、なんて理由で選んだ。
「じゃ、俺はここで」
玄関の前で手を離した十三が、僕に被せていたスーツを手にして袖を通す。
「あ……」
背中を向けた十三のスーツの裾を、僕は無意識に掴んでいた。
「紅羽先輩」
「あ、えっと」
十三は小さく息を吐いて、それから振り返って僕と向き合ってくれた。
「……何か、御用ですか?」
「その、しゅ、終電、そう、終電ないんじゃないか?」
「終電どころか、まだ電車はありますけど……」
「え!? あ、そうだったか!?」
確かに時間はまだ二十一時にもなっていない。終電を理由に引き止めるには、いささか、いや相当無理がある。
「じゃ、じゃあ、送ってくれたお礼に、夜飯作るぞ!」
「これ以上何を食わせるつもりなんですか……」
「うっ」
上手い理由が思いつかず、十三の言葉がぐさぐさと刺さっていく気分だ。
でも、なんで。なんで僕は、こんなに必死に十三を引き止めようとしているんだろう。
「その、引き止めて、ごめんな? また休み明けに会社で」
涙が引っ込んだとはいえ、まだ少しヒリヒリする目を無理やりにでも細めて笑う。十三に背を向け、鞄の中から鍵を出そうとするけれど、またじわりと浮かんできた涙で霞んで、よく見えない。
「ふ、う、くっ……」
早く鍵出さないと。それから家に入って、シャワー浴びて、もう今日は寝て――
「紅羽さん」
名前を呼ばれて、背中がじんわりと熱くなる。伸びてきた手が僕の腰を引き寄せて、うなじに十三の吐く息が吹きかけられた。
「素直な気持ち、言ってください。俺を利用すればいいんです」
「で、も……っ」
「紅羽さん」
あぁ、なんでこいつの声は、こんなにも僕に安心感を与えてくれるのだろう。なんでこの腕を、僕は振りほどけないのだろう。
鞄を探っていた手を、腰に回された十三の腕へと重ね合わせた。
「十三」
「はい、紅羽さん」
「……淋しい」
「はい」
「淋しい」
「はい」
「一緒に、いてほし……っ」
「はい、紅羽さん」
背中から伝わる優しさに甘えるように、僕は大人げなく、家に入る前から声を出して泣いた。
「先輩、それ俺の……」
「僕が奢るんだからいいだろ。ほら、早く食えよ」
と急かすようなことを言ってはみたが、もう半分以上は終わってるし、別に僕が手伝う必要は全くなかった。まぁ、炒飯は食べれたし、僕的には満足している。
「ほら早く……」
にやにやしながら言いかけた時、後ろの席から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「じゃ、やっぱり別れたんだー」
「まぁね。もう金も出してくれなくなったし」
心臓が嫌な音を立てる。
いや、まさか。こんなとこにいるわけない。だって彼女は大人しそうな感じで、ラーメン屋とか、来るような子じゃなかったし。
「βって堅実でお金貯めてそうだったから、それ使ってくれるかなって思ってたんだけど」
嘘だ。違う、違うに決まってる。
「キスぐらいしかしてこなかったし、それで金出してくれるなら楽でアリだったんだけど、ご飯も連れてってくれなくてさー」
あぁ嫌だな。折角、十三がご飯誘ってくれたのに、こんなことで泣きそうになって、じめっぽくなるなんて。
「せんぱ」
「大丈夫。僕は、大丈夫だから。違う人かもしれないだろ?」
ほら、笑えよ僕、笑えったら。十三が、変な顔してるじゃ――
「なんだっけ名前、地味の瀬クンだったけ?」
「そーそー、地味の瀬。ちょっと好きって言ったら勘違いしちゃったやつ!」
「普通さ、五年も遊ばれてたら気づくでしょ!」
女性特有の少し高い声が、それほど大きくはないはずなのに、今の僕には嫌というほど響いてくる。
薄々感づいてはいたんだ。
彼女は本気じゃないんだろうな、とか。
違う人がいるんだろうな、とか。
都合のいい、お金を出すだけの存在なんだろうな、とか。
「先輩」
「……ふぇ?」
僕は自分が泣いてることに、そこでやっと気づいた。
でも、でも違うんだ、十三。僕は、彼女にそう思われていたことが悲しくて泣いてるんじゃないんだ。
僕は、十三にこれを知られたことが悲しい。十三が好きだって言ってくれた僕が、こんなにみっともなくて、惨めで、馬鹿なやつだって知られて、それが悲しいんだ。
「ごめ、ごめん、十三……」
好きになったやつが、こんなんでごめんな。
情けなくて、本当にごめん。
「ぅ、うぅ……っ」
あんまり泣いてると、声を聞かれて、気づかれるかもしれない。こんな僕といるとこを見られたら、十三まで馬鹿にされてしまうかもしれない。なるべく声を出さないよう、口を引き結んで、ずずっと汚く鼻をすする。
