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9話

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 先にラーメンを食べ終えた僕は、手伝うという名目で十三とさが頼んだ炒飯を食べていた。味噌で味つけをしているらしく、焼きおにぎりみたいな感覚で結構美味しい。

「先輩、それ俺の……」
「僕が奢るんだからいいだろ。ほら、早く食えよ」

 と急かすようなことを言ってはみたが、もう半分以上は終わってるし、別に僕が手伝う必要は全くなかった。まぁ、炒飯は食べれたし、僕的には満足している。

「ほら早く……」

 にやにやしながら言いかけた時、後ろの席から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「じゃ、やっぱり別れたんだー」
「まぁね。もう金も出してくれなくなったし」

 心臓が嫌な音を立てる。
 いや、まさか。こんなとこにいるわけない。だって彼女は大人しそうな感じで、ラーメン屋とか、来るような子じゃなかったし。

「βって堅実でお金貯めてそうだったから、それ使ってくれるかなって思ってたんだけど」

 嘘だ。違う、違うに決まってる。

「キスぐらいしかしてこなかったし、それで金出してくれるなら楽でアリだったんだけど、ご飯も連れてってくれなくてさー」

 あぁ嫌だな。折角、十三がご飯誘ってくれたのに、こんなことで泣きそうになって、じめっぽくなるなんて。

「せんぱ」
「大丈夫。僕は、大丈夫だから。違う人かもしれないだろ?」

 ほら、笑えよ僕、笑えったら。十三が、変な顔してるじゃ――

「なんだっけ名前、地味の瀬クンだったけ?」
「そーそー、地味の瀬。ちょっと好きって言ったら勘違いしちゃったやつ!」
「普通さ、五年も遊ばれてたら気づくでしょ!」

 女性特有の少し高い声が、それほど大きくはないはずなのに、今の僕には嫌というほど響いてくる。
 薄々感づいてはいたんだ。
 彼女は本気じゃないんだろうな、とか。
 違う人がいるんだろうな、とか。
 都合のいい、お金を出すだけの存在なんだろうな、とか。

「先輩」
「……ふぇ?」

 僕は自分が泣いてることに、そこでやっと気づいた。
 でも、でも違うんだ、十三。僕は、彼女にそう思われていたことが悲しくて泣いてるんじゃないんだ。
 僕は、十三にこれを知られたことが悲しい。十三が好きだって言ってくれた僕が、こんなにみっともなくて、惨めで、馬鹿なやつだって知られて、それが悲しいんだ。

「ごめ、ごめん、十三……」

 好きになったやつが、こんなんでごめんな。
 情けなくて、本当にごめん。

「ぅ、うぅ……っ」

 あんまり泣いてると、声を聞かれて、気づかれるかもしれない。こんな僕といるとこを見られたら、十三まで馬鹿にされてしまうかもしれない。なるべく声を出さないよう、口を引き結んで、ずずっと汚く鼻をすする。

「先輩、ちょっと失礼します」
「ぇ……」

 視界が少し暗くなる。
 十三が自分のスーツの上着を、僕の頭から被せてきたからだ。

「と、さ……?」

 十三が伝票をくしゃりと掴んで、僕の手を引っ張り立たせてくれた。慌ててもう片手で鞄を引っ掴んで、引っ張られるままよたよたとレジまで歩いていく。
 十三はスマフォでスマートにお会計を済ませると、早く出ようとばかりに店をあとにした。

「と、とさ……!」
「先輩、家どこです? 送っていきます」
「い、いい、別に、いい……!」
「送ります」

 繋いだ手がに、少しだけ力が入る。そこから伝わってくる強い感情に、僕も「……ん」と微かに頷いて、少しだけ強く握り返した。



 僕のアパートは、一階にコンビニが入っているワンルーム。家賃が安いからワンルームにして、近くにコンビニがあればいいな、なんて理由で選んだ。

「じゃ、俺はここで」

 玄関の前で手を離した十三が、僕に被せていたスーツを手にして袖を通す。

「あ……」

 背中を向けた十三のスーツの裾を、僕は無意識に掴んでいた。

「紅羽先輩」
「あ、えっと」

 十三は小さく息を吐いて、それから振り返って僕と向き合ってくれた。

「……何か、御用ですか?」
「その、しゅ、終電、そう、終電ないんじゃないか?」
「終電どころか、まだ電車はありますけど……」
「え!? あ、そうだったか!?」

 確かに時間はまだ二十一時にもなっていない。終電を理由に引き止めるには、いささか、いや相当無理がある。

「じゃ、じゃあ、送ってくれたお礼に、夜飯作るぞ!」
「これ以上何を食わせるつもりなんですか……」
「うっ」

 上手い理由が思いつかず、十三の言葉がぐさぐさと刺さっていく気分だ。
 でも、なんで。なんで僕は、こんなに必死に十三を引き止めようとしているんだろう。

「その、引き止めて、ごめんな? また休み明けに会社で」

 涙が引っ込んだとはいえ、まだ少しヒリヒリする目を無理やりにでも細めて笑う。十三に背を向け、鞄の中から鍵を出そうとするけれど、またじわりと浮かんできた涙で霞んで、よく見えない。

「ふ、う、くっ……」

 早く鍵出さないと。それから家に入って、シャワー浴びて、もう今日は寝て――

「紅羽さん」

 名前を呼ばれて、背中がじんわりと熱くなる。伸びてきた手が僕の腰を引き寄せて、うなじに十三の吐く息が吹きかけられた。

「素直な気持ち、言ってください。俺を利用すればいいんです」
「で、も……っ」
「紅羽さん」

 あぁ、なんでこいつの声は、こんなにも僕に安心感を与えてくれるのだろう。なんでこの腕を、僕は振りほどけないのだろう。
 鞄を探っていた手を、腰に回された十三の腕へと重ね合わせた。

「十三」
「はい、紅羽さん」
「……淋しい」
「はい」
「淋しい」
「はい」
「一緒に、いてほし……っ」
「はい、紅羽さん」

 背中から伝わる優しさに甘えるように、僕は大人げなく、家に入る前から声を出して泣いた。
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