「先輩、ちょっと失礼します」
「ぇ……」
視界が少し暗くなる。
十三が自分のスーツの上着を、僕の頭から被せてきたからだ。
「と、さ……?」
十三が伝票をくしゃりと掴んで、僕の手を引っ張り立たせてくれた。慌ててもう片手で鞄を引っ掴んで、引っ張られるままよたよたとレジまで歩いていく。
十三はスマフォでスマートにお会計を済ませると、早く出ようとばかりに店をあとにした。
「と、とさ……!」
「先輩、家どこです? 送っていきます」
「い、いい、別に、いい……!」
「送ります」
繋いだ手がに、少しだけ力が入る。そこから伝わってくる強い感情に、僕も「……ん」と微かに頷いて、少しだけ強く握り返した。
僕のアパートは、一階にコンビニが入っているワンルーム。家賃が安いからワンルームにして、近くにコンビニがあればいいな、なんて理由で選んだ。
「じゃ、俺はここで」
玄関の前で手を離した十三が、僕に被せていたスーツを手にして袖を通す。
「あ……」
背中を向けた十三のスーツの裾を、僕は無意識に掴んでいた。
「紅羽先輩」
「あ、えっと」
十三は小さく息を吐いて、それから振り返って僕と向き合ってくれた。
「……何か、御用ですか?」
「その、しゅ、終電、そう、終電ないんじゃないか?」
「終電どころか、まだ電車はありますけど……」
「え!? あ、そうだったか!?」
確かに時間はまだ二十一時にもなっていない。終電を理由に引き止めるには、いささか、いや相当無理がある。
「じゃ、じゃあ、送ってくれたお礼に、夜飯作るぞ!」
「これ以上何を食わせるつもりなんですか……」
「うっ」
上手い理由が思いつかず、十三の言葉がぐさぐさと刺さっていく気分だ。
でも、なんで。なんで僕は、こんなに必死に十三を引き止めようとしているんだろう。
「その、引き止めて、ごめんな? また休み明けに会社で」
涙が引っ込んだとはいえ、まだ少しヒリヒリする目を無理やりにでも細めて笑う。十三に背を向け、鞄の中から鍵を出そうとするけれど、またじわりと浮かんできた涙で霞んで、よく見えない。
「ふ、う、くっ……」
早く鍵出さないと。それから家に入って、シャワー浴びて、もう今日は寝て――
「紅羽さん」
名前を呼ばれて、背中がじんわりと熱くなる。伸びてきた手が僕の腰を引き寄せて、うなじに十三の吐く息が吹きかけられた。
「素直な気持ち、言ってください。俺を利用すればいいんです」
「で、も……っ」
「紅羽さん」
あぁ、なんでこいつの声は、こんなにも僕に安心感を与えてくれるのだろう。なんでこの腕を、僕は振りほどけないのだろう。
鞄を探っていた手を、腰に回された十三の腕へと重ね合わせた。
「十三」
「はい、紅羽さん」
「……淋しい」
「はい」
「淋しい」
「はい」
「一緒に、いてほし……っ」
「はい、紅羽さん」
背中から伝わる優しさに甘えるように、僕は大人げなく、家に入る前から声を出して泣いた。
180
お気に入りに追加
535
あなたにおすすめの小説
貧乏Ωの憧れの人
ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。
エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの
【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい
雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。
延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
【完結】キミの記憶が戻るまで
ゆあ
BL
付き合って2年、新店オープンの準備が終われば一緒に住もうって約束していた彼が、階段から転落したと連絡を受けた
慌てて戻って来て、病院に駆け付けたものの、彼から言われたのは「あの、どなた様ですか?」という他人行儀な言葉で…
しかも、彼の恋人は自分ではない知らない可愛い人だと言われてしまい…
※side-朝陽とside-琥太郎はどちらから読んで頂いても大丈夫です。
朝陽-1→琥太郎-1→朝陽-2
朝陽-1→2→3
など、お好きに読んでください。
おすすめは相互に読む方です
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる